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「お兄ちゃん、早く! 早くその『おいしい匂い』を形にして!」
フランが翼をパタパタとさせながら催促する。さっきまでの殺気はどこへやら、今の彼女はまるでおやつを待つ子供だ。だが、その背負った翼が壁を削るたびに、俺はここが死地であることを思い知らされる。
「分かった、待ってろ。フランちゃん……君は『壊す』のが好きだろ?」
「うん! 大好き! 形あるものは全部、私の手の中でバラバラになっちゃうんだもん」
俺は不敵に笑ってみせた。 「だったら、この料理も君の力で『壊して』完成させてくれ」
俺はカセットコンロに火をかけ、小さな鍋で『究極の白だし』を温め直した。そこへ、里の乾物屋で手に入れた乾燥椎茸の戻し汁を加え、香りを何層にも厚くする。
さらに、器に盛ったのは冷や飯。その上に、あえて**「固まりのまま」**の明太子と、大ぶりに切った鮭の塩焼き、そしてパリパリの大きな海苔を一枚、壁のように立てて乗せた。
「……? なにこれ。まだバラバラじゃないよ? 壊していいの?」
「いや、まだだ。仕上げに、この熱々の『黄金の汁』をかける。いいかい、合図をしたら、君のその手で、この具材を全部……粉々に、めちゃくちゃに混ぜるんだ!」
俺は沸騰直前の白だしを、器へ一気に注ぎ込んだ。
シュワーッ!!
立ち上がる凄まじい湯気と、魚介の芳醇な香り。白だしの熱で海苔がしなり、明太子がうっすらと白く花開く。
「さあ、今だ! 壊せ、フラン!」
「わあぁぁ……! いくよっ、えいっ!!」
フランは小さな手にスプーンを握りしめ、器の中の鮭を砕き、明太子を散らし、海苔をちぎり、ご飯と出汁をこれでもかと「破壊」し、混ぜ合わせた。 本来なら「行儀が悪い」とされるその行為が、この地下室では神聖な儀式のように見える。
鮭のピンク、明太子の赤、海苔の黒。それらが白だしの中で混ざり合い、完璧な「だし茶漬け」へと姿を変えていく。
「……できた。お兄ちゃん、これ、もう食べていい?」
「ああ。君が壊して、君が作った、世界に一つだけの料理だ」
フランは待ちきれない様子で、出汁がたっぷり染みた飯を口に運んだ。
「…………っ!!」
一口食べた瞬間、彼女の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「……おいしい……っ! 壊せば壊すほど、味が混ざって、どんどん新しくなって……美味しいよ、お兄ちゃん!!」
フランは夢中で器を抱え込み、ガツガツと食べ始めた。 四百九十五年の孤独を埋めるように、温かい出汁が彼女の体と心を内側から満たしていく。