「…○○?」
心臓が脈打つ音が妙に大きく聞こえる。水の中にいるように景色が滲んで見える。
『…ぁ…ぃざ…』
言葉が声にならず、自分でもうまく聞き取れない。
心の中を掻きむしられるような激しい焦燥を感じる。心が落ち着いた状態を覚えていない。
目の前にいるイザナさんは何故か笑っていた。
「……みつけた」
涙が詰まったようなイザナさんの声が耳元でそう言う。ぎゅっと今までよりもずっと強い力で抱きしめられる。
『…へ』
恐怖やら困惑やらが頭の中に広がっていく。瞬きをするたび涙が頬を伝い床へこぼれ落ちていった。
「…○○、○○…」
虚ろな声で私の名前を繰り返し呼ぶイザナさんの背に震える自身の手を重ねる。ドクドクと心臓が激しく上下に跳ねている。私だけじゃなくてイザナさんの心臓も。
こんなに心配してくれたんだ。という場違いの嬉しさが胸に広がる。数分まで本当に殺されるかと思って怖かったのに。
『…ごめん、なさい』
消え入りそうな声で私は口癖のように謝罪の言葉を零した。
─時間経過
あの後、泣き腫らした顔で事情を全て説明した。
「もうオレに黙ってこの部屋から出るな、絶対に。」
ほんの少しの怒りと苛立ちを含んだイザナさんの声にそう言い聞かせられる。
目じりに乾いた涙が砂のようにこびり付きどうにも気持ちが悪い。泣き声を我慢しすぎて喉が痛い。
「もし出たらオマエの四肢もぎ取ってダルマにするから」
『ひょぇ…』
物騒なことを言いながら指先が肉に食い込んで痛いぐらい強く両腕を握られる。
この人、本気だ。
本能がそう叫んでいる。
「オレは○○がどんな姿になっても愛す自信しかねェけど、○○は痛いのいやだろ?」
『…はい』
四肢切られるくらいならもういっそのこと殺してくれた方がマシなんだけど、なんて思いに蓋をして素直に頷く。命大事。
「…離れンな」
鼻声に似た何かを堪えるような声だった。力がなく、どちらかというと声よりも息に近いようなそんな声。
イザナさんの手からやっと腕が解放され、今度は背中に回された。この人はどれだけ抱き締めれば気が済むのだろう。
『…重いです、イザナさん』
「根性でどうにかしろ」
『無茶言わないで』
他愛のない話。それなのに誘拐犯と被害者という関係性だけですっと塗り替えられていく。
──「離れンな」
イザナさんが零したあの言葉が脳内で再生される。
監禁されているのは本当。
イザナさんが怖かったのも本当。
外の世界に戻りたい気持ちがあるのも本当。
『…イザナさん』
「あ?」
だけどこの毎日を守りたいと思ってしまうのも本当
『…何でもないです』
「変な奴」
本当すべて中途半端で曖昧な自分に呆れを感じる。