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先ほど織田おりた課長からは、「自己紹介さえしてもらえたら、後は自分が何とかするから」というお触れが出ている。

それは、すなわち私は多くを語らなくてもいいということで。


まぁ、そりゃあそうだよね。


何せ虚偽ニセの恋人だもの。

喋れば喋るほど不用意なことを口走りそうだし、絶対にボロを出しちゃう自信がある。


だとしたら、織田おりた課長が何かおっしゃるたび、笑顔でうんうんとうなずくだけに留めておいた方が、立派にお役目を果たせるというものだ。



「この子ったら恋人はいるって言うくせに全然会わせてくれないんですもの。私、てっきりお見合いを断るために嘘をついてるんだとばかり思って、先方様からお預かりした釣書つりがきをいくつか持参して突撃しちゃったの」


目の前の女性――やはり織田おりた課長のお母様で、お名前は葉月はづきさんだと先程紹介を受けた――がコーヒーを優雅に一口飲まれてカップをソーサーに戻す。その所作はとても上品で落ち着いておられて。


お年こそ少しお召しだけれど、さすが織田おりた課長の産みの親。


色白の肌に、濡れたように潤んだ大きな瞳、それを縁取る長めのまつ毛。

ぷるんと艶めく唇も、上唇の中央部分がぷっくりと膨らんでいて、すごく愛らしい形。

目の形状こそ切れ長な織田課長の目元とは違うけれど、まつ毛のビシバシと長いところや、唇の形あたりは課長にも遺伝しているみたい。


手入れの行き届いたお肌といい、立居たちい振る舞いの優雅さといい、元々割と良いところのお嬢様でいらしたんじゃないかしら?と思ってしまった。


本当一介のサラリーマンのガサツな娘である私とは大違い。


私、どんなに背伸びしてもあんな滑らかで優美な動きは出来そうにないもの。


きっと葉月さんは何かに驚いて悲鳴をあげても、可愛らしく「きゃっ」とか言っちゃえる女性ひとだ。「きゅあっ」とか「ひゃわっ」などと変な呪文を唱える私とは大違い。


織田おりた課長もせめてもう少しお母様に近いタイプの女性ひとを選べば良かったのに、何でよりによって私なんでしょう!?


正直な話、織田おりた課長ほどの〝見た目〟と〝美声〟なら、腹黒ささえしっかりコーティング出来れば、すぐにでも絶世の美女が捕まりそうな気がする。



「失礼だな、母さん。いくら何でもそんなすぐバレるような嘘、僕はつきませんよ」


いけしゃあしゃあとよくおっしゃいますね?

私が捕まらなかったらどうなさるおつもりだったのでしょう?


そう思ったけれど、そんなのにも出さず、オホホホホと課長の横で微笑んでおいた。


まぁ、心配しなくても織田おりた課長のことだから、その時はその時で上手く切り抜けていらしたと思う。


だからこそ余計に思うの。


私、要らなくない?


というか、よくない?



***



「――それで宗親むねちかさん。貴方、お父様の後を継ぐ最低条件、お忘れになったわけじゃありませんよね?」



ん――?

後を継ぐ?

身を固める?


何だかお話が妙な方向へ流れていませんか?



そんなことを思ったものの、〝仮初かりそめの恋人役〟の私なんかに口を挟める問題じゃないとも思って。


織田おりた課長、今はそんなに乗り気ではないみたいだけど、お見合いのお話だってあるみたいだし……いずれ釣り合いの取れたお似合いのお嬢さんと結婚なさって会社を去られるのかしら。



思い巡らせたあれこれは、極力表に出さないようにしたつもりだったけれど、が出来なくなるのはちょっぴり悲しいなと思ったら、自然眉根が寄ってしまった。



「母さん、その話、彼女にはまだ――」



私の様子に気付いたらしい織田おりた課長が、「、悪いんだけど追加の飲み物を買ってきてもらえる?」とお財布を手渡してくる。



これ、明らかに私を遠ざけようとしてるよね?


すぐに分かりはしたけれど、さすがにお財布丸っとの受け取りは無理ですって思って、慌てて固辞すると「おっ、お預かりしたギフトカードがありますので」と席を立つ。


返す前にまた残高を減らしてしまうけど、不可抗力ということで許してくださいっ。



「支払ってくれた分は後でちゃんとから。僕たちはブレンド、春凪はなは好きなのを買っておいで。――キミのがないの、気付かなくて悪かったね」


「いえ」


織田おりた課長はご存知と思いますけれど、私、あちらでしっかり飲食してきましたのでっ。


葉月さんの前では言えないあれこれを「いえ」という一言に乗せつつ、3つ持ってくるとなると少し大きめのトレイが必要かな、とかそんなことを思う。


残高にしてもギフトカードだと暗にほのめかせた私に、きっちりギフトカードだと分からせるような文言を挟んでくるあたり、やっぱりこの人は侮れない。



言いたいことは山ほどあったけれど、とりあえずうながされるままに「分かりました」って席を立ったら、空になったコーヒーカップに目がいった。



「ついでなのでお下げしますね」


言って織田おりた課長と葉月さんの前に置かれたカップに手を伸ばす。


「まぁ、有難う!」


春凪はなさんはとっても気がきくのね、と感心したように付け加えられて、大したことじゃないので逆に恐縮してしまう。


私、庶民の出なので、こういうのには慣れてるんです。それに、会社で織田おりた課長に接客のノウハウ含めてビシバシ鍛えられていますので。


そう思ったけれど、さすがにそれを暴露するのははばかられて。


代わりにニコッと微笑んで小さく会釈だけすると、カップ下に敷かれていたトレイごとそれらを持ち上げる。



そういえば織田おりた課長、私の呼び名、「春凪はな」ですらなくなっていたの、テンパってらしたのかな?


