「花音。大丈夫?」
私の顔を覗き込み、心配そうにそう訊ねる彩奈。
酸欠で具合が悪くなったのと、恥ずかしくてあの場にいられなくなった私は、斗真くん達と別れると少し離れた場所へと移動した。
花火会場からは少し離れてしまうけど、ここでも充分に花火は見えるはず。
何より、人が少なくていい。実は穴場スポットだったのかもしれない。
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
「動ける?」
「うん」
ベンチに腰掛けて休んでいた私は、立ち上がるとお兄ちゃん達のいる方へと向かって足を進めた。
目の前に見えるのは、場所取りをしてくれているお兄ちゃん達の姿。何やら、見覚えのない数人の男女と談笑している。
「誰だろ?」
「さぁ……?」
私の隣を歩いている彩奈は、お兄ちゃん達の姿を眺めながら首を傾げる。
(学校の友達かな?)
そんな考えを頭の中で思い浮かべた私は、そのままお兄ちゃんの背後まで着くとピタリと足を止めた。
「お兄ちゃん」
私の声に振り返ったお兄ちゃんは、私を視界に捉えると優しく微笑む。
「具合良くなったか?」
「うん。もう大丈夫」
そんな返事を返しながら、お兄ちゃんの背後へとチラリと視線を移す。すると、それに気付いたお兄ちゃんは口を開いた。
「学校の奴ら。今さっきそこで偶然会ったんだよ」
チラリと背後に視線を送ったお兄ちゃんは、そう告げると私と彩奈を皆に紹介してくれる。
「妹の花音と、その友達の望月彩奈さん」
「あー、知ってる知ってる! 噂の妹ちゃん!」
「誰と付き合っても妹優先するからフラれるって噂の? あー……。まぁ、こりゃ確かに優先したくもなるわ」
そう言って、ジロジロと私を見てくる先輩達。
(ていうか……お兄ちゃんて彼女いたんだ。全然知らなかったよ)
「可愛いね〜。俺と付き合わない?」
私の顔を覗き込む先輩は、そう告げるとニッコリと笑った。
(えっ? 私……今、告白されたの? 生まれて初めてだよ、告白なんてされたの……)
人生初の告白に感動で小さく震えていると、突然横からグイッと肩を抱き寄せられる。
「手、出したら殺すよ?」
その声に頭上を見上げてみると、ニッコリと微笑むお兄ちゃんがいる。
笑ってはいるけど……その顔は完全に鬼だ。背後には、なにやらどす黒いオーラまで放っている。
「お友達も可愛いね〜。俺と付き合わない?」
今度は彩奈に告白する先輩。
(なんて変わり身の早い人なんだろう……。私の感動を返してもらいたい)
「この子もダメだから」
お兄ちゃんは空いていた左手で彩奈の肩を抱き寄せると、そう言って先輩から遠ざける。
お兄ちゃんの腕に抱かれて少し俯き加減の彩奈は、何だか微妙に顔が赤い気がする。
(どうしたんだろ? ……あっ。鬼が怖いのね)
チラリとお兄ちゃんを見上げると、そこにはやっぱり鬼がいた。
(怖いよね……私も怖いもん。ごめんね、彩奈)
「──花音」
突然呼ばれたその声に視線を向けてみると、そこにはニコニコと微笑むひぃくんがいる。その腕には、何故か見知らぬ女の人が絡みついている。
(……何、してるの……?)
ニコニコと微笑みながら、私達の方へと向かって来ようとするひぃくん。それを必死に引っ張って止めている女の人。
よく見てみると、とても可愛い人だ。
(……何だか……っ胸が、痛い)
チクチクとしだした胸に、思わず顔を歪める。
(何っ、これ……。私、死ぬの……?)
