テラーノベル
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1
「べつに、あんたのために、したわけじゃ無いんだからねっ」
僕の後ろに這い寄ってきたゾンビを、ロケットランチャーで吹き飛ばした後、キャロルは怒ったようにこう言った。
「ありがとう、キャロル」
僕は微笑んでキャロルに感謝の言葉を伝え、キャロルの後ろのゾンビをショットガンで吹っ飛ばした。
ガンパウダーのむせるような辛い匂い。鼻につくロケットランチャーの燃料の甘い匂い。ゾンビの腐臭。
棚にあったオレンジジュースのパックがダブルオーバックの散弾ではじけて柑橘系の良い香りも漂っている。
ゾンビはどんどんとやってくる。
僕とキャロルはドカンドカンと銃とランチャーを打ち続ける。
ゾンビの数の多い場所にキャロルの榴弾が飛ぶ。対戦車のPG-7弾ではなく、対人榴弾のOG-7Vだ。
キャロルに初めて会ったとき、RGBじゃ、すぐ弾が無くなるよと助言したら、ゾンビにはロケットランチャーって決まってるのっ! と怒られた。
そういうものですかと、僕は思った。こんな時代でも人には人のこだわりのような物があるらしい。
太ったゾンビが僕の方へ突進してきたので、僕は腰だめにショットガンを発射する。
棚の食料が傷むので、本当ならばライフルが良いんだけど、今は持ってないからしょうがない。この大きなショッピングセンターを制圧したあと、ゆっくりと探そうと思う。
さすがに一時間も戦っていると、食品売り場に居るゾンビもだんだんと減ってきた。
キャロルは、弾頭が無くなったのかロケットランチャーの発射機を背中に回し、AK-47自動小銃を撃ち始めた。背の小さい女の子なのに、どうして大きい銃やランチャーが好きなんだろうか、と僕は彼女の輝くような金髪を見ながら考えたりする。
ふうふうと息を吐きながら、頬を紅潮させて、キャロルが近づいてきた。
僕と目が合うと、にっと白い歯を見せて笑った。
キャロルは背が小さい、くるくると表情の良く変わる青い目、輝く金髪を頭の上で二つに結んで垂らしている、ちょっとそばかす、誰にも負けない気の強さを、なんだか日本アニメにでも出てきそうなゴスロリの服に包んでいる。
ちなみに、君はOTAKUなの? と初めて会った時に聞いたら、AK-47の銃床で五回ぶたれました。
「とりあえず、食品売り場は私たちの物ね。ミッシェル、おやつ食べ放題よ!」
「それはとても素敵だね、でも食べ過ぎないでよ、太るから」
「そんなに食べないわよっ!! バカッ!!」
まったくキャロルはすぐ怒るんだから、こまった物だ。
この大きな郊外のショッピングセンターには、僕たち二人と、大量のゾンビ以外誰もいないようだ。
しばらく、衣食住の心配はなさそう。
僕らは食料品売り場の隅にレジャーシートを引いて、好きな物を棚から取って食事にした。
電気が無くなってからずいぶんたつから、生鮮食料品はみんな駄目になってるみたいだけど、真空パックやスナック類、ジュースやお酒は、まだ平気そうだ。
家具売り場へ行き、そこにいたゾンビを退治して、マットレスを手に入れた。
ゾンビが入れない場所を探すと、事務室があった。窓ガラスには針金が入っているし、ドアも頑丈だった。
久しぶりに柔らかい寝床で寝ることが出来た。
僕はキャロルの頭を胸に抱いて、すやすやと寝た。
人と接触していないと僕は寝れないたちなので、最初キャロルはいやがっていたけど、最近は素直にくっついて寝てくれるようになった。
キスしたりセックスしたりするのは、あまり好きじゃないので、キャロルがしたがっていそうな時だけやることにしている。
キャロルは素直じゃないから、そういう時でも、ぷりぷり怒りながら、「私はそんな事絶対にしたくないのよっ! でも、あんたがしたいって言うからしてあげるんだからねっ」と言いつつ、体をひらき、燃え上がったりしてる。
