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放課後の校舎は、昼間の騒がしさが嘘みたいやった。
廊下に残る足音もまばらで、窓から差し込む夕方の光がやけに長い影を作っとる。
俺は肩にバッグ引っかけて、体育館とは逆方向に歩いとった。
本来なら、とっくに部活行っとかなあかん時間や。
せやけど、昼休みにスマホ忘れたん思い出して、教室に取りに戻る途中やった。
(はよ行かな、あつむ遅いってまた治に言われるな)
そんなこと考えながら、体育館横を通りかかった時や。
——ダンッ、ダンッ。
聞き慣れた音が耳に入った。
バレーやない。
低く、リズム刻む音。
(……バスケ?)
この時間、体育館はバレー部のはずや。
不思議に思って、俺は無意識に足を止めてた。
扉は少しだけ開いとって、中から声と笑い声が漏れとる。
覗くつもりなんて、最初はなかった。
ほんまに、ちょっと音の正体確認するだけ——のはずやった。
けど。
視界に入ったその瞬間、俺は完全に固まった。
コートの真ん中で、ボールを持って走っとる女子。
ポニーテールが跳ねて、足取りが軽くて。
(……🌸?)
一瞬、理解が追いつかんかった。
俺の彼女。
クラスじゃ大人しくて、前に出るタイプやない。
俺が騒いでる横で、苦笑いしながら「もう…」って言う側の人間。
その🌸が——
迷いのないドリブルで、相手を引きつける。
一歩、二歩。
フェイント。
ディフェンス、完全に抜かれた。
「ナイス、🌸!」
周りの友達の声。
🌸はちょっと照れたように笑って、それでも止まらん。
(……うそやろ)
思わず、喉が鳴った。
動きが、綺麗すぎる。
無駄がない。
楽しそうで、強気で、自信がある。
次のプレー。
パス受けて、ワンテンポ置いてからのシュート。
——シュッ。
ボールが弧を描いて、リングに吸い込まれる。
(……スリーやん)
知らん。
こんなん、俺、何も知らん。
胸の奥が、じわっと熱くなった。
驚き。
戸惑い。
それから——誇らしさ。
(何やねん、その顔)
いつも俺の前で見せる、少し控えめな笑い方やない。
コートの上の🌸は、堂々としてて、目が輝いとった。
俺は、ただ突っ立って見とるだけ。
声もかけられへん。
知らん世界を、勝手に覗いとるみたいで。
試合形式になって、動きはさらに速くなる。
🌸は指示出して、走って、守って、攻めて。
(エースやん……)
誰かに任せるんやなくて、ちゃんと中心におる。
頼られてる。
信頼されてる。
その事実が、なんか……くすぐったくて、悔しくて。
(俺、何も知らんかったな)
彼女の「好きなこと」。
彼女が本気で夢中になれる時間。
全部、知らん顔してた。
最後の一本。
残り数秒、ボール持った🌸がドライブ。
ゴール下、体当てられてもバランス崩さへん。
——決めた。
歓声。
笑顔。
ハイタッチ。
その光景を見た瞬間、俺は確信した。
(……また惚れ直してもうた)
静かで、優しい🌸が好きやと思ってた。
けど、違う。
全力で走って、笑って、勝ちに行く🌸も——
めちゃくちゃ、好きや。
扉から一歩下がって、俺は踵返した。
今日は、声かけへん。
この気持ちは、俺だけのもんでええ。
部活向かいながら、思う。
(こんなん反則やろ……)
何回俺を好きにさせる気やねん。
知らん一面見せられるたびに、心持っていかれて。
放課後の体育館。
偶然見ただけの光景。
それだけやのに——
俺の中で、🌸への「好き」は、
確実に一段、深くなっとった。