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思い切って図々しい事を言ってみたけれど、涼さんはニコッと笑って「喜んで」と言っただけだった。
しばらく抱き合ったあと、彼は手を延ばして照明を落とす。
カーテンは開けたままで、窓の外からは夜間も美しく照らされているシーのライトが、室内にほんのりと挿し込んでいた。
(……夢みたい)
『彼氏なんていなくていい』と言っていたけれど、本当は心から愛してくれる恋人がほしかった。
でもいざ彼氏ができたら性的に求められるのが怖くて気持ち悪くて、すぐに逃げてしまった。
自分でも分かっていた。
幸せになりたい、彼氏がほしい、結婚したいと願っていても、男性に抱き締められる事すら嫌悪感を抱くなら、到底無理な話だと。
(……なのにこの人、スッと私の心に入ってくるんだもんな……)
警戒していたはずなのに、気がついたら普通に話していて、異性として意識し、受け入れてしまった。
以前の私なら信じられないぐらいのスムーズさで、今でも夢でも見てるんじゃないだろうかと思ってしまうほどだ。
「……恵ちゃん、あったかい」
その時、涼さんがかすれた声で言い、また胸の奥がキューッと締め付けられ、むず痒い想いに駆られる。
涼さんは私を抱き締めてそのまま眠るのかと思っていたけれど、身じろぎしてから溜め息をつき、言った。
「……今まできれい事を口にしてたけど、本音を言う」
「えっ」
何か嘘でも言っていたんだろうかと思って顔を上げると、涼さんは私の髪をサラリと撫でて白状した。
「……俺、恵ちゃんが〝初めて〟で良かった」
彼の言葉を聞き、私は目を見開く。
「『処女厨かよ』って言われるのが怖いから言えなかったけど、……本当は恵ちゃんが処女で良かった」
私は涼さんの言いたい事を察しながらも、ちゃんと最後まで聞かないといけないと思って続きを待つ。
「非処女が嫌なんじゃなくて、恵ちゃんの初めてが俺なのが、堪らなく嬉しいんだ」
思っていた通りの答えがあり、私は安堵の息を吐く。
「……いいんですか? 面倒臭いですよ。嫉妬するかもしれないし、エッチする時は痛がるかもしれないし」
「嫉妬させないぐらい溺愛する自信はあるし、なるべく痛くならないようたっぷり愛するよ」
「……覚悟してくださいね」
彼の手をキュッと握って言うと、涼さんは私の額にチュッとキスをした。
「絶対に幸せにするよ。俺を選んで良かったって言わせてみせる」
「…………はい」
これ以上なく赤面した私は、内心で「暗くて良かった」と安心していた。
こんな真っ赤になって、嬉しくてにやけてる顔、絶対に見せられない。
「明日、チェックアウトしたらちょっとデートしようか」
「えっ……、あ、はい……」
思わず返事をしてしまったあと、朱里がいなくても大丈夫か心配になってしまう。
同時に、そんな情けない事を考えた自分をビンタしたくなる。
(朱里が田村の事で悩んでいた時は、あんなに偉そうにアドバイスしてたのに)
自分に突っ込みを入れたあと、私は涼さんに気づかれないように溜め息をついた。
(恋愛、難しい~~~~……)
でも、彼の事で悩むのは嫌じゃない自分がいる。
「行きたい所ある? それとも、二日ぶっ通しで遊んだからゆっくりする?」
「……そうですね。ゆっくり話してお互いの事をもっと知ったほうがいいのかも。涼さんも疲れてるでしょ?」
気遣うと、彼は小さく笑った。
「確かに、三十路のおっさんだからちょっと疲れてる」
「もぉ……」
涼さんの言葉を聞いて私は脱力して笑い、トンッと彼の胸板を叩く。
「……もっと涼さんの事、色々知りたいです。……明日、沢山お話しましょう」
「うん、おやすみ」
返事をした彼はまた私の額にキスをし、寝やすい体勢になると静かに息を吐いた。
(……本当に男の人と寝るの、初めてだな)
私もベストポジションをとると、努めて冷静になれるよう深呼吸する。
でも涼さんは私の体に腕をかけ、脚も絡めたままで、どう考えても眠れる気がしない。
(朱里っていつも篠宮さんとこういう感じで寝てるのかな。……ハードル高すぎでしょ!)
いつも朱里を「守らないと」と思ったし、彼女は子供みたいに勢いよくパクパクご飯を食べて口元を汚す事もあったので、姉のように面倒を見る時もあった。
なのに恋愛面では私のほうがずっと遅れていると、やっと自覚した。
(……色々聞かないと)
緊張しているのに、涼さんの温もりが気持ち良くて、トロトロと目蓋が落ちてくる。
(……どうしよう。胸が一杯だ)
静かな部屋の中、私はドクドクと鳴る胸を押さえ、涼さんを起こさないようにそっと息を吐いた。
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