今日は久々のゾンビ退治で疲れているので、僕のかわいいお姫様はそんな気分じゃなさそうだ。
僕の性欲の方も、押しつけるよりも受け入れる方に躾けられているので、今日は静かな夜になりそうだ。
2
世界がゾンビまみれになった時、僕は大金持ちのヒヒ爺の性的オモチャをやっていた。
まあ、恥ずかしい職業なんだけど、僕のような存在がいないと、世界のヒヒ爺の人たちが寂しくなって、いらいらで経済活動とかに影響がでるのだろうから、ほんの少しは職業的なプライドを持ってもよいのだろう。
ゾンビがなんで発生したかと言うと、ぜんぜん解ってない、未知の病原菌か、不思議な宇宙線の影響なのか、不明だそうだ。
とりあえず、死んだ人は五分ぐらいたつとゾンビとして生き返る。生き返ったゾンビは馬鹿丸出しで、のろのろ襲ってくる。
ゾンビに噛まれると、しばらくしてからゾンビ毒が脳にまわって死んでしまい、ゾンビになる。
初めて僕が見たゾンビは、ヒヒ爺さんの豪宅で働いていたメイドの一人だった。
前日、食事中にフォークを落としたという、些細なミスでヒヒ爺の怒りを買った彼女は、地下室へ連れて行かれて、拷問を受けた。
我が愛すべきヒヒ爺の人は、男性でも女性でも、年さえ未成年なら美味しくいただけるという、見事な性癖で、メイドどもも、ほんの小娘ばかりだった。
十四才のあどけない顔をした彼女は、残酷な目にあい、血の海にのたうち回り、苦しんで、夜半に命を失った。
で、ちょうど、ゾンビ菌か、ゾンビ光線が生まれた時だったので、彼女はゾンビとなった。
たぶん、合衆国のゾンビに一人ずつ番号をつけていったら、彼女は一桁ナンバーだったろう。
メイドゾンビ一号はそのゾンビ力(りょく)で鎖やら縄やら拘束具を破壊、自由を得て、屋敷のボディーガードに襲いかかった。
ボディガードはカンフーの達人だったが、惜しいことに映画はあまり見ないたちだったらしく、ゾンビの急所は頭だという事を知らなかった。
単に生き返って発狂してるだけと思いこんだ彼は、正拳突きをメイドゾンビ一号の顔面に打ち込み、その拳をがぶりと噛まれた。
ボディガードはゾンビ毒で死亡、ゾンビ二号が生まれた。
その後、ゾンビ一号はメイド部屋に突入、昨日までのおともだちの小娘メイド共をどんどんとゾンビに変えていった。
加速度的にお屋敷はゾンビ度を高めていき、それはもう大混乱に陥った。
ヒヒ爺さんは、メイドをなぶり殺して興奮して、その高ぶりを僕で冷ましている最中だった。
執事が泡を食ってベットルームに駆け込んで来た時には、正常な人間は、館の中に僕を含めて三人だけだった。
ベットルームに入ってこようとするゾンビたちを、ヒヒ爺さんは壁にかけてあったショットガンでドカドカ撃ちまくった。
僕はベットに座ってぽかーんとそれを眺めていた。
ヒヒ爺さんが、拳銃をよこしたので、僕は前から気にくわなかったスカした執事を後ろから撃った。
「ば、馬鹿者、ちがうちがう、ゾンビを撃つんだ」
「あ、そうですか」
僕は勘違いをヒヒ爺さんに詫びて、メイドゾンビたちを撃ち始めた。
朗らかで愛くるしかったメイドたちは、今では青い顔をして、口から血ゲロを垂らし、うおううおう唸りながら攻めてくるゾンビらしいゾンビになっていた。
でも、みんな背が小さいので、なんだか、怖いと言うよりはちょっと滑稽だった。
映画の通り、頭を吹き飛ばし、脳を壊すと、ゾンビたちは動きを止めた。
それを見てヒヒ爺さんもショットガンでメイドの脳を吹き飛ばし始めた。
「よし、ミッシェル、お前は射撃が上手いな。感心だぞ」
「ゲームセンターでよくやってましたので」
珍しくヒヒ爺さんが僕を褒めてくれたので、ちょと嬉しくなったのを覚えている。
屋敷内のゾンビの大半をベットルーム近くで倒したのだけど、最後の最後に、ゾンビ二号のボディガードゾンビが暴れ込んで来て、ヒヒ爺さんと死闘を演じた。
