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杏子を探さなくてはいけない――。
【過去】
4年前、俺は海外研修のためロサンゼルス支社へ異動した。
俺が勤めるフォースフォレストカンパニーは医療機器の輸入と開発をメインとしている会社だ。
国内外に支店を持ち、最近ではシンガポールやインドネシアといった東南アジアに積極的に進出している。フォースフォレストカンパニさーの親会社が森勢商事だふさ。すささすさ
それは杏子とのことだ。
高校大学と7年もの間交際したにもかかわらず、就職して少しした頃、俺たちはうまくいかなくなった。突然避けられるようになったのだ。
俺と杏子の休みが合わないことが原因なのだろうと思い、俺は解決策として杏子の家の近くにマンションを借りた。
お祖母さんのことがあるから同棲は出来ないが、平日に少しでも会う時間を増やしたかったのだ。
この事が功を奏し、しばらくは蜜月が続いた。
しかしまた杏子の態度が硬化する。
突然呼び出され、別れを宣言された。
その時の俺にはなぜ杏子がキレているのかわからなかった。
住宅メーカーの現場監督はまだまだ男社会だ。俺はそれでも応援していたし、杏子も頑張っていたと思う。
だが口に出して言わないだけで、実際は何かと辛い思いをしていていたのかもしれない、と後で考えたりもした。
そのせいで心に余裕がなかったのかもしれない。
別れに納得はしていなかったが、その頃の俺には事情があり、深追いはできなかった。
俺たちには7年付き合ってきた歴史がある。だから過信していたのだ。俺の事情が片付いてから杏子を迎えにいっても大丈夫だと――。
それから俺は北九州へ転勤になった。
まだ俺の事情は片付いていなかったが、少しの間離れることになっても大丈夫。元に戻れるはずだと信じていた。
この時杏子に転勤のことを知らせたが、ブロックされているようで、既読にはならなかった。
社会人三年目、俺の海外研修の話が持ち上がる。今後の俺の実績のために必ず行かなくてはいけない研修だ。
いつでもやり直せると思っていたのにすでに1年の月日が経っていた。アメリカに行ってしまえば最低3年は日本に戻ることができない。
もう今の彼女がどんな仕事をしていて、どんな髪型をしているのかすらもわからない。依然としてブロックされていたし。
さすがに焦っていた。このままではいけないと。
俺の事情もやっと一段落ついたし、アメリカに行く前に杏子と話し合わねばと思っていた矢先、高校の同窓会の知らせが届いた。
どうしても杏子に会いたい。
これがラストチャンスかもしれない!
そう思った俺は、アメリカ出発の前日にもかかわらず、同窓会に出席することにしたのだ。
同窓会の会場であるイングリッシュパブに着くと、杏子は仲の良かった女友達のグループの中にいた。
明日の午後にはもう出発なのだ。俺に躊躇している時間はない。思い切って杏子に声をかけることにした。
最初は驚いた顔をしていたが、友人の手前か、はたまた大人になったからなのか、むげな扱いをされることはなかった。俺はバーカウンターに誘い出すことに成功した。
「げ、元気にしていたか?」
「……うん」
「そ、そうか……」
7年も付き合っていたのに、たったの1年離れただけで会話が続かない。壁を感じた。
「そっか、北九州にいたんだ」
「ああ、ひたすら寮と工場の往復をする日々だった」
「寮……?」
「単身者は会社の寮に入れるんだよ。寮って言っても8畳のワンルームでバストイレ付き。基本的に一人暮らしと変わらないけど、食堂があるのだけは助かったな」
「食堂って寮母さんがいるような寮?」
「そ。醤油の味がなんか違ったけど、でも、俺自炊無理だから助かったんだ」
「へぇ……。寮か……」
寮に対して妙に感心している? いや、なんだろう?
単身者向けの社宅がある会社など、特に珍しくもない。それが寮母のいる寮であってもおかしくないよな?
何故か杏子がホッとしているように感じられた。
ひょっとしたら俺の健康を心配してくれていたのか? おばあさんに育てられた杏子は世話焼きなところがあるから、それなら納得だ。
寮の話をしたことがきっかけで、何故か分からないが突然俺たちの間にあった壁が取り払われ、一気に俺たちは会話のペースを掴んだんだ。
それから俺たちは会わなかった間のことを沢山話した。
俺は仕事のことを。杏子は主に年の離れた腹違いの弟の事を話していた。
俺は杏子が仕事のことについてはあまり話そうとしないことに気づいていた。
しかし1年前に別れた時、杏子の仕事の話をしたことがきっかけだったので、その話題に触れることは躊躇われた。
後になって、なぜあの時ちゃんと仕事や杏子自身の近況を聞き出しておかなかったのだろうと、悔やむことになったが、その時はその場をただ和やかに過ごしたくて何も言えなかったのだ。
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