テラーノベル
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後日、再度練り直した企画書を持って、美冬は『グローバル・キャピタル・パートナーズ』を訪れた。 できたら持ってきてくれればいいと言われていたので、そのまま受付に預けて帰ろうかとしたところである。
「あれ? えーっと……」
受付で立っていた美冬はそんな風に声を掛けられた。
美冬に声をかけたのは、先日の目つきの悪い……もとい、目つきの鋭い男性だ。
その鋭い眼差しが美冬には怖いし、高級スーツすら逆に怖い。ヤの付く自由業の人じゃないのかと思うくらいだ。彼は受付を通りかかって美冬を発見したようだった。
──この人苦手なんだけど……。
プレゼンの時は腕を組んで『相乗効果が見えない』とか睨まれてとっても怖かったのだ。
その後も女性と言い争いのような感じになっていたし。こうして横に来られるとすごく背が高くて威圧感満載だし。
怖いから近づかないでほしい。
「企画書? 早いな」
こくりと美冬は頷いた。
「俺が見てやるよ」
そう言って男性が手を出すのに、美冬はついぎゅっと企画書を抱きしめて男性を見返してしまった。
「そんな顔するか……あー、だな。この前はクローズドのコンペだったか」
男性は胸ポケットに手をやった。
その目つきで胸ポケットに手はヤバい!
なにか得物が出てくるかもしれないっ!
──や……殺られるっ!
思わず企画書を顔の前に持ってくる美冬だ。
実際何かあったらそんなものでは防げないのだろうが。
胸ポケットから名刺入れを取り出した彼はきょとんとしていた。
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
取り出したのはブランド物の高級な名刺入れだ。そこから彼は名刺を出して美冬に渡した。
美冬はバッグを足元に置いて、名刺を受け取り確認する。
『グローバル・キャピタル・パートナーズ、副社長、槙野祐輔』
(副社長!? 副社長だったの!?)
「全部、感情が顔に出ているぞ」
呆れたような声が頭の上から降ってくる。
「す……すみません」
「まあ、とっても怯えてたみたいだが? 一応こんな肩書きなんで良かったら見るけど? その胸に大事に抱えてる企画書」
「お手を煩わせてしまうんじゃないです?」
「時間あるから構わない。見てほしいなら来い」
とりあえず、得物は出てこなかったので美冬はお願いすることにした。
なにせ、進退がかかっているのだから!
──この人が苦手とかそんなことは言ってられないのよ!
槙野はその場で受付に言って、副社長室に案内してくれた。
イメージ通りのシンプルでモダンな内装で入ってすぐの応接セットのソファを美冬は勧められる。
そこに美冬は座って槙野が書類を確認するのを見ていた。
美冬の企画書を見ながら、槙野の眉間にぐっとシワの寄るのを美冬は見たのだ。
怖い!
「悪くはない」
(悪くはない顔それなの!? 海に沈められるかと思ったんだけど!!)
「だから、顔に出てるっつーの」
あきれたような顔で槙野に見られて、思わず自分の顔を抑えてしまう美冬だ。
槙野はその間も口元に手を当て書類を睨んで考えるような仕草をしていた。
「けど……」
「相乗効果ですか?」
「あ、いや。もっとこう思い切ったことができたら面白いのになって。悪くはないんだが、今回のコンペの意図とは外れるかもしれない」
怖い人だと思ったけれど、その真剣な声とアドバイスに意外といい人なの?と美冬は槙野の顔をそっと見る。
「真剣だな」
「え?」
「椿さん」
そんな風に呼ばれて槙野の方からひょいっと顔を覗きこまれた。
先ほどまでは怖いだけだったが、今はとても澄んだその瞳にどきんとする。
だって、今はメリットも何もない美冬の会社のことで真剣になって見てくれている。
「そうですね。いろいろ事情もあるんですけど。今まであまり経営とか考えてこなかったんだなって今回ひしひしと思います。私はミルヴェイユのお洋服が好きなので」
「へえ? どの辺が?」
「金額設定が高いってことは分かっているんです。でもちょっと特別な時に、ちょっと特別なおしゃれがしたいって、絶対にあると思うから。そんな時に気分を上げるファッションであってほしいの。それに価格に見合うだけの作りなんです」
「なるほどな」
槙野は少し口角を上げる。そうしてテーブル越しに美冬を真っ直ぐ見た。
「事情ってのはなんだ?」
「そ……それ、言わなきゃダメですか?」
「言わなきゃダメってことはないが、事情があるなら知ってはおきたいな」
ごくっと唾を飲んで、美冬はここまでの経緯を説明した。
もちろん祖父の条件も。
そして、目の前で爆笑されているのである。
「お前のじいちゃんおもしれーな! 彼氏から結婚って、どれだけお前に結婚してほしいんだよ」
他人事だと思って……。そんなに笑う?
「お前もその条件呑んでまで、ミルヴェイユが大事か?」
笑いを収めた槙野が切り込むように美冬を見つめる。
槙野の鋭い眼はまるで肉食獣のようだ。
本人もきっとそんなことは分かっていて、それも十分に意識した上で交渉に使っているのだろう。
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