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中型のジェット旅客機は陽が傾きかけた山地の上の空を飛んでいた。コックピットでは機長と副操縦士が、オートパイロットの表示板を見つめながら、のんびりと会話を交わした。
「天候もいいし乱気流もない。着陸までのんびり過ごせそうだな」
そういう機長に副操縦士がうなずく。
「いい時代になったもんです。ひと昔前の旅客機の操縦は1分たりとも気が抜けませんでしたからね」
「とは言え、乗客の生命安全を預かっている事に変わりはない。油断はいかんぞ」
「それは分かっています。おや?」
「どうかしたか?」
「前方に機影らしき物が見えたような。この付近に飛ぶ予定の航空機なんて聞いてますか?」
「いや、自衛隊のスクランブルでもない限り、そんな事は……ん? 見える! 何だ、あれは!」
定員50人の客席ではシートベルト着用の緊急放送が流れた。小学生の女の子は両隣の席に座っている両親に不安そうな声で言った。
「パパ、ママ、どうかしたの?」
父親は窓の外を眺めながら言う。
「気流の乱れか何かだろう。大丈夫だからちゃんと座ってなさい」
その黒い影は夕日を背にしているため、はっきりと姿が確認できなかった。副操縦士が念のため航空管制所に異常ありの無線連絡を入れる。
操縦を手動に切り替えた機長があわてて進行方向を大きく変えようとする。機体ががくがくと大きく揺れる。
風防ガラスの向こうに迫る、その巨大な影を見た機長が叫んだ。
「あれは……鳥なのか?」
次の瞬間、その巨大な影と旅客機の機首は正面から激しくぶつかった。旅客機はコクピットが潰れ、急角度で小高い山の頂上近くに墜落した。
最初の激突で機体が真っ二つに裂け、数人の乗客がシートごと地面に放り出された。バウンドした機体の前部と後部は斜面をずり落ち、燃料タンクが爆発し炎に包まれる。
さきほどの女の子は、山腹の樹木の間に倒れて視界に入る炎の色を呆然と見つめた。
日が落ちて暗くなり始めた彼女の上の空に、旅客機と同じぐらいの大きさの何かが羽ばたく影が舞っていた。
10年後の初秋の夕方、帝都理科大学のキャンパスの隅のベンチに女子学生が座っていた。
そばを遠山准教授が通りかかると、一羽のカラスが女子学生めがけて舞い降りるのが見えた。遠山は急いで背後から女子学生に駆け寄った。
「おい君、大丈夫か?」
女子学生は右肩の上にカラスを止まらせた格好のまま、驚いて振り返った。
「あら、生物学の遠山先生。どうかしました?」
「いや、カラスが君に襲いかかったんじゃないかと」
「ああ!」
女子学生は左手に持ったライムギパンをカラスの口元に差し出しながら笑う。カラスはそのパンをくちばしで突っついて食べ始めた。
「この子は私になついているんです。時々こうやって餌をあげに来ているんです」
遠山は呆気に取られて行った。
「君が飼っているのか? そのカラスを」
「いえ、飼っているわけじゃありません。野良ですよ。私は鳥、特にカラスに好かれるらしくて」
カラスがあらかたパンを食べ終えると女子学生はベンチから立ち上がり、指でトントンとカラスの脚をたたく。カラスはパンの最後のかけらをくわえたまま、大きく羽ばたいて空に飛び立った。
遠山は飛び去って行くカラスを見上げながらつぶやいた。
「カラスは特に知能が高いと言うが、ここまで人間に慣れるものなのか」
女子学生は遠山の前に来て姿勢を正し、ちょこんと頭を下げた。
「私は理学部2年生の稲垣沙也加と言います。あの、ひとつお願いがあるんですけど。遠山先生は地学研究科の渡教授とお親しいと聞いたもので」
「ああ、渡先生ね。まあ、親しいと言うか、一緒にいろいろ活動した事はあるんだ」
