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長崎県。本番です。今まで散々天草島原の乱をはじめ戦国時代に入ってきたキリスト教に触れてきましたが、ここでようやく本番、ブーストかかります。あと軍都もあるのでね。長崎については鹿児島と同様に「県」と「市」を一個体の精霊が担当しているパターンです。長崎出島は江戸時代唯一外と交流が取れる窓口ということもあり、長崎さんは出島によく居たと思います。キリスト教関連の歴史的事件や戦時中で負った傷が多すぎるんですよね、長崎。それでも長崎という土地精霊が前を向けるのは確実にこの個の考え方もありますし、肥前(佐賀県)や似たり寄ったりな長崎県の市町村の都市精霊のお陰もあると思います。長崎って本当に良くて!!!
お次は戦争後に傷を負った個、佐世保です。佐世保はね〜。鎮守府になった中だとそこそこ成功してる側(他がかなりヤバいとも言える)なんだけどね。鎮守府って大日本帝国を代表する軍の街なので、戦時も嫌だったとは思うけど戦後の軍解体の方が佐世保としては精神的に辛かったとは思う。ただ、たぶん太平洋戦争の終わりらへんは長崎の件もあって佐世保って個も諦めてたんじゃないかなって。なんだかんだ長崎県の市町村を県並みに愛してる個だと思ってる。
大村。歴史が重い。本当に重い。個人的にめちゃくちゃloveを飛ばしてる個でもあります。大村を語るには外せないのは大村純忠という戦国大名。先に宮崎のところで出てきた有馬晴信の叔父です。そして、日本史を履修すれば必ず学ぶであろうキリスト教徒の大名です。大村は古く(恐らく鎌倉時代?)から廃藩置県まで大村氏が支配し続けた土地です。現在では長崎空港がある上に、地道ながら現在も人口が増え続けてる数少ない市です。本当に行ってみたいって思ってます。ところでいつ人口十万人を越えるんですか。
江戸時代に入り、キリスト教の弾圧が始まると領内が大変になるんですよね…この藩。大村氏もたぶん、出来ることなら有馬のように転封したかったのではないかと思っちゃいますね…。大村という個は心を痛めながらも見て見ぬふりを出来る個なので、きっと藩主たちもそう言うふうにしていたんじゃないかなぁと。幾ら反乱危険因子とはいえ、自分のところの民を殺すのは嫌だと考える人が多いと思うので…。苦しんだかもしれないけど、本当に移動しないで良かったと。お陰で私のこの一族と土地の関係萌えにハマったわけなんですが。ところで、歴史を見てて思うのは、時の大村氏の当主が本当に時の流れを読むのが上手いんですよね。関ヶ原では徳川、明治維新では新政府と本当に後世的に正解の択を選んでるのは凄いなぁと思います。確か明治維新後に何人か偉人を輩出してますし、本当に二〜三万石の藩か?って思いますね。現代でも普通に凄い個ですし。
…私の推しのお家は見事に全部外していく上に領地は歴史の認知度も県庁も経済発展も全部周囲に取られていったんですけどね…。
長崎のラストは島原。天草島原の乱のもう一つの場所ですね。原城は正確には南島原なんですが、一応島原藩として当時存在していた個は島原という設定があるので。延岡でも話した通り島原は九州有馬家の本拠地でしたが藩主の直純が弾圧でメンタルをやられてしまい転封、その後入ってきたのが寺沢広高だったかな…。民の生活が苦しい中、島原城の築城で税をさらにあげ、民の怒りが爆発した結果が天草島原の乱だったはずです。正直天草四郎って傀儡として担ぎ出された感があるような気がしないでもないって言ったらダメなんですかね。島原は天草同様にきっと原城の中に立て篭もると思うので、極限状態の人間特有の醜さとか苦しみを理解できてると良いなって思います。
天草島原の乱にはまだまだ話せることがあって、本来熊本のところでやればよかったですね。熊本県に宇土っていう土地があるんですけど、そこはキリスト教徒の大名で有名な小西行長という方が治めてたところなんですね。その方は関ヶ原の戦いで西軍についた結果処刑されるんですが、天草島原の乱にはこの小西行長の家臣(残党)が参加していた疑惑があります。というかたぶん参加してます。そのせいで幕府が征伐に時間がかかったとかなんとか。関ヶ原の戦いから天草島原の乱まで37年近く空いてるんですよね。二十代が五十代や六十代になるほどの時間が流れてる。そんな話。
宇土自身かなり小西行長に影響を受けた個だと思うので、ちょっとその時期はピリピリしてるというか、荒れていそう。
残り二つの都市がキリスト教に関係を持ってるので、その個たちついて語る時が楽しみですね。
佐賀県。いいですよね。一度消えたというのが本当に。その吸収先も伊万里であり、長崎であったということが再び佐賀県として戻れた理由かなと思います。福岡だったらたぶん無理な気がしました。そんな話は置いておいて、佐賀県はかつての肥前国、佐賀市はかつての佐賀藩です。佐賀県の佐賀って、郡から由来しているので、うちの佐賀市(藩)は少し不服だと思います。そんな佐賀市をイジる唐津。私の考えというか思ってることとして、案外佐賀市と唐津はそこまでいがみ合う感じではない。いや私の思う不仲とか喧嘩とかいがみ合いって≒殺し合いとかに近い(ガチで武器を取り出す)ので…たぶんその観点が違うといがみ合うとも言えるんでしょうけど…。
別に唐津も佐賀も藩時代はそこまで仲が悪いわけじゃないですし、お互いほんの少しだけ合わないなーぐらいだと思っています。ここは県と県庁がちょっと合わなくてすれ違い気味って感じ。これはまだマシ。もっと酷いところはあるんだから。あと佐賀“県“と江藤新平、佐賀藩と鍋島、佐賀という土地と龍造寺はいつか書きたい話のうちの一つではあります。鍋島藩って本当に良くて!!!!
ちょっと小話。本来この章は福岡まで入れて九州を出し切る予定だったんですが、福岡を合わせると4000字を超えるバカみたいに長い語りになりました。ので、福岡を除き、また別の所(四国が訳あって短い)のでそこと組み合わせて出そうかな…ということになりました。
えー。先に謝っておきます。四国は私の中で愛媛が一強故に、他が語れそうにありません。知ってるんですよ!香川には名門京極が入ったし、京極正宗も青江もいるし!阿波には蜂須賀の狸がいるのも知ってるし!高知は長宗我部で暴れたり、山内がいたり、幕末で大暴れたってのも、知ってるんですよ!たぶん語ろうと思えばできるんですけど!でも絶対に詳しい人いるって!もっと!ねぇ!
…言い訳です。すいません🙏
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