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どーもーにわ!
阿部が背を向けたあと、
その場に残ったのは、思っていたよりも冷たい空気だった。
追いかけなかった。
呼び止めなかった。
一歩も、動かなかった。
それが正解だと、自分に言い聞かせながら。
街灯の下に立ったまま、佐久間は小さく息を吐く。
夜に近づくにつれて、空の色がゆっくりと変わっていくのがわかった。
さっきまで残っていたピンクが、少しずつ溶けていく。
――今日も、だめだったな。
心の中でそう呟いて、苦笑する。
阿部が逃げる理由を、佐久間は知っている。
全部じゃないけど、少なくとも「嫌われたくないから」じゃないことくらいは。
むしろ逆だ。
好かれることを、怖がっている。
初めてそれに気づいたのは、ずっと前だ。
冗談みたいな会話の途中で、
冗談じゃない沈黙が落ちた、あの瞬間。
踏み込めば、
阿部はきっと笑う。
優しく、いつも通りに。
でも、その笑顔の奥で、
何かを必死に隠すのも知っている。
だから、追えなかった。
追いかけるのは簡単だ。
名前を呼んで、手首を掴んで、
「大丈夫だよ」って言えばいい。
それで、少しは安心させられるかもしれない。
でもそれは、
阿部の怖さを消す行為じゃなくて、
上書きするだけだ。
佐久間は、そこまで傲慢になれなかった。
「……寒くなってきたな」
誰もいない空間に、ぽつりと落ちた声。
答えは返ってこない。
歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
無意識に、阿部が去った方向を見てしまう。
まだ見えるんじゃないか、なんて。
そんな都合のいい期待を、すぐに打ち消す。
見えなくていい。
今は。
阿部は逃げた。
それは事実だ。
でも同時に、
佐久間は「待つ」ことを選んだ。
それも、事実だった。
帰り道、スマホが震える。
画面に表示された名前に、心臓が一瞬跳ねた。
――阿部。
指が止まる。
期待と、不安が同時に押し寄せる。
開くと、短いメッセージがひとつ。
『今日はごめん』
それだけ。
責任を引き受けるみたいな言葉に、
胸の奥が少し痛んだ。
謝らなくていい。
悪くない。
何も、間違ってない。
そう思うのに、
その全部を送る勇気はなかった。
代わりに打ったのは、
いつも通りの一文。
『大丈夫だよ。気にしないで』
送信して、画面を伏せる。
――これでいい。
そう思いたかった。
だけど本当は、
「大丈夫」なんて言葉で済ませたくなかった。
怖いなら、怖いって言ってほしい。
逃げたいなら、そう言ってほしい。
それでも、
一緒にいる選択肢を、
消さないでほしい。
そんなわがままを、
口にする資格が自分にあるのか、わからなかった。
好きだから。
それだけで、十分すぎる理由になると思ってしまう自分が、
少し怖い。
部屋に着いて、電気をつける。
静かな空間に、今日のやり取りが遅れて押し寄せてくる。
追わなかったのは、
優しさだったのか。
それとも、臆病だっただけなのか。
答えは出ない。
ただひとつ、確かなのは。
もし阿部が振り返ったとき、
そこに誰もいなかったら、
それは取り返しがつかないということ。
だから佐久間は、
離れない場所を選ぶ。
近づかない代わりに。
掴まない代わりに。
待つ。
それは、
逃げ道を塞がないための、
精一杯の愛し方だった。
スマホが、もう一度震えた。
今度は通知じゃない。
時刻を知らせるだけの、淡い光。
佐久間は画面を見つめて、
そっと呟く。
「……ちゃんと、戻ってこいよ」
声は、夜に溶けた。
🌸 × 🍃
つまんなすぎる笑笑