「私を渡先生に紹介していただけないでしょうか? 渡先生のフィールドワークに同行させていただきたくて」
「え? そりゃまあ、引き合わせる事ぐらいは出来るが、どうしてなんだい? 君は渡先生のゼミ生というわけではないんだろう?」
「今回渡先生が行かれるのは岡山県の山ですよね。10年前にあそこで飛行機事故があったのをご存じですか?」
「ああ、僕はまだ学生だったから詳しくは知らないが、原因不明の旅客機墜落事故だったかな。生存者はわずか数人だったとか」
「実は私はその中の一人なんです。あの事故の生存者の一人だったんです」
二十分後、遠山と沙也加は渡教授の研究室に座っていた。渡が椅子ごとくるりと机から振り返って、あごひげを手でしごきながら遠山に言った。
「また厄介事を持ち込んで来たかと思ったが、助手はいるに越した事はない。いいだろう、稲垣君だったな、同行を許可しよう」
「ありがとうございます!」
沙也加が深々と頭を下げる。遠山はにっこり笑って、安堵の表情を浮かべた言った。
「よかった。難物を説得する手間が省けた」
渡が目玉をぎょろりとさせた。
「誰が難物だと?」
「あ、いえ、何でもありません。じゃ渡先生、彼女をよろしく」
「他人事みたいに言うな。君も一緒に来い。教務部には私から話を通しておく」
「は? なんで僕が一緒に?」
「私は妻帯者だ。女子学生と二人きりで山奥へ行くわけにはいかんだろうが」
「いえ、あの、僕は生物学者なんでフィールドワークは苦手で」
「生物学者ならなおさら野外活動は必須だろうが! 海洋生物学の教授陣は60歳過ぎても岩場を駆け回っとるぞ」
沙也加がおずおずと渡に言う。
「あの、それで厚かましいのですが、途中で寄り道させていただきたいんですが」
バッグから取り出した地図を指で示しながら沙也加が言う。
「ちょうど渡先生が行かれるルートの側に慰霊碑があるんです。そこへ行きたいのですが」
地図を見つめながら渡が訊いた。
「10年ほど前に旅客機の墜落事故があった場所か。君の知り合いが犠牲者の中にいたのか?」
「私が、その生存者の一人だったんです。両親と3人で旅行に行った帰りに、事故が起きて。私は座席ごと山の中に放り出されて、大けがはしましたが、一命は取りとめて救助されました」
「そうだったのか。それでご両親は?」
「遺体はとうとう発見されませんでした。私は父の兄、つまり伯父さん夫婦に引き取られて、育ててもらいました。怪我の後遺症で長い事体が不自由だったので、元気になった今、慰霊碑へ行ってみたいんです」
「それで同行したいというわけか。いいだろう、急ぐ調査じゃない。その程度の寄り道なら、私にとってもいい気晴らしになる」
横から地図を見た遠山が渡に訊く。
「特に変わった場所でもないようですが、渡先生、何を調べにここへ?」
渡は沙也加から地図を受け取って指でいくつかの場所を指した。
「蒜山(ひるぜん)という岡山県の火山地帯だ。興味深い事に、この辺りと鳥取県の間に人形峠という場所がある。知っているか?」
遠山も沙也加も首を横に振った。渡は地図を沙也加に返しながら言う。
「日本で唯一と言っていい、ウラニウムの鉱脈がある場所だ。火山活動とウラン鉱脈の関係、これを研究してみようと思っていてな。とにかく一度付近に行ってみようというわけさ」
数日後、渡、遠山、沙也加の3人は山頂近くでは紅葉が始まっている山の斜面を登山服を着て登っていた。
遠山が最後尾で早くも悲鳴を上げていた。
「渡先生、稲垣君、もう少しゆっくり。ハアハア、あのそろそろ休憩しませんか?」
渡が顔をしかめて一喝する。
「10分前に休憩したばかりだろうが! まったくまだ30代のくせに情けない」
遠山にかまわず大きなリュックを背負って渡はかまわず登り続ける。同じくリュックを背負った沙也加が汗をぬぐいながら後に続く。
