バシャ、バシャという音と顔にかかるお湯の熱さで目を覚ました。
あれ? 俺、もしかして寝てたのか? というか、なんか妙に気持ちいいな。
俺がゆっくり目を開けると、そこには闇夜と温泉があった。
「あれ? なんで俺、温泉に入ってるんだ? というか、ここはどこだ?」
「ナオト……目が覚めたんだな。よかった」
真後ろで声がしたため振り返ると、そこには桶《おけ》を持った名取がいた。
名取《なとり》 一樹《いつき》。名取式剣術の使い手でナオトと同じ高校の同級生。
両目は前髪で隠れていて見えない。
人見知りだが、武器のことになるとよく話す。今はナオトたちと行動を共にしている。
名取は桶を足元に置いた後《あと》、湯船に浸《つ》かると話し始めた。
「お前が急に倒れたから心配した……。けど、寝息を立てていたから疲れて眠ったことが分かった」
「いや、だとしても眠《ねむ》ってるやつを温泉に入れるか? 普通」
「この温泉には特殊な効果がある……。それは、あらゆる病《やまい》・ケガ・呪いの類《たぐい》をなかったことにすることだ。ちなみに短時間だと効果は薄《うす》い」
「そうか……。それで? ここは、いったいどこなんだ?」
「『深緑に染まりし火山』にある温泉……と言っていた」
「誰がだ?」
「……ベルモスだ。ついでに言うと、お前をここまで運んだのはあいつの僕《しもべ》の巨大灰色熊《グリズリー》だ」
「そ、そうか、あの熊がここまで俺を……って、そうだ! ミノリたちはどこにいるんだ! ここにはいないみたいだし。よし、名取! 探しに行こう! 今すぐに!」
俺が温泉から出ようとすると、名取《なとり》は俺の手首を掴《つか》んだ。
「あいつらも入浴中だ……。たまには、ガールズトークをさせてやろう。ちなみに、あいつらの入っている温泉の温度は水が沸騰《ふっとう》する温度らしい」
俺は湯船に浸《つ》かりながら。
「そ、そうだな。た、たまには、そういうのもいいかもな……って、あいつらの体やばいな」
「すっかり、あいつらの父親だな……ナオト」
「……いや、俺はあいつらの親にはなれないよ。あいつらが俺をどう思っているかは知らないけど、少なくとも俺はあいつらとただ一緒に旅をしているだけの存在だ。なんか、あたしはあんたの未来のお嫁さんよーとか言ってるやつもいるけど、やっぱり俺は……」
「だそうだが、みんなはナオトのことを……どう思ってるんだ?」
「えっ? お前もしかして……」
「……すまない、ナオト。でも、こうしないと俺のエクスカリバーが切断されかねんからな。その……そこの岩陰《いわかげ》に全員集合している」
「い、いつからだ?」
「お前を温泉に入れた直後……からだ」
「えっ? じゃあ、この岩の向こうに見える温泉にはあいつらが入ってるってことか?」
「……正解だ」
「……よ、よーし、じゃあ俺そろそろ出るわ」
その時、俺の背後に何者かが忍び寄り、俺の後頭部に手刀をくらわせた。
俺は両手を挙《あ》げて、自分が降参したことを相手に伝えた。
「えーっと、たしかモンスターチルドレンは風呂に入れないんじゃなかったっけ? それに、誰かさんが『あたしたちは汗をかかないし、落とす汚れもつかないのよ!』って言ってた気がするんだが?」
「ここの温泉は特別だ。聖なる力と魔の力が合わさってるからな」
「じゃあ、そろそろその手を退《ど》けてもらっていいですか? 怖いんで」
「今のあたしには、あたしが望むことをマスターがしてくれるという権利がある。あとは分かるよな? マスター?」
「……カ、カオリ。俺は神社での戦闘と、さっきの戦闘の疲労がまだ……」
「はぁ? じゃあ、マスターの秘密をあいつらに話してもいいよな?」
「俺の秘密? な、なんのことだ? さっぱり分からないぞ?」
「マスターの高校時代にあった全ての出来事をあたしが知っている……と言ってもか?」
「……おい、名取。お前、まさか……」
「ゆ、許して、ヒヤシンス」
「名取、てめえええええええええ!!」
カオリ(ゾンビ)は俺に名取と話す機会すらも与えない。
「おい、それでどうなんだ? あたしがマスターの過去をあいつらに暴露してもいいのか?」
相手のア○ティメットトリガーがヒットした時よりもショックだな。これは……。
今回は完全に完敗だな……。というか、カオリ(ゾンビ)のずるがしこさには敵《かな》わないな。
「……わ、分かったよ! お前の言うことを聞けばいいんだろう!」
「さすがは、あたしのマスターだな。賢明な判断だ」
「くそ! 覚えてろよ! カオリ!」
「はいはい、ちゃんと覚えておくよ。それじゃあ早速、あたしの願いを聞いてもらうぞ」
「そ、そうだな。できるだけ早く終わらせたいしな」
「うーん、じゃあ、やっぱり、これにするかな」
「決まったのか?」
「ああ、決まったぜ。少し耳を貸せ」
「右耳で、お願いします」
「……そうか。じゃあ、左耳にしよう」
「やめてください。カオリ様」
「しょうがねえなー。今回だけだぞ?」
「ありがたき、お言葉!」
「おう。それじゃあ、言うぞ」
カオリ(ゾンビ)は俺の右耳に小声で俺にしてほしいことを言った。
それはあまり気乗りしないような内容だったが、断れば俺と名取のエクスカリバーが切断される恐れがあったため断念した。
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