彼はゾンビ毒で脳をやられても、まだまだ筋肉は健在だったので、ショットガン一発で止めることは出来ずに、ヒヒ爺さんはボディガードゾンビに噛まれた。
「これは死ぬのかな?」
と、ヒヒ爺さんが憮然として言うので、死ぬでしょうと答えたら、なんだか急に笑い出した。
彼のショットガンは微動だにせずに、僕の胸に向いていたが、ふっと静かにわらってヒヒ爺さんは銃を降ろした。
ポケットを探り、鍵を出し、ベットの上の僕の方へ投げた。
「ガレージに車がある。お前だけでも逃げろ」
僕が眉を上げて、ヒヒ爺さんを見つめると、急に彼は照れたように顔を赤くして
「べ、べつに、お前のために、車をやるのではないからな」
と言った。
「孫娘のキャロルがミッションスクールに居る。これが世界中に蔓延しているなら、さぞ、こまっている事だろう。助けに行ってくれ」
「僕が、あなたとか、あなたの孫娘に好意を抱くとでも?」
と、性的オモチャとしては、当たり前の事を言うと、彼は苦笑した。
「まあ、好きに生きろ。さあ、これで頭を吹っ飛ばしてくれ。うーうー唸りながら馬鹿みたいな動きで死肉をくらうような存在になるのは、わしの美意識に反する」
彼が投げ出したショットガンに弾を詰め、僕は彼の頭を吹き飛ばした。
血と脳漿の匂いが蔓延したベットルームに、怪しいムードミュージックが低く流れていて、なんか、変な感じだった。
もう、館の中には動く物はいなかった。
はずだった。
廊下で一人だけ、動いている者が居た。
ゾンビ一号のメイドだった。
こちらに攻めてくるかなと、ショットガンを構えていたのだが、こちらにはあまり興味がないようだった。
ただ、ごきりごきりと音をさせながら、頭をぶらぶらと振っていた。
「呪文……、光王の顕現……、ブードォー……」
ゾンビ一号は小声でなんか変な事を言っていた。
「ゾンビが喋ってるよ」
と僕がつぶやくと、急にメイドゾンビ一号はこちらを向き、コクコクと首を縦に振った。
そして、彼女は夜明けの荒野の方を指さし、がくがくと体を揺すりながら、どこかへ歩いて去っていった。
3
お屋敷の地下駐車場にあったのは、エビ色のトランザムで、別に喋るコンピューターとかはついていなかった。
リモコンのボタンを次々とおして、ゲートをひらくと、外はもう世紀末の世界で、沢山のゾンビが歩き回っていた。
ゆっくりとアクセルを踏むと、トランザムのボンネットは朝日にキラキラと輝き、エビ色に光って、僕はうっとりした。
歩み寄ってきたゾンビをトランザムでゆっくりと踏むと、足の下でぼきぼきと骨が折れる音がする。
ずっと性的なオモチャとして、この屋敷に居たので、外に出るのは久しぶりだった。
丘から見下ろすカリフォルニアの街は点々と煙を上げ、サイレンが鳴り響き、暴走車が走り回っていた。
スクールバスが横転して、小さな子供たちがゾンビに襲われ、お子様食い放題状態になっているのを僕はうっとりと見つめていた。
やあ、これでこそ世紀末だなあ。
子供を助けようと沢山のマッチョが、ショットガン、斧、チェーンソウ等でゾンビに攻め掛かる。ゾンビも負けじとマッチョに噛みつく。
僕はゆっくりとゾンビを轢きながら、世紀末の街の光景を楽しんだ。
街は大混乱だ。女性が悲鳴をあげながら、ゾンビたちから逃げる、逃げた先にもゾンビ。彼女は僕の車に物欲しそうな目線をくれるが、僕は乗せるつもりなんか一つもない。怒った女性がトランザムを叩いたので、僕はドアを開け、ゾンビに向かってショットガンを一発。サンキューと嬉しそうな女性の顔面にも一発。
あなたは、僕が性的オモチャになっていたときに助けてくれなかった、だから、僕はあなたが困っている時にも助けない。
うむ、一部の隙もない理屈だ。僕はとても正しい。
トランザムが混乱した街を安全運転で横切っていく。
