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kaede🍁
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りゅず
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阿部は何事もなかったように仕事へ向かった。
その週は一人での仕事ばかりだったことが、阿部にとっては救いだった。
「お疲れさまでした。」
スタッフに笑顔で挨拶をする。
休憩時間には「夏バテかな。」と笑って少しだけ食事を口にする。
鏡の前では、いつも通りの笑顔を作る。
誰にも気付かれなかった。
気付かせなかった。
「あと少し。」
「気持ちに区切りがつくまで。」
その言葉だけを支えに、一日一日を乗り越えていった。
___________
そして、一週間後の夜。
目黒が帰ってくる日。
阿部は家をきれいに片付け、目黒の好きな香りのアロマを焚いた。
時計を見る。
「あと二時間。」
ソファへ腰を下ろし、静かに待つ。
久しぶりに会える。
本当なら嬉しくて仕方ないはずなのに。
胸の奥は重たいままだった。
(どうして……。)
阿部は膝を抱え、小さく丸くなる。
(どうして俺は。)
(めめを信じてあげられないんだろう。)
あの日の週刊誌の記事。
目黒はすぐに電話をくれた。
焦った声で説明してくれた。
その言葉に嘘はないと、阿部も分かっている。
目黒は嘘をつく人じゃない。
誰よりも誠実で、真っすぐな人だ。
それなのに。
心のどこかで、不安が消えてくれない。
(めめは何も悪くない。)
(全部、俺の問題なのに。)
阿部は自分の左手を見る。
薬指には目黒とおそろいの指輪。
毎朝、目黒が大切そうに触れてくれる指輪。
「大好き。」
「愛してる。」
何度も伝えてくれる。
忙しい中でも電話をくれる。
少しの時間でも帰ってきてくれる。
そこまでしてくれているのに。
(俺はこれ以上、めめに何を望んでるんだろう。)
一緒にいる時間?
もっと安心できる言葉?
違う。
きっと、どれをもらっても、この不安は消えない。
目黒の問題じゃない。
自分自身の心が作り出しているものだから。
そのことが一番苦しかった。
「……分かんない。」
阿部は小さく呟く。
「俺……。」
「もう、どうしたいのか分かんない。」
ぽつりと落ちた言葉は、静かなリビングに吸い込まれていった。
時計の針だけが、ゆっくりと時を刻んでいる。
もうすぐ目黒が帰ってくる。
会いたい。
抱きしめてほしい。
安心したい。
でも、その一方で。
こんな自分を目黒に見せてしまうのが怖かった。
阿部はソファにもたれ、ゆっくりと目を閉じる。
疲れ切った身体は、そのまま静かな眠りへと落ちていった。
___________
夜遅く。
玄関のドアが静かに開いた。
「ただいま。」
一週間ぶりに帰ってきた我が家。
目黒はスーツケースを静かに玄関へ置く。
返事はない。
「……あべちゃん?」
リビングへ向かうと、ソファの上で阿部が毛布も掛けずに眠っていた。
テーブルの上には飲みかけの水だけが置かれている。
「待っててくれたんだ。」
目黒は小さく微笑んだ。
起こさないように、そっと阿部の身体を抱き上げる。
その瞬間だった。
「……え。」
あまりにも軽かった。
一週間前に見送ってくれた時よりも、明らかに軽い。
目黒は思わず阿部の寝顔を見る。
頬は少しこけ、顔色もどこか悪い。
髪を撫でると、阿部は小さく身じろぎしただけで起きない。
寝室へ運び、ゆっくりベッドへ寝かせる。
目黒の胸に嫌な予感が広がっていく。
(夏バテ……。)
(本当に、それだけだったか?)
阿部が「夏バテかも」と笑っていた姿が頭をよぎる。
食事の量が減っていたこと。
少し痩せた気がしていたこと。
電話では元気そうに話していたこと。
全部、「大丈夫なんだ」と思い込もうとしていた。
けれど。
今、腕に残るこの軽さが、その考えを否定していた。
(違う……。)
(夏バテじゃない。)
静かな寝室で、阿部の穏やかな寝息だけが聞こえる。
目黒はベッドの横へ腰を下ろし、眠る阿部の左手をそっと握った。
薬指には、いつもの指輪。
毎朝確認していた、大切な指輪。
その指は以前より指輪がほんの少し緩く見えた。
胸が締めつけられる。
そして、一つの出来事が頭をよぎる。
──あの日の週刊誌。
人気女優とのツーショット写真。
仕事だと説明した時、阿部は笑っていた。
『信じてる。』
そう言ってくれた。
あまりにも、いつも通りに。
目黒は目を見開く。
阿部には癖があった。
本当につらい時ほど、周りを安心させようとして笑う。
誰にも心配をかけないように。
自分だけが我慢すればいいと、全部抱え込んでしまう。
目黒は唇を噛む。
阿部は何度も「信じてる」と言ってくれた。
愛情のある言葉をたくさん伝えてくれた。
本当は。
その言葉は、自分自身に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない。
目黒は眠る阿部の手を両手で包み込む。
「一人で抱えさせて、ごめん。」
眠ったままの阿部は何も答えない。
それでも目黒は静かに決意した。
もう二度と、「大丈夫」という言葉だけを信じない。
その夜、目黒はベッドの側で、阿部が目を覚ますのを静かに待ち続けた。
コメント
1件
第3話、読み終えました……。 阿部くんの「信じたいけど信じきれない」心の揺れが、本当に切なくて。誰も悪くないのに、自分を責めてしまうところが胸に刺さりました。最後、目黒さんが「もう二度と『大丈夫』を信じない」と決意する場面、すごく好きです。お互いを想うあまりにすれ違う距離感、このお二人の行く末が気になって仕方ないです……!