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兄さんは、優しい人です。俺に気遣ってくれて、でも、悲しい人でもありました。何故か兄さんは、誰からも愛されない、好かれない人でした。そして本当にいじめられていたのは、兄さんの方でした。俺は周りの人に恵まれて、いつも幸せでいっぱいでした。兄さんもそうだと思っていました。だってあの人は、隠すのが上手だから。でも実際は違いました。ある時たまたま、俺は兄さんがいじめられているところを見かけました。助けないと、という思考より先に、知らないふりをしよう、と体が勝手に動いていました。家でもそうでした。兄さんは虐待をされていました。俺が愛される分、兄さんが愛されない。母は嘲笑いながら可哀想に、と言っていました。俺はそれも見て見ぬふりをしていました。でもある日、たまたま兄と目が合ってしまいました。きっとその時の俺の顔は酷く歪んでいたのでしょうね。兄は、優しく微笑むと声には出さずに、「部屋で待っていて。」と口をパクパクさせました。それの何がいけなかったのか、母は再度キレて兄を殴りました。蹴りました。罵詈雑言を浴びせました。しまいには熱々に熱した何かを、兄の肌に当てました。その時初めて、母の手で兄の悲鳴を聞きました。「あ”、あ”」と、言葉にならない悲痛な叫びをあげる兄を見たのは、あれが二回目でした。
「一度目は、自分もよく覚えています。」
そういって、俺は自分の右目についていた紫のカラコンをとって見せた。俺の右目はピンク色の瞳をしていた。
「多分、兄さんのあの翡翠色の瞳もカラコンなんでしょうね。では、先ほどの話に戻りますね。」
間も置かずにそう言い放ち、俺は深く息を吐く。この話は、俺にとっても少し辛い話だから。でも、多分いつかはこうして覚悟を決めないといけないと思うから。そして俺は思いだす。その日の事を。
「兄ちゃん!今日は何して遊ぶの?」
純粋無垢に笑う自分は、兄さんの側まで駆け寄って兄さんにハグをした。
兄さんは笑顔で
「今日は病院に行くんだよ。病院が終わったら一緒に遊ぼう。」
そうやって優しくはにかんで見せた。
「何、大丈夫さ。ショッピの側には俺がいるんだから。」
そして俺の頭を撫でる兄さん。いつのまにか震えていた体も、知らぬ間に震えが止まっていた。
いつだって、俺のことだって、誰よりも早く、俺よりも早く兄さんが気付いて慰めてくれていました。母は、俺には優しいけど、兄さんに厳しくて少し狂っている人でした。その日は眼の移植手術でした。別に俺は眼が悪いわけでもないのに、何をする気なのだろうか。そんな不安も、兄さんが手を握っていてくれたおかげですべてどこかへ吹っ飛んでいきました。手術の時、俺と兄さんはずっと隣にいました。どうやら兄さんと俺の目を片方ずつ交換するようでした。
「どうして?」
と聞くと
「俺とショッピの目をお揃いにするためだよ。」
と兄さんは優しく答えてくれました。
勿論のこと、本当はそんな事なくて、どうやら医者が特殊な力を持っているのが原因だったようです。元々俺と兄さんでは持っている才能も価値も何もかもが違いました。兄さんの方が何でもできる。それが気にくわなかった母は、俺にその力を移す、その代わり是非ご贔屓に、という医者の申し出に快く承諾しました。結局そいつはやぶ医者で何も変わらなかったのですが。目を交換する際、兄さんに麻酔はうたれませんでした。俺達がもともと住んでいた国では麻酔は物凄く貴重な物だったので、母は兄さんにはいらないと医者に言い張ったそうです。俺だけ麻酔が打たれて、眠りに落ちました。ふと眠気が覚めて起きたのは、まだ手術中の事でした。何をされているのかはわからなかったけれど、痛みを感じなかったので何も考えずにいました。いや、何をされているか分からなかったから、ぼーっとしていられたのでしょうね。ふと手に温かみを感じました。いや、感じた気がしました。兄さんが俺が起きたことに気が付いて、握ってくれたのです。
そして兄さんは口パクで
「いったん寝よう。」
と俺に言いました。
こくこくと頷いて、目を閉じるふりをしました。本当は少し何をしているのか気になってしまったのです。目の前の光景は悲惨でした。麻酔を打たれていない兄さんは、眼をえぐられる際、直接そのままの痛みを感じるのです。声にも出ないほどかすれ切った声でしたが、俺には聞こえました。兄さんの悲鳴が。「い”た”い”。」それを初めに、途切れることなく悲鳴を上げ続けていました。手術が終わったあと、兄さんは少しやつれていた気がします。
でも相変わらずの笑顔で
「お揃いやな。」
と微笑みかけてくれました。
それから六年の月日が経ち、俺は中学生になりました。兄は高校二年生に進級しました。そのとき、俺は年齢が上がるごとに高くなっていく母の期待に、打ち砕かれそうになっていました。そして俺は、ちょうど横にあったそれに手を伸ばしました。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
俺の悲痛な叫びが家の中を木霊して、兄さんが走って俺のところまで来てくれていました。でも俺は何も言えることはなく、ただただ痛いと思う事しかできませんでした。
「ショッピ!何して!」
近くにあったソレ、、、温められた鉄の棒を見つけたのでしょう。兄さんは即座に理解して、俺の胸ぐらをつかみました。そして怒鳴り散らしました。
「このバカが!」
それだけ言うと兄さんの手が俺から離され、俺は床にどさっと落ちました。痛いですよ兄さん。でもなんで、貴方が泣いているのですか?言葉にもしてない質問は返されず、兄さんは鉄の棒を拾い、そしてゴミ箱に捨てました。
しばらくすると、兄さんが床にへたり込んでいる俺と目線を合わせ、いいました。
「鉄の棒、触ったほうの手どっちや?」
俺は静かに差し出すと、兄さんが何やらぶつぶつと唱えていて、瞬間に目の前が光に包まれました。暫くすると、痣が出来ていた場所は綺麗になって、痛みもなくなっていました。これはなんなのか、そんなことを聞く権利はありませんでした。
「どうせ母さんのせいやろ?ならもう、片付けて来たるわ。」
そう言って兄さんはどこかへ行ってしまいました。俺はただ涙をこぼして、止める気力もありませんでした。母さんなどもうどうでもいい。ただ、ただ兄さんが今まで母さんに植え付けられてきたトラウマが働かないかが心配でした。小一時間ほどすると兄さんが血まみれになって帰ってきました。きっとこんなこと思ってはいけないけれど、俺は心底ほっとしました。それから兄さんは高校を中退して、働き始めました。母が居ない平和な日常に、幸せに暮らせていた。はずだったんです。でもある日、兄さんは通帳に多額の貯金を残してどこかへ消えて行ってしまったんです。
それが何故なのか、俺には分かりませんでした。