気になって去り際、チラリと織田おりた課長を見つめたら、「気を付けてね、」って極上の笑顔を向けられた。



ぐっ。何だかわざとに思えてきました。


やっぱりどこまでも食えない人。


それに、その笑顔は心臓に悪いので、本当ホントやめてくださいっ。



***



レギュラーコーヒーのホットを2つと、飽きもせず大好きなカフェラテ――今度はアイスにした――1つをトレイに載せて席に戻ると、織田おりた課長が物凄く渋い顔をなさっていて。


織田課長、常に何があっても涼しげな笑みを浮かべているイメージが強いだけに、その苦虫を噛み潰したような表情に思わず見入ってしまった。



「ほら。宗親むねちかさんが大人気ない表情おかおをなさるから。春凪はなさんが戸惑っていらっしゃるじゃない」


ふふっと柔らかな笑顔を向けられて、やっぱり親子だなって思ってしまう。

その表情の作り方、本当に織田課長息子さんとそっくりです。



「とりあえずお掛けになって?」


固まってしまった私を促すように葉月さんがそう声を掛けていらして、私は慌てて各々の前に飲み物を置くと、いそいそと着席した。


何これ、何これ。

何でこんな空気重いの?


とは言っても重苦しいのは織田おりた課長だけ。

葉月さんの方は鼻歌まで出てしまうんじゃないかと言う風に上機嫌で。


「あ、あの――」


私なんかが口を挟むのは烏滸おこがましいと分かってはいても、さすがにこれは看過出来ないです。


私がほんの束の間席を空けている間に何があったのか、物凄く知りたいんですが……。


好奇心を極力表に出さないようにキュッと唇に力を入れて、恐る恐るどちらへともなく呼びかけてから、まずは一応〝恋人設定〟の課長を立てて彼を見やる。


でも、ふいっと視線を逸らされて、私は眉根を寄せて葉月さんを見た。


「ごめんなさいね、春凪はなさん。この子、照れてるのよ」


え?

どんなに注視してみても、照れていらっしゃる……ようには見えないのですが?


「母さん、嘘を吐くのはやめていただけますか? 僕は怒ってるんです」


怒っておられるというより……何だろう……。

織田おりた課長、〝拗ねていらっしゃる〟ように見えるんですけど。


私の気のせいでしょうか?


「どうして怒るの? ――最初から貴方を連れ戻す時のお約束だったでしょう? お忘れになられて?」


「もちろん忘れてなどいません。ただ、僕の今の会社での実績を見て頂けたら、そんな約束など無意味では?と申し上げているのです。……それに――」


そこで何故か私にちらりと視線を投げかけると、一瞬だけ物凄く申し訳なさそうなお顔をなさった気がして。


え? なになに? 何でそこでそんな?


思ったけれど本当に刹那せつなのことだったし、気のせいだったのかも?



何だかよく分からないですが、これはお家問題という名の母子おやこ喧嘩ですかね?

だとしたら私、ここにいるのは控えたほうがよろしいのではないでしょうか。


所在なさに、水滴だらけのカフェラテのグラスを手元に引き寄せて、チューッと中身を吸い上げながらお2人を交互に見遣る。



と、3口くらい中身を吸い上げたところで、突然ブーッ、ブーッと鞄の中、私のスマートフォンがこの場に似つかわしくない不躾ぶしつけな音を立てて着信を知らせてきて。


そっと画面を確認すると、不動産屋さんからだった。



「あ、あのっ、すみません。電話がかかってきたので――」


スマートフォンを手に恐る恐る席を立とうとして、


「ここで出ればいい」


何故か織田おりた課長に手を掴まれて、その場に留められてしまう。


いやいやいやっ。何でそうなるのですか、織田おりた課長ぉ〜。



「こっ、こんなところで通話するのは非常識ですっ」


お店の中で周りの目もはばからず、「もしもし?」みたいな真似はしたくない。


そんなこと、織田おりた課長にだって分かっていらっしゃるはずなのに、一体どうしちゃったんですか?



思いながら織田おりた課長を睨み付けたら、ニヤリとされた。



「その通りだよ。いい答えだね、さすが春凪はなだ。――行っておいで」



え!?

どういうこと!?

もしかして私、試された!?


ブーッ、ブーッと小刻みに振動する携帯を握りしめたまま。

呆然と織田課長を見詰めていたら、不意に手の中のスマホが静かになった。


あ、切れちゃった。


「折り返しておいで?」


言われなくてもそのつもりです!


キッと織田課長を睨んだらクスッと笑われて。



立ち去る私の背後で、織田課長の声が聞こえてくる。



「なかなか見どころのある女の子でしょう? 実は彼女、僕の部下なんですけどね、ご覧のように上司である僕にだって、言うべきことはしっかり意見する。――僕はね、母さん。彼女のそう言うところに惚れ込んでいるんです」



そっ、そんなの初耳です、課長様ぁー!


思ったけれど、今ここで背後を振り返って問い詰めるのは不自然だ。



「だからね、ハッキリ申し上げておきます。貴女がどう思っていようと、僕は春凪はなとは絶対に……――」


何やら気になる文言のその先が物凄ぉーく聞きたかったけれど、距離があきすぎて聞こえなくなって。



私とは絶対に何なのですか、織田おりた課長ぉー!



あれこれの言葉をグッと飲み込んで、私は店外へ続く扉を開けた。

好みの彼に弱みを握られていますっ!

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