テラーノベル
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その日は結局二次会には行かず二人でバーへ飲みに行き、さらに飲み足りないからと俺の部屋で飲むことになった。
だが、コンビニで買ったワインを飲むことはなかった。
ホテルの部屋に入り、杏子と目が合った瞬間、俺の理性は飛んでしまった。
杏子が欲しかった。
手で触れて、キスをして、抱きしめて、杏子の中に入りたかった。
元々俺たちは淡泊な付き合いだったと思う。
もちろん7年の付き合いの間に体の関係はあったし、借りていたマンションでは蜜月を過ごしていたわけだが、どちらかというとただ傍にいられるだけで満足していたのだ。
でもその日は違った。飢えていたのだ、杏子に。
「杏子……杏子……」
「んっ……ああ……鷹也……」
杏子に触れながら、俺は自分が飢餓状態だったことに気づいた。
この飢えは杏子でしか満たせないのに、1年もの間、どうして我慢できたのだろう。
明日、俺はアメリカへ発つ。海外研修を受け入れたことを後悔していた。
明日が来なければいいのに、そう思いながら夜明け近くまで杏子を貪った。
しかし何度目かに果てた後、束の間寝てしまった隙に杏子は姿を消してしまった。
「杏子……? クソッ……なんでだよ……」
アラームをセットしてくれるという優しさには感謝したが、それなら起こして欲しかった。
俺はちゃんと今後のことを話しておきたいと思っていたのだ。
ただ流れで杏子を抱いたわけではない。ちゃんとこれからのことも考えていた。
3年離れることになるが、杏子の元に必ず返ってくるからと。帰ってきたらもう絶対離れないから……そう言うつもりだった。
杏子のアラームで起きてみると、従兄の光希からいくつものメッセージが入っていた。伯父からお守りと御札を預かっているという。必ず取りに来いと。
俺はとりあえず杏子にメッセージを送り、関空へ行く前に光希に会いに行った。
しかし日本を離れる瞬間まで杏子からメッセージが帰ってくることはなかった。
その後、ロスに到着したとまたメッセージを送ってみたが、やはり既読にすらならなかった。
もしかして、まだブロックされたままなのか? あれだけ激しく抱き合ったのに?
何度もメッセージを送ったが、やはり既読にはならない。
俺は焦って時差を考えることもなくメッセージアプリから電話をかけてみた。
「杏子、頼む……出てくれ……!」
その祈りも空しく、電話は通じなかった。
そこから俺は同窓会の幹事に連絡を取り、杏子に連絡してもらえないかと頼んでみた。しかしそいつも同じく連絡がつかないという。
しばらくして、その幹事から話を聞いたという、杏子と仲の良かった女子から連絡があった。
少し前にメッセージがあったと言うのだ。杏子が会社を辞めて他県へ転職することになったと。
これには驚いた。杏子の就職先は大手住宅メーカーで、現場監督の仕事も杏子は誇りをもってやっていたはずだった。
何故辞めた? 実家か? 実家で何かあったのか?
しかしその後彼女もメッセージを送るも、既読になることはなかったという。
つまり、女友達まで音信不通になったというのだ。
アカウントを変えた? それしか考えられなかった。
そこで初めて、誰もがメッセージアプリを通じての連絡先しか知らないことに気づいた。
俺たちは携帯電話の番号を知らないのだ。もちろん、実家の固定電話も知らない。
元々、やりとりのほとんどはメッセージを打ち込むことで通じ合っていたから。
俺はそれでも諦めきれず、和久井工務店のホームページを探がした。
だが昔ながらの工務店だからだろうか。ホームページ自体存在しなかった。
完全にお手上げになってしまった。遠く離れたロサンゼルスで、俺は途方に暮れた。
杏子の消息を知る者がどこにもいないのだ。
日本への帰国を考えなかったわけではない。
それから一年後、夏のバカンスシーズンに一度帰国しようと考えていた。
しかし、思いがけない理由で帰国ができなくなる。
俺がずっと引きずっていた事情で日本から両親がやってきたのだ。
結局、問題が解決するまで日本へ帰国することはできなかった。
3年目からは開発チームに参加したため、帰国は困難になった。
弾丸で帰国したところで、他県に転職したという杏子を探す手がかりが見つかるかどうか……。
そうして、4年が経ってしまった。
見つけ出したとして、この4年で杏子を取り巻く環境はきっと変わっているはずだ。
今どこで何をしているのか。
たとえ結婚していたとしても、杏子の安否だけは知りたい。そう思っていた。
歓迎会が終わったら、本格的に始動だ――。
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