沢山の人が死に、沢山の人がゾンビになって起きあがる。こうして合衆国は腐れ死んでいく。
ピックアップトラックに乗ったにこやかなラッパーが”ヘイメーン”とか言って、拳銃を僕に発射する。このトランザムは喋らないけど、あのドラマと同じぐらいの防弾ガラスだったので火花を散らして弾は弾かれた。
ピックアップトラックに僕のトランザムを激しく横ぶつけしたら、奴は道から港に落ちる。水しぶきを上げて沈むピックアップトラックから、華麗にラッパーは脱出。海から上がったラッパーの先にゾンビの群れ。”オーマイガ”とか言いながらラッパーは食われた。
さて、行くところが無いので、ヒヒ爺の孫娘の顔を見に行く事にした。
彼女は郊外のミッションスクールに居るという。ハンドルをそちらに回し、アクセルを踏んだ。
丘の上のミッションスクールはゴシック建築と言うのだろうか、なんだか、威圧的でガウディが作ったようなもにょもにょした建物だった。
柵にそってトランザムを走らせると、校庭の中では沢山の女生徒が尼さんゾンビに襲われ、女学生ゾンビとなって、級友を追いかけていた。
高い塔のある玄関にトランザムを入れる。エントランスには沢山の尼さんゾンビ、女子学生ゾンビが徘徊していた。
とりあえず、一匹ずつ踏んでいく。
ぼきぼきという音が床下から聞こえ、尼さんは、女学生は、ミンチになって、トランザムの後ろに転がる。
どかんと、唐突に塔の二階からゴシックロリータの娘がトランザムのボンネットに飛び降りてきた。
娘はきっとした目で僕をにらむと、塔のドアに向けてロケットランチャーを発射した。
ロケット弾は戸の近くにいるゾンビ、推定十五人を巻き込み、さらに扉も巻き込み、爆発した。
真っ赤な炎と真っ黒な煙が、まるで魔物の臓物のようで、怖いと言うよりも官能的。
ボンネットの君は、ロケット弾を鞄から取り出し、充填して、窓ガラス越しに僕をねらう。
なんだよ、と言う感じで僕がにらみかえすと、細い白手袋につつまれた指でトランザムの助手席を指さす。
僕はドアの膝掛けにあるボタンを押して、助手席側のドアのロックを外した。
「なんだよー、僕は君がゾンビに食べ散らかされるのを見に来たのに?」
「あら、助けじゃなかったんだ。それはご愁傷様。出しなさいっ!」
僕はアクセルを思いっきり踏みつけホイールスピン、Uターンがてらに、寄ってきたゾンビをトランザムの後部で蹴り飛ばした。
「これ、家の車よね、お爺さまの使用人? お父様の部下?」
「お爺さまの、性的オモチャ」
「……。あっ、そう。あ、ちょっと止めて」
彼女は窓を開けると、柵から顔をだしていた、女学生ゾンビをタタタとAKで撃ち殺した。
「あの子、馬鹿で大嫌いだったのよ」
「こういう時だから、思い知らせるのは大事だよね」
僕はハンドルを回し、尼さんゾンビを踏み砕いた。
「わたしはキャロル、あんたは?」
「ミッシェル、よろしくね、キャロル」
僕がにっこり笑うと、キャロルはちょっと顔を赤らめた。
「さすがはお爺さまね、顔の趣味は良いわ」
「で、どうしよう」
「どうしようって?」
「僕は君がゾンビに食われて『たすけてーっ!!』って涙ながらに絶叫するところを、ポテトチップ食べながらニコニコ鑑賞するつもりで来たんだ。で、その後の事を何も考えてない。まさかロケットランチャー片手に暴れ出て来て、車を乗っ取られるなんて想像のらち外だよ」
ポテトチップと聞いて、キャロルは後部座席に背を伸ばし、黄色い袋を取った。伸び上がった首の腱がすごく良い感じ。きょろきょろ動く三白眼ぎみの青い目も凄く良い。一目惚れって奴かな、すごく胸がどきどきするよ。
「あんた馬鹿じゃない?」
キャロルはポテトチップの袋を開け手をつっこんで、大量のチップスをつかみだし、ばりばりとかみ砕いた。
「何かアイデアでも?」