渡が振り返らずに肩越しに沙也加に尋ねた。
「しかしあの事故で生き残ったとは運がよかったな。君はまだ小学生だったんだろう」
「実は救助隊に見つけてもらうまでの間、カラスが側にいてくれたんです」
「カラスが、かね?」
「はい、頭がぼうっとしていたので、細かい事は覚えていないんですが、とても頭のいい子で、飛行機の残骸から非常食が入った袋をくわえてきてくれて。ビスケットをそのカラスと分けて食べたのを覚えています」
「ふうん、遠山君、そんな事があり得るのか?」
二人よりはずいぶん軽いリュックを背負わされたにも関わらず、青息吐息で必死について来ている遠山は息を弾ませながら答える。
「よく鳥頭とか言いますけど、一部の鳥類の知能は極めて高い事が最近の研究で分かってきています。特にカラスの知能は、少なくとも人間の4歳児並み。もっと高いと言う研究者もいますよ」
渡は所々で地面を掘り返し、少量の土のサンプルを容器に入れ、それを繰り返しながら山頂へ近づいて行った。
やがて山頂に近い、やや平たい、樹木が茂った場所にたどり着いた。草をかき分けて進むと開けた場所があり、高さ1メートルほどの石に慰霊碑が立っていた。
沙也加がその前にしゃがんで手を合わせ、渡と遠山もその後ろに立って慰霊碑に向かって手を合わせた。
沙也加が自分のリュックから一枚の写真を取り出した。のぞき込む渡と遠山に沙也加が告げる。
「ここに映っているのが私の両親なんです」
古びた写真には真ん中に10年前の沙也加、その両脇に上品そうな服装と顔立ちの40前後とおぼしき男女が映っていた。懐かしそうに周りを見回しながら沙也加が言う。
「救助を待っている間、そのカラスにこの写真を見せて、これが私のパパとママよ、なんて話しかけてました。それで気が紛れて、意識を失わずに済んだのかもしれません」
渡が空を見上げて二人に言う。
「じゃあ、そろそろ下山するか。陽が落ちる前に麓の宿に着かないとな」
3人が山の斜面を下り、もう少しで人里という地点に差し掛かった時、その音が聞こえて来た。
バサッバサッという羽ばたきの音。だが、それは異様に大きく響いた。不審に思った3人が上を見上げると、巨大な黒い鳥の影がまっすぐ彼らに向かって降下してきていた。
渡はとっさに沙也加を地面に伏せさせ、その上に自分の体を覆いかぶせた。遠山も近くの木の背後に飛び込む。
その巨大な鳥は渡の頭上をかすめ、再び舞い上がり、数メートル上の空間で羽ばたきを繰り返して浮かびながら、クァックァッと鳴き声を上げた。
遠山はスマホのカメラでその巨大な鳥を撮影しながら、驚愕の声を上げ続けた。
「カラスだ。だがそんな馬鹿な。翼開長12メートルはある。こんな巨大なカラスが日本に、いや、この地球上にいるはずがない!」
その巨大なカラスはさらに数度急降下して3人の頭上すれすれをかすめて飛んだ。3人が必死で物陰に隠れながら逃げ惑っていると、車のクラクションが何度も鳴り響いた。
農家の物らしい軽トラックが走り寄って来て、初老の男が運転席から首を出して叫んだ。
「あんたたち、無事か?」
巨大なカラスはクラクションの音に怯えたのか、くるりと向きを変えて山の上の方に飛び去って行った。
渡は沙也加を助手席に乗せてもらい、自分と遠山はトラックの荷台に乗って、市街地まで運んでもらった。
その夜、麓の町の古びた旅館に泊まった3人は、入浴後に宿の浴衣に着替えて渡と遠山の部屋へ集まった。沙也加が自分の部屋からやって来たところで、遠山がスマホの画面にあの怪鳥の写真を表示した。
渡がそのうちの1枚を指差して言った。
「これは写真がブレているのか? 脚が3本に見えるぞ」
遠山があわてて他の写真を確かめる。鳥の脚が映っている物には全て、脚が3本はっきりと見えていた。
