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「はぁ〜。凄く疲れたんじゃけどぉぉぉ。ホンマ子供の体力半端ないわぁ……」
帰りの車中。
盛大な吐息とともに弱音を吐く実篤を、くるみがクスッと笑って「お疲れ様でした」と労う。
「それでもうち、今日の実篤さん見ちょって思いました」
ほぅっと、どこかうっとりした吐息を落としたくるみに、実篤はハンドルを握ったままチラリと視線を流す。
夜の岩国は車が本当に少ない。
週末――土曜――の夜だというのに、市内では〝繁華街〟という位置付けになるであろうJR山陽本線岩国駅付近の商店街でさえも人影がまばらで。
まぁ飲み屋街は国道沿いから一本中に入った辺りにあるので、一八八号線沿いを走っていてもそんなに人がいないのは仕方ないのかもしれないけれど。
それにしたって対向車ともほとんどすれ違わないとかどうなんよ?と思ってしまった実篤だ。
実篤の不動産屋事務所がある麻里布町の辺りは片側二車線の、割と交通量が多いことを想定された広めの道路だ。
けれどそこにしたって二三時近い今は車の往来がほぼ途絶えてしまっているとか、ゴーストタウンかよ、と思いたくなる。
不動産業を営んでいると、それなりに若いお客さんも来店するのだが、そのたびに実篤は思うのだ。
(みんな、普段はどこに隠れちょるん?)
と。
そんななので誰かの後続車両になっているわけでもなし。チラチラとくるみの顔を気にしてしまえる実篤だ。
「実篤さんは絶対良いお父さんになられます!」
言った瞬間フワッとくるみの頬に朱が差したように見えたのは気のせいだろうか。
二人っきりの車内。
こんなことを言われたら、図々しくもくるみちゃんとの〝結婚〟を意識してしまうじゃないか、とドキドキソワソワの実篤だ。
「――と、年の離れた弟と妹がおったけん、そう見えただけじゃと思う、……よ?」
何だか恥ずかしくて。
ただ一言「有難う」と返すことも出来なかった結果、しどろもどろな上に可愛げのない物言いになってしまった。
「それでも、ですっ!」
そんな実篤に、フンッと鼻息も荒く力説してくれるくるみに、実篤は心の中、「くるみちゃんも良いお母さんになりそうなじゃったよ?」と照れまくりながらつぶやいた。
***
「こんだけ車が少なけりゃあはぐれることもないと思うけど一応……」
実篤はくるみの車の運転席に中途半端に腰掛けて、ドアを開けたままオーディオ一体型のカーナビに自分の家の住所を登録すると、行き先指定して車外のくるみを振り返った。
「――っ!」
てっきり運転席そばに立っているとばかり思っていたくるみが、身を乗り出すようにして車の中を覗いていて、その近さに驚いてあやうく悲鳴を上げそうになってしまった実篤だ。
(くっ、唇が当たるかと思うたっ!)
事故みたいに彼女とのファーストキスが終わってしまうのだけは避けたい!と本気で思ってしまってから、「乙女か!」と自分で自分の思考回路にツッコミを入れる。
そんな実篤をキョトンと見つめて来るくるみの視線に気付いた彼は、慌てて言葉を紡いだ。
「……もっ、もしも信号とかで俺の車とはぐれたりしたら、こっ、コレを頼りに走ってきてくれる?」
聞いたら、「はぐれんように気に掛けてくれんのん?」と拗ねたみたいに唇をとがらせてくるとか。
可愛すぎて「小悪魔め!」と思わずにはいられない。
「もっ、もちろん、そのつもりじゃけど……もしもに備えて、ね?」
今すぐにでもすぐそばのくるみをギュッと抱きしめたくなって、「こんな外ではまずいじゃろ、俺!」と理性を働かせた結果、挙動不審に視線を泳がせてしまった実篤だ。
「分かりました」
言ってから、「あーん、それでもやっぱり!」とくるみがつぶやく。
「こっから実篤さんの家までって三十分以上も掛かるんですね。別々に行くん、何か寂しゅうなりました」
実篤の家は由宇町にある。
市町村合併で岩国市に組み込まれた町なので、結構距離があるのだ。
目的地に実篤の家を指定した瞬間、ナビが「目的地まではおよそ二十キロメートルで、四十分くらいかかります」と告げたことが不満らしい。
「ほいじゃあ車、そのままにして俺のに乗る?」
明日はどうせ『クリノ不動産』自体休みなのだ。
このままくるみの車が停めてあったからと言って支障はない。
ないのだけれど――。
(それじゃと何か泊まって行きんちゃいって誘っちょるみたいじゃし、さすがにくるみちゃんも警戒するじゃろ)
そう思って、わざわざ米軍基地から出て、そのまま由宇町がある下り方面に車を走らせず、一旦上る形でくるみの車を取りに来たのだ。
「ええんですかっ?」
なのに、キラッキラの笑顔でそんな実篤の顔を見つめてくるとか……「くるみちゃん、マジか!」と実篤が思ったのも仕方ないだろう。
「いや、く、くるみちゃんこそ……ええん?」
ドキドキしながら問いかけたら、キョトンとされた。
この子には危機感というものはないんじゃろうか?と思ってしまった実篤だ。
(それとも自分がヘタレすぎて〝男として〟認識されてない、とか……?)
怖がらせるのは本意ではないが、男として意識されないのは不本意過ぎるじゃろ、と相反する事柄が実篤の頭の中で拮抗する。
「くっ、車置いたままにしとったらあれよ? か、……」
帰れんなるかもしれんよ?と続けたかったのに、その先が言いたくないのは何故だろう。
(くるみちゃんをお持ち帰りして家に泊まらして……俺、我慢出来るん?)
男だから好きな女の子を抱きたくないといえば嘘になる。
だけど、「欲望のままに手を伸ばすのはダメじゃろ。くるみちゃんは鏡花と同い年じゃぞ!」とブレーキをかける自分がいることも確かなのだ。
「か?」
そんな実篤の迷いを見透かしたみたいにくるみに先を促されて苦し紛れ。
「かっ……、カナリアのフンとか降ってくるかもしれんよ?」
自分でもわけが分からんことを言うてしもぉーたと後悔した実篤だ。
なのにそれを受けたくるみが、至極真剣な顔をして「ここら辺、カナリアがおるんですかっ? 寒ぅて死んだりせんのんですかっ? 早ぉ捕まえて保護してあげんと可哀想です」と眉根を寄せてきたからたまらない。
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