「お……っお兄ちゃん……。苦しっ……私、死ぬ……っ」
「えっ!?」
お兄ちゃんの胸に顔を埋めて必死にそう訴えると、頭上からお兄ちゃんの焦ったような声が聞こえた。
そして再び、ベンチへ逆戻りした私。
そんな私の隣では、彩奈が心配そうな顔をして私を見ている。
「花音……大丈夫?」
「うん。何かもう治ったみたい」
俯いていた顔を上げてお兄ちゃん達の方を見てみると、心配そうにチラチラとこっちを見ているお兄ちゃんがいる。一緒に付いてこようとしたお兄ちゃんを制すと、私は彩奈と二人でベンチへと戻って来た。
せっかく友達と楽しそうにしているのに、何だか連れ出すのは申し訳なかったから。
チラリとひぃくんに視線を移すと、相変わらずその腕には女の人がくっついている。
その光景を目にした途端、何だかまた胸が苦しくなってくる。
「あ……っまた、胸が苦しくなってきた……。どうしよう……っ私、死ぬの……?」
ひぃくんを見つめたままそう呟くと、私の視線を辿った彩奈が溜息を吐いた。
「ねぇ。それって、響さんを見ると苦しくなるんじゃない?」
(す、凄いっ。何でわかるの? その通りだよ)
「うん……。っ苦しい、助けて……っ」
苦痛に顔を歪めたまま必死に懇願すると、彩奈はそんな私を見て溜息交じりに口を開いた。
「それは響さんのことが好きって事だよ。……花音のバカ」
彩奈の言葉に、思わず顔が引きつる。
(そんな訳ないじゃん……。何言ってるの? 酷いなぁ……バカだなんて)
引きつった顔でぎこちない笑顔を作ると、小さく笑い声を漏らす。
「あの女の先輩のことが気になるんでしょ? 」
「……っ、うん」
「可愛いもんね、あの先輩」
「うん」
「響さんの事好きだよ、あの人」
「……えっ」
彩奈のその言葉に衝撃を受けた私は、ひぃくん達から視線を逸らせないままその場で固まってしまった。
(あんなに可愛い人が……ひぃくんを……好き、なの……?)
「あのまま二人が付き合ってもいいの?」
ズキズキと胸が痛む。
(お願い……っやめて、彩奈)
「付き合っちゃうかもね? あの二人」
「やっ……、やだっ!」
今にも泣き出しそうな顔をして大声を上げると、そんな私を見た彩奈はクスリと笑った。
「……好きなんだね、響さんの事」
私を見つめる彩奈は、そう告げるととても優しく微笑んだ。
(そっか……私……ひぃくんの事が好きなんだ──)
素直にそう認めてみると、何だか胸の中が少しだけ軽くなったような気がする。
「うん。……好き」
そう小さく呟くと、私を見つめる彩奈はニッコリと微笑んだ。
「やっと自覚したね」
(でも……っ、自覚したからってどうすればいいの?)
私は彩奈から視線を外すと、相変わらず女の人と一緒にいるひぃくんを見つめた。やっぱりズキズキと痛む胸に、ギュッとひよこを抱きしめる。
とその時──女の人と連れ立って、何処かへ向かって歩き始めたひぃくん。そのまま皆のいる場所から、どんどん遠ざかってゆく二人。
(え……っ? 何処に行くの?)
「告白かもね」
「え……っ」
(あの人と付き合っちゃうの……? もう、ひぃくんと一緒にいられなくなっちゃうの? っ、……そんなの嫌。絶対に嫌……っ!)
そう思った私は、気付けばその場から勢いよく走り出していた。
後ろで彩奈が私を呼んでいる声が聞こえるけど、それでも私は止まる事なく走り続けた。
(どこ……っ? どこにいったの……っ、ひぃくんっ!)