「こういう時は、郊外型の巨大ショッピングセンターに行くに決まってるでしょ」
「それは、ナイスアイデアだねっ」
僕はトランザムのアクセルを踏み込んだ。
4
落ち着く郊外型スーパーマーケットを決めるまでに六日ほどかかった。
最初のマーケットは、人が沢山いて、かなり物資も略奪された後だったのでやめた。
次のマーケットは小さかったし、その次は園芸用品ばっかりで食料とかが無かった。
僕らはトランザムの中で寝て、そこら辺の店から略奪した食べ物を食べ、三日目に愛し合った。
キャロルは僕に悪態を付きながら、ぽかぽか殴り、痛い痛いと不満を述べつつ、いろいろ燃え上がった。大変充実した時間だった。
ガソリンスタンドで、キャンディーバーと燃料を略奪し、さらに砂漠を東に東に。
街でゾンビを退治しつつ、銃砲店で弾と拳銃を補充。
丘を越え、谷を越え、さらに山を脱けた所に、そのショッピングセンターはあった。
「大きいわね」
「うん、なんでも取りそろえているらしいよ」
とりあえず、トランザムで店内に飛び込んで、そこら辺に居るゾンビをひき殺した。
ショッピングセンターのマップをゲット。
「最初は?」
「食料!」
僕らは食料売り場に入り、銃とロケットランチャーでゾンビを制圧し、豊富な食料と安全な寝場所を確保したわけだ。
ショッピングセンターからゾンビを全て駆逐するのに、一週間ぐらいかかった。
誰もいないショッピングセンターは天国のような場所だった。
僕らは発電装置を動かし、熱いシャワーを浴び、ふかふかのベットで眠った。
オモチャをかたかた走らせ、真空パックの美味しい中華料理に舌鼓をうち、DVDを見て笑い、ゲームをしてつかみ合いの喧嘩をした。
とても楽しかった。
ショッピングモールの屋上から、砂漠を見下ろした。
空はどこまでも広く、晴れていて、隣にはキャロルが居た。
くすくす笑いながらふざけあい、ペーパーバックを読み散らし、でたらめな曲を楽器で弾き、歌い合った。
僕ら以外は誰も居なかった。僕らの廻りにはアメリカらしい物資が山積みになり、遊び放題、食べ放題、飲み放題だ。
夕日に照らされながら、キスをした、愛を交わした。
機嫌が悪くなったキャロルをなだめたり、機嫌が良くなったキャロルにからかわれたりして、日々を暮らしていた。
そんな夢のような日々の末に、奴らはやってきた。
暴走族が三十人。
マッチョな肉体に入れ墨を入れ、カウボーイハットにチャラチャラした鎖。もちろん、銃とか斧とかチェーンとか完備だった。
もちろん、僕とキャロルは全力で戦った。
ロケットランチャーと狙撃銃で先制攻撃。奴らが近づいてくるまでに五人は削った。
ショッピングモールのゴチャゴチャした地形を使い、一人、また一人と、奴らを狩っていく。
雄叫びを上げて走るバイク。唸るチェーン。ショットガンの轟音。吹き飛ぶ血とか肉とか腕とか脳とか。
半分以上狩った所で、キャロルが奴らに捕まった。
僕は彼等に降伏した。
キャロルと僕はメチャクチャ殴られ、メチャクチャ犯された。
それでも、まあ、なんとか生きていたので、よしとしよう。
5
彼等のリーダーはデイビット、マッチョでハンサムで入れ墨があって、ホモだった。
当然ながら、僕はデイビットのペットになった。
ゾンビ世界になるまえと、そう変わらない境遇になったので、ちょっと残念だが、まあ、ずっとそうだったので、そんなに気にならない。
こまったのはキャロルだった。
残り九人のペットになったキャロルは、毎日毎日犯されて乱暴されて、どろどろになり、ずたぼろになっていた。
僕はボスのペットだから、わりと楽だったので、毎日、薬を塗ったり、ご飯を食べさせたりしてキャロルを介抱した。
しかし、さすがに九人に連日犯されると、ヤバイ感じだった。
「キャロルの分も僕が犯されるから、やすませてくれない?」
というと、デビットは悲しそうに、
「俺さあ、人が使ったケツは嫌なんだな」
