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朝、教室のドアがガラッと開いた。
「すまぬ、寝坊した」
入ってきたのは魔王だった。
黒いマントに、角。無駄に威圧感のあるオーラ。
でも足元はキュッキュ鳴る上履き。
「おはよ、魔王」
クラス委員の佐藤が出席簿を見ながら言う。
「今日で遅刻三回目ね。次は反省文」
「ぐっ……勇者より手強い」
魔王は悔しそうに席についた。窓際の一番後ろ。日当たり良好。
うちのクラスには魔王がいる。
先月「世界征服に飽きた」と言って転校してきた。
担任は三秒だけ驚いて、普通に受け入れた。
「日本の高校、思ったより書類多いな」
と、魔王は昨日も言っていた。
一時間目、現代文。
「このときの主人公の気持ちは?」
先生が当てたのは、よりによって魔王。
魔王は立ち上がり、低い声で言う。
「孤独。理解されぬ苦しみ。だが、それでも前に進む覚悟」
教室が静まり返る。
「……正解」
先生がちょっと引き気味に言った。
魔王は静かに座る。
ノートの端には小さく
『友達ほしい』
と書いてあった。
昼休み。
魔王はいつも購買の焼きそばパンを狙っている。
「今日こそは手に入れる」
そう言っていた三十秒後、完売。
「また勇者に負けた……!」
勇者は隣のクラスにいる。ただのサッカー部。
「じゃあ半分あげるよ」
勇者が焼きそばパンを差し出す。
魔王はしばらく固まってから、ぽつりと言った。
「……貴様、いいやつだな」
「いや普通」
魔王は焼きそばパンを大事そうに食べた。
世界征服より嬉しそうだった。
放課後。
魔王は屋上にいた。
夕焼けがやけに似合う。
「ねえ」
私が声をかけると、魔王は振り向いた。
「人間界は、どう?」
「思ったより、悪くない」
魔王は少し照れたように笑う。
「征服する価値もないほど、平和だ」
「それって褒めてる?」
「最大級にな」
そのときチャイムが鳴った。
魔王はマントを翻す。
でも風がなくて、ちょっとしょぼんと垂れた。
「……来週の小テスト、範囲どこだ?」
「世界史。中世ヨーロッパ」
「我の得意分野だな」
自信満々に言う魔王。
三日後、普通に赤点だった。
それでも魔王は、今日も学校に来る。
世界を滅ぼすでもなく、
ただ出席を取り、
焼きそばパンに敗れ、
小テストに泣く。
そしてきっと明日も言う。
「すまぬ、寝坊した」
そのたびに私たちは思うのだ。
世界征服より難しいのは、
たぶん、普通に生きることなんだって。
でもまあ。
魔王がいると、毎日はちょっとだけ面白いかも。