「ヤタガラスか?」
渡がつぶやく。沙也加が目を見張って訊く。
「そんな種類のカラスがいるんですか?」
「いや、日本神話に出て来る、想像上の鳥だ。神武天皇が東日本征服の行軍をした時に、その道案内をし、光を発して敵の軍勢を圧倒したとされている。名をヤタガラスと言い、脚が3本あったという伝承だ。だが、あくまで伝説の鳥だ」
遠山が腕組みをして目を閉じたままつぶやいた。
「突然変異」
渡が訊く。
「カラスの突然変異種だというのか?」
「渡先生、こう言ってましたよね。この近くにウラン鉱床があると。ウラニウムは放射性元素、つまり放射線を出します。この辺りのどこかに、通常より自然放射線の高い場所があり、数十年あるいは数百年に一度ほどの確率で巨大化した突然変異種が生まれる。その可能性はあります」
沙也加が感心した表情で渡の顔を見た。
「渡先生は理系の研究者なのに、古典にお詳しいんですね」
渡はニヤリと笑って答えた。
「文理融合という言葉を知らんのかね? これからの学問には文系、理系なんて二分法は意味がない。両方に詳しくないとね。それに3本足の鳥の伝説は日本だけじゃなく、中国大陸にも複数ある。遠山君の説が正しければ、数百年に一度、東アジアのあちこちであの巨大なカラスが一時的に棲息してきたのかもしれんな」
遠山が写真を食い入るように見つめながら言った。
「とにかく、明日になったら稲垣君だけは東京に帰らせましょう。あんな怪鳥がうろうろしている場所にこれ以上置いておけない」
翌朝、旅館の広間で朝食をすませた3人は、登山服に着替えて全員で東京へ戻る事にした。
渡と遠山がリュックの中身を整理していると、突然バリバリという轟音がして、建物全体が細かく震え、沙也加のか細い悲鳴が聞こえてきた。
渡と遠山が沙也加の部屋に駆け込むと、部屋の障子窓が大きく破られ、巨大なカラスの頭が突き出ていた。
そしてその脚の片方が、登山服を着た沙也加の体を背中側からつかんでいた。呆然とする二人の目の前で、沙也加の体は部屋から引きずり出され、巨大カラスの両脚につかまれて、そのまま空へ連れ去られた。
破壊された部屋の壁から渡と遠山が体を外に乗り出して見つめる中、沙也加を脚につかんでぶら下げた巨大なカラスは、山頂の方へ向かって飛び去って行った。
異常に気づいた宿の主人と近所の住民たちが集まって来た。渡は警察への連絡を頼んで、遠山と共に、山へ向かって飛び出した。
昨日訪れた慰霊碑のある場所へたどり着くと、渡と遠山は草や枝をかき分けてさらに奥へと進んだ。
「うわっ!」
遠山が滑り落ちそうになり、渡があわてて腕をつかむ。そこだけ不自然に地面がくぼんでいて、上を低木の枝が蓋をするように覆っている。
その窪地の底から声がした。渡と遠山がのぞき込むと、沙也加がそこにいた。その隣には、翼を畳んだあの巨大なカラスが立っている。
そのくぼみを滑り降り、和t利と遠山は沙也加に近づく。沙也加は怯えた様子はなく、ポケットから取り出したビスケットをカラスに差し出していた。
「稲垣君、無事なのか?」
遠山が震えながら声をかける。沙也加は微笑を浮かべながら答えた。
「先生たち、大丈夫です。この子は人は襲いません。あの時のカラスだったんです。事故現場で私の側についていてくれたあのカラス」
沙也加が窪地の端を指差す。そこには2体の白骨化した人間の遺体が並んでいた。渡が叫んだ。
「何だ、その死体は?」
沙也加が遺体に近づき、ある物を指差した。
「発見されなかった、私の両親です。あのスイス製の腕時計と、こっちの遺体のネックレス、間違いなく父と母の物です」
渡と遠山も遺体に近づき、じっと観察する。遠山が言う。
「あのデカブツに食われたのなら、こんなにきれいな状態で骨が残るはずはない。あいつが遺体を見つけてここに運んで保管していたという事なのか?」