と、マッチョ笑いで苦笑して、僕を抱いた。
事が終わったあと、困ったなと、思いつつ、キャロルに食料を運んだ。
キャロルはボロボロになって寝ていて、そこへサムソンがやってきて、のしかかろうとしていた。
「ごめん、サムソン、ご飯と治療しないと、キャロルは死んじゃうよ」
「そ、そうだか。どれくらいで終わるん?」
「二時間ぐらいかな」
「わ、わかったよう」
サムソンは頭が悪いが、意外に気の良いヤツだった。ときどきキャロルに食料をあげているのを見たりした。
他の連中はキャロルをダッチワイフみたいに扱っている中、彼だけが彼女を人として扱おうとしていた。
「死にたい……」
キャロルは目に隈が浮かんだ状態で泣いた。
「食べないと、あと、シャワー浴びにいこう」
「あんたがなんで平気なのか解らない。どうして、家畜みたいに扱われて、平気なの」
「もともと家畜だったからさ」
キャロルにご飯を食べさせた。
肩を貸してやり、シャワー室へ運んで、体を洗う。傷や裂けた部分に軟膏を塗り、新しい服を着せてあげる。
だんだん、キャロルが反応しなくなって来ているのが解る。
ヒヒ爺さまの屋敷でも、攻め潰される前のメイドが良くこんな反応をしていた。
「キャロルは、マッチョの中の誰かを愛せないの? 愛を感じると人は優しくなるよ」
デイビットのようにね。
これは、奴隷の知恵みたいな物で、愛を表すと、どんな残忍な人でも愛を返してくれる時がある。まあ、無いときもあるんだけどね。
「いやよっ! なによ、あんな馬鹿マッチョばっかりっ!!」
僕はため息をついた。キャロルはあまり持たない。
嫌がるからおもしろがって、マッチョ達はキャロルをなぶる。なぶるからキャロルはますますマッチョたちに刃向かう。どんどん責めがきつくなり、最終的には壊れてしまう。
あと、二週間も持つまい。
夜、デイビットの部屋を抜け出して、屋上から空をみる。
大きな月が出ている。
キャロルを失うのが嫌だった。
綺麗で高潔だった心がだんだんと曇り錆び付き情動が動かなくなるのが悲しかった。
だけど、僕はヒヒ爺さんの屋敷にいた頃みたいに無力だった。
あと10人だから、なんとかして殺せばいいのだけど、銃もトランザムも取り上げられていた。
ふと、ショッピングセンターの駐車場に動く者がいた。
屋上から降りて、行ってみると、ゾンビだった。
逃げようとしたけど、別に追ってこなかった。
よく見るとメイド服の残骸をまとっていた。
ゾンビ一号だった。
「おうよ……」
「王?」
「おう」
ゾンビ一号は僕の足下にかしずいた。
「もしかして、あの日にやった、あれ?」
ゾンビ一号はうなずいた。
ああ、そうなのか。
それでなのか。
僕は、心の感度を広げてみた。
ああ、居る、僕の武器が沢山いる。
ああ、山の方に、すごく良い光がある。
「ミリアムありがとう」
僕はミリアムを抱きしめた。
とても臭かった。
6
「あと、二日、二日だけ、待って」
キャロルはどろりと濁った目で僕を見た。
「まつ……の?」
「うん、がんばれ」
こくっとうなずいて、つっと一筋キャロルは涙をながした。
ああ、もうキャロルは残骸に近くなっている。
二日たっても、元のキャロルには戻れないかもしれないな。
でも、しょうがない。
心を広げてみると、かなり近い、向こうの山まで彼等は近づいていた。
「どけ、おらあっ!」
パンチョが僕を蹴り上げた。
「ボスのお気に入りだからって、でかい面してんじゃねえぞっ!」
「でかいつらとか、してませんよ、パンチョさん」
「てめえとかキャロとかの綺麗な顔見てると、ほんとに虫唾が走るんだっ! うせろっ!」
パンチョは僕を殴りつけると、キャロルの服を破いてのしかかった。
僕はそこを離れていった。
ショッピングセンターはまだまだ物資にあふれていた。
