「ねぇ、ひぃくん。私って……、エッチなの?」
私の隣でニコニコとしながら歩くひぃくんに、勇気を振り絞って訊ねてみる。
実は、先程言われた言葉がずっと気になって仕方がなかった。
(私ってエッチなの……? だとしたら……、恥ずかしくてもう生きていけない)
そんな事さえ思っていたのだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ニコッと笑ったひぃくんは私に向けて小首を捻った。
「えー? 誰に言われたの? そんな事」
────!?
(……お前だよっ! 思い悩んだ数分間を返してくれ!)
ニコニコと微笑むひぃくんを見て、ガックリと肩を落とす。
(何なのよ……、ひぃくんのバカっ)
「……何でもない」
アホらしくなった私は、そう答えると前を向いた。
(ひぃくんと一緒にいると本当に疲れる……。何でこんなに振り回されなきゃいけないのよ)
小さく溜息を吐く私の横で、呑気にニコニコとしているひぃくん。
(本当、呑気な人だよね)
「──あれ? 花音ちゃん?」
────!?
突然呼ばれた声に視線を向けてみると、そこには斗真くんがいた。
「……斗真くん」
私の声にニコリと微笑んだ斗真くんは、そのまま私達の方へと近付いてくる。
どうやら何人かで一緒に来ているらしく、その中にはスパへ一緒に行った男の子の姿もある。
「花音ちゃんも来てたんだね」
私のすぐ目の前で足を止めた斗真くんは、そう言うとニッコリと微笑んだ。
「……誰? 学校の人?」
そう言ってジロリと斗真くんを見るお兄ちゃん。
(一度会った事あるのに……)
どうやら覚えていないらしい。
「あ、こんにちは。同じ学校の山崎斗真です」
お兄ちゃんの失礼な態度を気にすることもなく、笑顔で挨拶をする斗真くん。
(……出来た人だ)
お兄ちゃんと話している斗真くんの姿を眺めながら、私は一人感心する。
その後、一緒に行動する事になった私達。どうやらお兄ちゃんも一緒なので、男の子がいてもいいみたいだ。
何だか突然多人数になり、一気にお祭り気分が増した気がする。
(今日は本当に来て良かった……)
今しがたひぃくんに取ってもらったばかりのピンク色の水風船を見つめて、そんなことを思った私は小さく微笑んだ。
パシパシと掌でヨーヨー遊びを始めた私は、ふと思い立つと水風船を自分の頬に当ててみる。中に入った水が、冷んやりとしてとても気持ちがいい。
「ひぃくん。これ、凄く気持ちいいよ」
そう言いながら、隣を歩くひぃくんに向かって水風船を差し出す。
私の掌から水風船を受け取ったひぃくんは、それを自分の掌の上でコロコロと転がす。
「んー……。違うなー」
(……何が?)
チラリと私を見たひぃくんは、私の腕の中にいるひよこをヒョイッと取り上げた。
「……あっ! これだー。気持ちいいねー」
そう言って、ひよこをモミモミと手で揉み始めたひぃくん。
ビーズクッションで出来たひよこは、確かに触り心地がいい。
(でも、水風船は冷たくて気持ちいいのにな……)
私は返されてしまった水風船を見つめると、輪ゴムに指を通して再びヨーヨー遊びを始める。取られてしまったひよこをチラリと見ると、ひぃくんに揉まれてグニャグニャと形を変えている。
嬉しそうにひよこを揉むひぃくん。そんなひぃくんに向けて、私は溜息混じりに声を掛けた。
「そんなに気持ちいい?」
(私のひよこ。お気に入りなんだけどな……)
この分だと暫くは返ってこなそうだ。
「うんっ! 花音のおっぱいみたい!」
────!?
嬉しそうな顔でそう言い放ったひぃくん。
私は驚きに身を固めると、グニャグニャと形を変えるひよこを呆然と見つめた。
(今……、何て……?)
私の指にぶら下がった水風船が、力なくユラユラと揺れる。
そんな静寂も一瞬に、ハッと意識の戻った私は勢いよくひぃくんからひよこを取り上げた。
「やめてよ、 ひぃくん!」
「あー……、花音のおっぱい」
「っ、だからやめてよ! その言い方っ!」
そんなことを言いながら二人で揉めていると、私達の少し前を歩いていたお兄ちゃんがこちらを振り返った。
「何やってるんだよ。置いてくぞ」
どうやら会話までは聞こえていなかった様で、私はホッとすると小さく息を吐く。
「おっぱいが……」
私の腕に抱きしめられているひよこを見て、おっぱいおっぱいと煩いひぃくん。
(お兄ちゃんに聞こえたらどうするのよっ!)
煩いひぃくんを横目に、私は小さく溜息を吐くと口を開いた。
「後でクッション触らせてあげるから……お願いだから今は黙ってて」
「本当!?」
「うん」
別にクッションだからいい。
そんな風に思っていた私は、後で後悔する事になるとは微塵も思っていなかった。
◆◆◆
さっきから、やたらとご機嫌なひぃくん。花火会場に着いた私達は、人混みの中で花火が開始するのを待っていた。
そんな中、ニコニコと幸せそうに笑っているひぃくん。私なんて息をするのでやっとだ。
「なんか響さん、さっきから凄いご機嫌だね。何かいい事でもあったの?」
幸せそうにニコニコとしているひぃくんを見て、彩奈は不思議そうな顔をする。
(確かに……。何でそんなに笑ってられるの?)
ニッコリと笑ったひぃくんは、彩奈を見ると嬉しそうに口を開いた。
「花音がねー、後でおっぱい触らせてくれるんだって」
────!?
ひぃくんの放った言葉に、その場にいた全員が固まった。思わずふらりとよろけると、そのままひぃくんに抱きとめられる。
予想以上に大きかったその声に、近くの知らない人達まで私達を見ている。
(クッションだよ……ひぃくん。お願いだからクッションと言って……)
「……は?」
呆然とするお兄ちゃんは、小さな声を漏らすとひぃくんを見た。
「静かにしてたらね、後でご褒美に触らせてくれるんだって! さっき花音が言ってた。楽しみだな〜!」
幸せそうにニコニコと微笑むひぃくんは、「そうだよね?」と言って私を抱きしめる。
(違う……っ。何かが致命的に違うよ、ひぃくん。それじゃ私……っ、まるで変態みたいじゃん)
一気に身体から血の気が引き、一瞬で真っ青になる私の顔。私と同じくらい真っ青な顔をしたお兄ちゃんは、ゆっくりと瞳を動かすと私を捉えた。
その目は驚きに見開かれている。
(お兄ちゃん……っ、そんな目で見ないで。私、そんな変態じゃないから……っ……変態なんかじゃない……)
密集する人混みの中、もはや酸欠状態だった私。
朦朧とする意識の中、真っ青な顔をしてひぃくんに抱きしめられている私は、ただ呆然と目の前のお兄ちゃんを見つめ返す事しかできなかった。