渡も信じられないという口調で言った。
「彼女はカラスに写真を見せたとも言っていた。カラスは色が分かる。あいつが捜索隊も見つけられなかった両親の遺体を見つけてここに運び、そして10年もの間待っていたんだ。稲垣君、君が再びここへやって来るのを」
「10年も私を待っていた?」
沙也加はそうつぶやきながら、巨大なカラスの頬を撫でた。
渡が巨大カラスをじっと観察しながら言った。
「どうやらあの3本目の脚は、機能していないようだな。巨大化に伴う奇形か? しかし、10年前と言えば彼女はまだ小学生だろう。顔立ちも体付きも大きく変わっているはずだ。見分けがつくのか?」
遠山も巨大カラスを見つめながらつぶやくように言う。
「それでも面影は残るものです。こいつにはそれが分かるんでしょう。恐るべき知能の高さだ」
その直後、バリバリという機械音が近づいて来た。穴から出た3人が空を見回すと、ヘリコプターが2機、近づいて来ていた。
遠山がほっとして表情でつぶやく。
「助けが来た」
だが渡は顔をしかめた。
「待て。1機は、戦闘用ヘリだ。自衛隊のヘリか!」
カカカカと甲高い声が鳴り響き、巨大カラスが穴から這い出して来た。渡はカラスの前に立ちふさがろうとした。
「よせ! あれは敵じゃない! 行くな!」
だが、カラスは渡の頭上を軽々と飛び越え、ヘリコプターに向かって羽ばたいた。
渡、遠山、沙也加の3人は山肌の端に出てヘリコプターに向かって手を振り、声を枯らして叫んだ。
「撃つな! そいつは危険な生物じゃない!」
後方の救助用ヘリの中では、自衛隊員が彼らの姿に気づいた。無線に向かって一人が言う。
「こちらシラトリ2。要救助者を目視で確認。しきりに手を振っている。あんな怪鳥の巣にいるんだ、無理もない。アラワシ1,巨大生物の排除を要請する、送れ」
前方の戦闘用ヘリの操縦士の声が返って来る。
「こちらアラワシ1,攻撃を開始する」
戦闘用ヘリが機銃を発射した。巨大カラスは空中で巧みに位置を変え、弾道から逃れ、縦横無尽に飛び回る。時折機銃弾が数発命中するが、その巨体は少し動揺するだけで、また急上昇しヘリに襲いかかろうとする。
山肌に立つ沙也加が叫ぶ。
「やめて! 殺さないで!」
次の瞬間、戦闘用ヘリが対空ミサイルを発射した。ミサイルはオレンジ色の炎を引きながら、弧を描いて飛び、巨大カラスの側面に命中した。
空の上に、爆発の炎と黒煙が丸く広がり、黒い巨体がまっすぐに落ちて行った。
真上にホバーリングしている救助用ヘリのスピーカーから「もう安心です」という声が響く中、沙也加は地面にひざをつき、両手で顔を覆って、泣き声を上げた。
翌日、渡、遠山、沙也加の3人は地元の警察の山岳救助隊と共に再び山を登った。沙也加の両親の遺体を回収するためだった。
下山の途中、急に沙也加が道を外れて樹木が生い茂っている場所へ入り込んだ。渡と遠山が心配になって後を追う。
沙也加は巨木の幹をよじ登り、十数メートルの高さまで上がっていた。二人も首をかしげながらその木を登る。
大きな枝の根本にしがみついている沙也加の側にたどり着き、渡が叱るように言う。
「何をしているんだ、こんな時に?」
沙也加は少し離れた場所にある別の大きな枝を指差した。
「あの大きなカラスに運んで来られた時、ちらっと見えたんです」
そこには人間の大人が数人入れるほどの大きな鳥の巣があった。そしてその中にはラグビーボールほどの大きさの卵が二つあった。
遠山が息を呑んだ。
「卵があるという事は、番(つがい)だった可能性がある。少なくとももう1羽いるのか?」
沙也加はその卵を見つめながらつぶやいた。
「無事に孵ったら会いに来るわ。今度は私が、あなたたちを待っている」