マッチョ達は、毎日酒盛りをして、ハムやソーセージをむしゃむしゃ食い、駐車場に並んだ車にでたらめに銃を撃ち込んで遊んでいた。
キャロルの悲鳴がコンクリートに反響して僕を追いかけるように聞こえて来た。
がんばれ。
余分な銃器はまとめて倉庫に収められていた。
銃を持ち出せるのは、デイビットと、サブリーダーのジョンだけだった。
二日目、その時が来たら、キャロルの所に居なければならない。できれば銃とロケットランチャーを持って。
砂漠から風が吹いて、ショッピングモール玄関の窓を砂で削って飛び去っていく。
なるべく丁寧にキャロルの世話をした。
あまり食べなくなった彼女に、甘い物を探してきて食べさせる。体をマッサージして打ち身をほぐす。
ふと、この子はヒヒ爺さんの孫なんだから、こんな事しなくても、とも思ったが、やっぱり好きになっていたんだなと思い返す。
初めて会った時の輝くような金髪や、照れながら憎まれ口を利く彼女の姿が懐かしい。
そして、二日目、待ちに待った彼等がやってきた。
どどどと地を鳴らして彼等はショッピングモールに突進してきた。
ゾンビの馬に乗った、ゾンビインデアンたちだ。いや政治的に正しく言うとゾンビネイティブアメリカンだ。
彼等は風のように食料品コーナーを、家庭用品コーナーを駆け抜け、槍とウインチェスターライフルで、マッチョたちを倒していく。
僕とキャロルはシャワー室に隠れていた。
キャロルはぼんやりと外をみて、何も語らなかった。
「助かるんだよキャロル」
「……」
血だらけになったディビットが駆け込んできた。
「大丈夫だったかい、ベイビー」
「うん、デイビットも大丈夫?」
「ちょっと、やられちゃったが、俺は大丈夫さ」
にっこり白い歯を見せてディビットは笑った。
「車がある、どこかで、三人でやりなおそう」
すこし照れたように彼ははにかんだ。なんだか、近所のいたずら坊主みたいな、そんな、昔のディビットの顔が浮かんだような気がした。
「べ、べつに、お前の為の提案じゃないんだけどな」
「うん、デイビット」
彼は、キャロルの汚れてしまった金髪をいとおしそうに撫でると、頭を抱いた。
「キャロル嬢ちゃんには悪いことをしてしまったが、なに、また別の所で平和に暮らせば、大丈夫だよ」
「うん、そうだね」
そこへ、ゾンビネイティブアメリカンが三騎駆け込んできた。
「逃げろっ! ミッシェルッ! キャロルッ!」
デイビットは狂ったように銃を撃った。
ゾンビたちは槍を振るった。
デイビットの心臓は槍に突かれて、その動きを止めた。
ゾンビネイティブアメリカンは残心するように動きをとめた。そして、僕たちを見ると、会釈をして去って行った。
僕はディビットの腰からキーリングを取り出して、キャロルの手を引いて、静かになったショッピングモールを歩いた。
あたりにマッチョの屍骸がごろごろと転がっていた。
槍でハリネズミのようになったサムソンがのろのろとゾンビになって起きあがった。
パンチョも起きあがって来て、うーうー唸りながらふらふらと歩く。
キャロルは生きているけど、心が死んで、ゾンビのように首を振りながら僕に引かれていた。
衣料売り場に行った。
ゴスロリの服はなかったけど、綺麗な赤いドレスをキャロルに着せた。
そして、倉庫に行き、僕はロケットランチャーを取り出した。
7
キャロルにロケットランチャーを渡した。
そして、僕は、彼女の前に立つ。
「キャロル。良く聞いて。君は自分が汚されたように感じてるかもしれないけど、そんな事は無いんだ」
「……」
キャロルはのろのろとアゴを上げて僕を見る。
「泥に落ちて、金髪が汚れたようなものさ。お風呂に入れば、元の輝きを取り戻せる」
キャロルは下を向いて、顔を横にちいさく振る。
「大丈夫だから、立ち直れるからっ! 立って、キャロルっ!」
キャロルは腰をおとし、ぺたんとショッピングセンターの床に座り、背を丸める。
