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健太は、鞄の中からパンフレットを取り出した。学校のコンピューターを拝借して作った、白地に黒文字だけのものだ。
「日本からの予約も受け付けます」のあとに、連絡先として健太の携帯電話のメールアドレスが書いてある。六枚もあれば余ると踏んでいたのだが、全然足りない。
「私達一家はこれ一枚でいいですから」と、娘の頭のてっぺんに手を置いた母親は言った。
今日は予約が取れるかどうか……と言い残して、健太はホテルの外で森さんと連絡を取った。
「今日は十一人なんだよ。どうする?」
「どうにかするっきゃないだろ。ゼニだゼニ、もちろん了解しろよ」と森さんは言う。
「でも、どうにかなるかな」
「こっちでどうにかする」森さんは大見得を切り、電話は切れた。
ロビーに戻ると祖母、長女と三人の子供、次女と二人の子供、三女と二人の子供がソファに座っている。長女が健太に各々を紹介してくれた。それぞれ旦那方は日本で留守番だそうだ。
「ほら、じっとしてなさい」
母親達の制止を振り切って、子供達はフロントとソファーの間で追いかけっこをはじめた。
お申込みは受付けましたが、今日は少々予約が込み入ってまして……現在車を手配中です。もうしばらくお待ちください、と伝えてから既に四十分が経つ。ロビーと玄関口を行ったり来たりする途中で、子供とぶつかりそうになる。
手の中の携帯が震えた。すかさず耳に当てる。森さんだった。
「ドリーム一号、二号、三号を出動させる」
「ドリーム一号、二号、三号?」健太は言葉をなぞった「一号は想像つくけど、二号って?」
「俺のスズキだよ。ツヨシさんに運転してもらってる」
「で、三号まであるわけ?」
「三号は、ケンタ君のフェスティバだ」
「えっ」健太は息を詰まらせた「でも、俺が顔出すのまずくない? お客には『知り合いの会社』って言ってるんだから」
「この際しょうがないだろ、ゼニだゼニ。運転士が足りなかったので急遽私も……とか適当言っとけよ」
それから五分もしないうちに、ドリーム一号・二号が到着した。
十一人は分散した。健太の車にはおばあさん、三女と小学生の姉弟が乗り込んだ。
フェスティバ、いや、ドリーム三号は、夜景のきれいな天文台、映画で有名な繁華街、海辺の街を気丈に走り抜けた。健太は先々でガイドブックに出てこない、体験的解説を加えながらアクセルを吹かした。
ホテルに戻ると、一号・二号の乗客がすでにロビーでくつろいでいた。十五分ほど前に着いたという。
健太はそこにいる一人ひとりの顔を見回した。老人から子供に至るまで、それぞれが晴れやかな表情をしている。
「ドリームさんは本当に親切で……」第一世代のおばあさんが、健太にではなく、森さんにでもなく、ツヨシにでもなく、「ドリームさん」にお礼を言ったとき、健太は自分が誉められているよりも十倍嬉しく感じた。こんな感覚は初めてだ。
「おばあちゃんにこんなにいい思い出をあげれて、娘、孫共々感謝です。天国のおじいちゃんも喜んでると思います」第二世代を代表した長女が頭を下げた。
第三世代はそれぞれの親達の真似して頭を下げる子もいれば、お母さんの足の間をくぐり抜けたり、走り回っている者もいる。