人気のない場所で、必死にキョロキョロと辺りを見回す。
「ひぃくん……、どこにいるの……っ」
中々見つけられないその姿に、心細さと悲しさで涙が出そうになる。
今にも溢れ落ちてしまいそうな涙をグッと堪えると、私は胸元に抱きしめたひよこに顔を埋めた。
「──花音っ!」
聞こえてきた声に反応して勢いよく顔を上げると、私の視界に飛び込んできたのは、必死に探し求めていたひぃくんの姿だった。
とても焦った顔をみせるひぃくんは、すぐに私の元まで駆け寄ると心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「こんなところで何してるの? 一人でいたら危ないよ?」
「ひぃくん、探してたのっ……。嫌……っ」
小さく呟くようにして声を漏らすと、そのまま目の前のひぃくんにしがみつく。
そんな私を優しく抱きとめてくれたひぃくんは、まるで私をあやすかのようにして優しく頭を撫でてくれる。
「花音、どうしたの? 嫌って何が嫌なの?」
ついにグズグズと泣き始めてしまった私に、「泣かないで」と優しく声を掛けながら涙を拭ってくれるひぃくん。
「ひぃくん、いなくなっちゃ嫌ぁ……」
「大丈夫だよ、いなくならないよ?」
「私っ……、ひぃくんが好きなの……。ずっと一緒にいたい……っ」
思いのままにそう伝えると、私の頭を撫でていたひぃくんの手がピタリと止まった。
抱きしめられていた身体をゆっくりと離されると、私と目線を合わせたひぃくんがニッコリと微笑む。
「花音。もう一回言って?」
(……どこを?)
「一緒にいたい……」
「んー。違うよ、花音。そこじゃないよ?」
小首を傾げてニコニコと微笑むひぃくん。
(もしかして……好きって……、ところ? むっ……ムリムリムリッ! 恥ずかしすぎるもんっ!)
チラリとひぃくんを見てみると、ニコニコと微笑みながら私の言葉を待っている。
(どうしてまた言わなきゃいけないの……。何でちゃんと聞いててくれないのよ……、ひぃくんのバカっ)
「…………っ、好き……」
真っ赤になりながらもポツリと小さな声を溢すと、とても嬉しそうな顔をしてフニャッと笑ったひぃくん。
「俺も花音のことが大好き〜」
幸せそうに微笑むひぃくんにつられて、思わずクスリと笑みが漏れる。
────ドンッ!
突然聞こえてきた大きな音につられるようにして、すぐ横へと視線を移してみる。
すると、ヒュルヒュルと空高く打ち上がった光が、パッと綺麗な花火を咲かせた。
「花火……」
「始まっちゃったねー」
木々の隙間から覗く花火を眺めながら、隣に並ぶひぃくんの浴衣の袖をキュッと掴む。
(花火……ひぃくんと一緒に見れて良かった)
毎年一緒に見ているはずなのに、何故か今年の花火だけは特別に思える。
「花音は俺の大切なお嫁さんだからね?」
花火から視線を移すと、とても優しい笑顔を向けるひぃくんと視線が絡まる。
「……うん」
私の返事にフワリと優しく笑ったひぃくんは、私の頬に静かに両手を添えると、そのままゆっくりと唇を重ねた。
私の腕の中にいるひよこが、地面へと向かってポトリと落ちてゆく。
(え────)
そっと触れるだけのキスをしたひぃくんは、私から離れるとニッコリと優しく微笑んだ。
(私……今、ひぃくんとキス……。キス……、しちゃった……)
そう認識した途端に、一気に熱の上がった私の顔。きっと、今の私の顔は真っ赤に違いない。
恥ずかしさから顔を俯かせると、下に落ちたひよこを拾い上げたひぃくん。パンパンと軽くその場で汚れを落とすと、ひよこを差し出してニッコリと微笑む。
「はい。おっぱい落ちたよ?」
(…………。……クッションだよ)
こんな時でさえ、いつもと変わらないひぃくん。
すっかりと“おっぱい”が名前みたいになってしまったひよこを受け取ると、私はニコニコと微笑むひぃくんを見つめた。
ちょっぴり変なひぃくん。
きっと、これからもそれは変わらない。
──だけど、そんな君が大好きです。
◆◆◆
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