「ゾンビの世界を終わらせる事ができるからっ!」
はっと、キャロルがこちらを向いた。
「君がゾンビの世界を終わらせる事が出来るんだ。本当だよ」
「……な、なに、を、言ってるの?」
「この世にゾンビを生み出したのは僕だ」
「ど、どういうこと?」
「僕はヒヒ爺さんに性のオモチャにされる事がつくづく嫌になってたんだ。そんな時にミリアムってハイチ生まれのメイドにおまじないを教えて貰ったんだ。世界が変わる魔法だって言ってた。おままごとみたいな物だったんで、ちょっと前まで忘れていたんだよ」
キャロルがのろのろと立ち上がった。
「僕は、願った。この腐りきった世界を終わらせてくださいってね。そして、次の日、ゾンビの世界が始まった。僕だ、僕がゾンビの王なんだ。僕は全部のゾンビを操る事が出来るっ」
キャロルが僕をまっすぐ見つめる。
「僕をそのロケットランチャーで撃つんだ。そうすれば、ゾンビの世界が終わる。キャロルが誇りを持って生きられる世界が来る」
キャロルはロケットランチャーを構える。
砲口はゆらゆらと揺れる。
「そうすれば、君は、元に戻る事が出来るっ、キラキラしていた頃のキャロルに、僕の大好きだったキャロルに戻れるんだっ」
ふうっ、と息をキャロルは吐く。
ぴたりと砲口は止まる。
「撃って、撃って、僕を殺して。そして、キャロルの明日をつかんで。僕はもう良いんだ。ゾンビの世界になっても、思っていたほど開放感が無かったし。マッチョに支配されて、逆に落ち着いていたぐらい。だから、僕の居場所はこの世界にはないから、キャロルの世界を僕は帰すよっ」
キャロルの目に力が戻る。
風が吹き込んで、彼女の金髪がふわりと揺れた。
「さあっ、キャロル、撃ってっ!!」
「ふざけんじゃ、ないわよっ!!」
キャロルは怒鳴ると、天井に向けロケットランチャーを撃った。
光り輝くロケット弾は上昇し天井の鉄骨にあたり爆発した。
ばらばらと榴弾が僕とキャロルの上に降った。
「あんた、馬っ鹿じゃないっ!! あんたゾンビの王なんでしょっ、この世界の王様じゃないっ!!」
「え?」
「え、じゃないわよっ! こんな、インディアンゾンビとか強力な力を持ってて、僕の居場所がこの世界にない? 作れば良いじゃないっ!!」
「え、だって、その、キャロルが居ない世界なんて、そのっ」
「いいわっ! わたしゾンビの王妃になってあげる。あんたと一緒にあんたの居場所を作ってあげるっ! べ、べつにあんたの事が馬鹿で心配だからじゃ、な、なくって、私が、王妃になって、贅沢とか権力とか持って、マッチョとかぶっ殺したいから、だから、王妃になってあげるからっ!!」
「キャ、キャロル……」
「泣くなっ! ゾンビの王さまは泣かないのっ!! ほんとにもう、馬鹿なんだからっ!! 王妃になってくださいって言いなさいよっ!」
「うん、キャロル、王妃さまになってください」
「もう、あんたは性奴隷じゃないのよ。胸をはりなさいっ! そ、それから、その、愛してるとか、い、言いなさい」
「うん、愛してるよ、キャロル」
「駄目っ!! なによそれ、いつもの性奴隷の仮面じゃない。ミッシェルとして、心から、あたしのことを、その、愛してるとか、その言いなさいっ!」
「え、あ、その……」
僕は困った。凄く困った、いつもの嘘の愛のセリフが禁じられた。
本当の気持ちを僕は一度も誰にも伝えた事なんかない。
すごくこまった、顔が熱くなった、胸の奥がジンジンとしびれた。
「い、いやその、べべつに、その、キャロルが好きだから、その、愛してるわけじゃ、ないんだよ」
うわ、なんだか、意味が通ってないよう。
キャロルはロケットランチャーを放り投げて、満面の笑顔で僕に抱きついてきた。
「合格っ!!」
了
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