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(お父様に、会いたいな)
無性にルイスが恋しくなった。
きっと、あの手記を読んだせいで感傷的になっているのかもしれない。
(今からでも……)
リーゼロッテはチラリと時計に目をやる。
辺境伯邸へ転移して、顔を見てくるくらいは出来そうだと思った。
けれど、勘の良いルイスは、リーゼロッテに何かあったのだと直ぐに気づいてしまうだろう。
説明をする時間は、残念ながら無い。
何より会いたくても会えなかった、凛子と王太子のことを思うと、自分ばかり申し訳ない気がしてしまった。
(今日くらいは、嵌めてもいいわよね……)
首からネックレスを外し、指輪を嵌めた。指でそっと魔石をなぞると胸が熱くなる。
(よしっ!)
リーゼロッテ、自分に気合いをいれた。
◇◇◇◇◇
眠気を堪えつつ、普段通りに戻った一日を過ごした。
(今、ヨルムンガルドはどこに居るのかしら?)
リーゼロッテの頭の中は、手記のことでいっぱいになっている。
(どうやったら、あんな風に感情的になってしまうヨルムンガルドに、王太子が裏切り者ではなかったと理解してもらえるかしら――)
リーゼロッテが凛子ではなく、別の転生者の凛であることも。
ナデージュなら、辺境の地に戻ってから王太子のことを説明しているだろう。
だとしても、素直にヨルムンガルドが納得できたかは疑問だ。頭では理解できても、心がついていかない場合だってある。
(それと、ジェラール殿下にも……。この過去の出来事を知ってもらわなければいけないわ)
あの本は、鍵となる凛子を知らなければ、誰も読むことが出来ない。
日記なんて、他人に読まれたくない物だから当然だ。この世界には、漢字が存在していないのだから、絶対わざとに決まっている。
だが――。
魔玻璃によってループさせられ、王太子の生まれ変わりかもしれない次期国王のジェラールは、あれを読む権利があるだろう。
授業が終わると、急いで寄宿舎に戻った。
リーゼロッテの指輪を見て、パトリスとジョアンヌは何か言いたそうだったが、敢えてその視線に気づかない振りをした。
魔道具に【至急、ジェラール殿下に見ていただきたい本があります】と書いて送った。
リーゼロッテがジェラールを迎えに行き、そのまま一緒に書庫へ転移してしまえば簡単だ。行ったことのある場所なら、それが手っ取り早い。
いつもの如く、ジェラールからの返事はすぐに来たが……。王太子としての仕事が山積みのジェラールが、王宮から抜け出せる時間は限られている。
(また深夜になりそうだわ)
リーゼロッテはしっかり仮眠を取り、約束の時間になると、テオと共にジェラールの部屋へ転移した。
珍しく、少し遅れて静かにジェラールがやって来た。
周りに勘付かれないように、一度ベッドに入ってから抜け出したのだろう。セットされていない髪にラフな服装のジェラールは、年相応の青年だった。
無防備な姿を晒され、慌てて目を逸らす。
(どうして、この世界のイケメンて色気があるのかしら……。完全に負けてるわ、私)
そんな心の内を悟られないように、書庫で見つけた本について説明をした。王族であるジェラールも、存在すら知らなかったそうだ。
本の内容については、自分の目で確かめてもらった方が良いと考え、詳しくは伝えない。
書庫へ転移し、目的の本を棚からおろす。
鍵を解除し、浮き出てくる文字に、やはりジェラールも瞠目した。
「ジェラール殿下、こちらを読んでください」
「……凄いな、これは」
本を渡すと、黙ってジェラールが読み終わるのを見守る。
読み始めてすぐは、王太子に感心しているようだったが、思うところがあるのか段々と顔が険しくなっていく。
そして、最終ページを開くと――。
「まさか、そんな……」
ジェラールの口から小さな声が漏れる。
自分そっくりな王太子と、リーゼロッテによく似たナデージュを凝視する。
顔を上げたジェラールにグイッと手首を掴まれた。
(え!?)
ジェラールの瞳は、嵌めたままだったリーゼロッテの指輪に向いている。
「これが本当なら……。リーゼロッテは、転生や生まれ変わりを信じるか?」
目を細めたジェラールは、絞り出すように言った。
(ん? ……あああっ!!)
ジェラールに、自分も転生者だと言っていなかったことを思い出した。
「えっと。まあ、そうですね、私も転生者なので」
「なん……だと?」
ジェラールが鋭い目をリーゼロッテに向けた。
「隠していて申し訳ありません。どうやら私は、その凛子さんの曾孫みたいです。あっ……! 因みにそれは、昨日これを読んで思い出したことですから! 以前の名前は、桜坂凛でした」
慌てて謝り説明するリーゼロッテに、ジェラールは大きな溜め息を吐くと、掴んでいた手を離す。
「其方が転生者だと……ルイスは知っているのか?」
手で顔を覆って尋ねるジェラールに、リーゼロッテは首を傾げつつ答える。
「お父様は知っています。ただ、この本の存在や凛子さんのこと。私が曾孫の凛だとは、まだ話してはいません」
「そうか……私は、肖像画を見て懐かしさを感じた。その青年には、一度も会ったことすら無いのにだ! リーゼロッテが、そのナデージュの生まれ変わりだったのなら――ルイスから奪ってしまいたいと思った」
真剣な表情で見つめてくるジェラール。前世の感情に引きずられているのかもしれない。
自分の時とは状況が違うが、ジェラールの戸惑いも分かる。
だからこそ、しっかりと伝えようと、リーゼロッテは首を横に振った。
「それはちょっと、勘弁してください。私は、ナデージュの生まれ変わりではありませんし、彼女の心はまだ、あの魔玻璃の中に居ますから。それに、私はお父様を愛しています」
リーゼロッテは、自分の指に嵌っている指輪を見る。
「はあぁぁぁ、分かっている! その様な顔を見せられたら、流石の私も傷付くぞ。ルイスから奪うようなことはしないから安心しろっ」
ジェラールの言葉にリーゼロッテは笑顔を返した。
そんなやり取りを静観していたテオが、口を開く。
「もし、ジェラールが本当に王太子の生まれ変わりなら、魔玻璃に触れる事が出来るのではないか?」