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それを意識して電話の向こう側の気配へ集中すれば、はなをすすっているのはどうやら羽理うりのようで……。


「なぁ、柚子ゆず、羽理に何かあったのか?」


不安にかられた大葉たいようは、向こうが聴いているいないを度外視してそう問い掛けずにはいられない。


もしかして突発的に柚子が愛車を借りたがったのも、羽理に何かあったからなのでは? そう思うと心臓がバクバクして、今すぐにでも帰りたい! と思ってしまった。


ギュッとスマートフォンを握り締めながら有給休暇簿! と思って引き出しを開けたと同時、

『……たいよぉ……?』

大葉たいようの耳に自分の名を呼ぶ羽理の声が届いた。あの可愛らしいアーモンドアイを涙で潤ませているとしか思えないその声音に、大葉たいようはギュッと胸を締め付けられる。


「ああ、俺だ。なぁ羽理……」

――何かあったのか?


そう続けたいのに、羽理がグシュグシュとはなすすりながら『今日きょぉは……社長しゃ、ちょ、と何、……話し、たの?』と問い掛けてくるから。大葉たいようはグッと言葉に詰まってしまった。


今日社長室へ出向いたのは、お節介で過保護な伯父の土井どい恵介けいすけへ、自分には結婚を申し込んだ女性がいるから見合いなんか出来ないとキッパリ断りを入れるために他ならなかった。

だが、そもそも受ける気なんてなかったとはいえ、自分に見合い話が持ち上がっていただなんてことを知られれば、羽理に不信感を与えるだけに思えた。

こと、その事実が消え去った今となってはなおさら、伝えなくてもいいことだろう。


大葉たいようは羽理に要らぬ心配を掛けたくなくて、見合いを打診されていたこと自体を彼女には伏せていたのだ。それを今更告げるのは、愚の骨頂だと思った。


「別に大した話はしてねぇよ。――んなことよりお前、何で泣いてるんだ? もしかして……柚子に何かされたのか?」


大葉たいようが事実を有耶無耶うやむやにしてそう問い掛けた途端、電話口の羽理うりがヒュッと息を呑んだのが分かった。


『……大葉たいようのバカ! 嘘つき! 私を泣かせたのは貴方だもん! 大嫌い!』


一瞬の沈黙の後、悲鳴を上げるみたいに矢継ぎ早にまくし立てた羽理に、電話をブチッと切られてしまう。


「あ、おい! 羽理っ!」


慌てて呼びかけたけれど、通話口からは無情にもツーツー……と無機質な機械音が聴こえてくるばかり。


そんな携帯電話を握りしめたまま、大葉たいようは「どういうことだよ……」とつぶやいて呆然と立ち尽くして――。数秒後ハッとしたように気が付いて、もう一度柚子に電話を掛け直してみたのだけれど、羽理に出るなと止められているのだろうか? 姉は一向に応答してくれなかった。


もちろん、同様に羽理の電話にもアクセスしてみたのだけれど、こちらは電源自体が切られてしまっているようで、『お掛けになった電話番号は、電源が切られているか――』などという非情なアナウンスを流してくるばかり。


「あー、くそっ!」


仕事を切り上げて、今すぐにでも羽理の元へ駆け付けたいと思った大葉たいようだったのだけれど――。


「どこにいるんだよ……!」


一番最初にそれを聞きそびれてしまったことを、心の底から後悔せずにはいられなかった。



***



次女の柚子ゆず――ではなく長女の七味ななみから電話がかかってきたのは、結局大葉たいようが悶々としながらも定時まで真面目に仕事をこなしたあとだった。


『もしもし、たいちゃん?』


すぐ上の姉――柚子よりも気持ち低めで落ち着いた声。喋り方も声に合わせたように〝ザ・長子〟と言う感じで少し貫禄がある。


七味ななみ……」


いつもならば柚子からの電話よりも七味ななみからの着信の方が安心して応答出来るのだが、今回ばかりはちょっぴり落胆してしまった。


あからさまにガッカリしない』


とがめるように吐息を落とされて、心の中を見透かされた気がした大葉たいようは、グッと言葉に詰まる。この感じ。どうやら七味ななみがこのタイミングで自分に電話してきたのはたまたまではないらしい。


「柚子から何か聞いたのか?」


恐る恐る問い掛けてみれば、『まぁね』という返事。


「じゃあ羽理うりのことっ、何か言ってなかったかっ!?」


七味ななみの言葉に思わず身を乗り出すようにして問い掛ければ、再度小さく吐息を落とされた。


『まぁそう焦らないで聞きなさい、大葉たいよう


日頃は〝たいちゃん〟と呼ぶくせに、大葉たいように何か言い聞かせたいことがある時には愛称ではなく、ちゃんと名前で呼ぶところがある七味ななみである。姉のそんなところを熟知している大葉たいようは、はやる気持ちを懸命に堪えて七味ななみの言葉を待った。


『今日は柚子、貴方の恋人――婚約者って言った方がいいかしら? その子を連れて実家へ行ったらしいのね』


大葉たいようの車を借りたいと言ったのは、どうやら実家への移動のためだったらしい。ひとまず、羽理に何かがあってのことではないと知って、大葉たいようは現状も忘れてホッと胸を撫で下ろした。


『でね、そこで彼女に貴方のアルバムを見せてあげたらしいんだけど……』


「はっ? 何でっ!?」


『それは柚子に直接聞きなさいよ。私がしたわけじゃないんだから』


幼い頃のアルバムなんて、ハッキリ言って恥のオンパレードだ。姉二人に女装させられているものもやたらあるし、とにかく『いつ撮ったんだ!?』と問いたくなるような無防備な隠し撮り系――伯父によると自然体の大葉たいようらしいが――ばかりなのだ。

両親や伯父、それに姉たちは可愛いと褒めそやすけれど、大葉たいようにとってみれば、全部処分して欲しいくらい恥ずかしい。


(俺のアルバムだけ異様に多いのも気持ち悪いんだ)


七味ななみや柚子のアルバムも自分と同じぐらい何十冊も並んでいると言うのならまだしも、何故か自分のものだけ異常に多いことも、大葉たいようを余計に弱らせている。


せめて厳選して三冊ぐらいにまとめてくれと何度家族へ願い出たことか。その度に伯父と母の壮絶な拒絶に遭って、願いが叶えられないまま現在に至る。


大葉たいようは実家へ出向いた折、何度かこっそりアルバムを数冊抜いて持ち帰ったことがある。だが次に実家へ行くと、恐ろしいことに元通り欠番が補充されていているのだ。恐らくは、伯父がネガから焼き増しして、失くなったアルバムを補填ほてんしてしまうのだろう。


実際に見たわけではないが、伯父の家には母が作ったアルバムに対応する形でネガが仕舞い込まれているとしか思えなくて、その執着ぶりにゾワリとしたものだ。きっとあの超絶妹溺愛兄貴ハイパーシスターコンプレックスな伯父のことだ。母に頼られたのが嬉しくて、ホクホクで焼き増したに違いない。


それを羽理に見られたと思うと、溜め息しか出ないではないか。

あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜

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