テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
上階にあったため暫く待った。降りてきたエレベーターに乗って、夫となった睦月君の待つ部屋へ向かう。
大層な玄関の横に付いているインターフォンを鳴らした。すぐに玄関が開錠され、睦月君が顔を出した。うーん、眼福。綺麗な顔だぁ。食堂で汗まみれで働いてきた私とはお肌の艶感とか大違い。
「お帰り、先生!」
「あ…ただいま、帰りました」
ん? ただいまって言うの変じゃない?
夫婦になったけれども、ここは睦月君の家だし。やっぱりちゃんとわきまえておかないと!
「お邪魔します……」
履いてきた靴を揃え、中へ入った。広めの玄関には靴が全然出ていない。横にはシューズインクロークがあるので、そちらに収納しているのだろう。家事が苦手と言っている割には、綺麗に片付いているように思える。
「かしこまらずに入って。もう、自分の家だと思ってくれていいから」
睦月君に案内してもらい、部屋に入った。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしたけれど、なかなかうまくいかない。
この偽装結婚を受け入れることに決めたものの、やはり年下の…しかも旧知の仲の男性の通い妻みたいな真似事をするなんて…。
まずはリビングに案内してもらった。
当然のように広いリビングで驚愕する。タワーマンションは夜景が楽しめるように開放的なガラスの造りになっていて外がしっかりと見える。宝石をちりばめたような美しい光が輝く下界を見下ろす眺望は最高だった。
「こっちは僕の部屋」案内された一部屋は広くてキングサイズのベッドが置いてあった。
「先生の部屋、作っておいたよ」
書斎に利用していた部屋をとりあえず使ってもいいと明け渡してくれるみたいで、先ほどの部屋よりは少し狭いが、それでも十分広い部屋を私に用意してくれた。
様々な投資に関する書籍やファイルがたくさん並んでいる。彼は幼少期から几帳面で頭が良かったから、大人になってもそういう所は変わっていないのだと思った。苦労人だったから、家事もしっかりできるのに。
……私、必要ある?
「ベッドは今度見に行こうか。夫婦だから同じ寝室に寝るっていうのはどう? 僕の部屋なら広いから一緒に寝られるよ」
「ま、まだ早いかと……! それに、寝るときは家に帰るから」
「照れなくてもいいのに。じゃあ、そういうのは追々考えていこう。あ、家には帰っちゃだめだよ。新婚初夜に実家に帰るなんて夫婦仲が悪いみたいに思われるでしょ」
確かにそうだけれどもっ!
それに、『新婚初夜』なんてさらっと爆弾発言するのはどうかと思います。
「先生、自宅には帰っちゃだめだからね」
にっこりと屈託のない笑顔で言われたので、頷くしかできなかった。
借金をした状態の私に発言権はないので仕方なくお父さんに連絡する。睦月君の家に泊まる、と。
『お泊り、大いに結構!!(グッジョブ)』と言われたのでめちゃくちゃ複雑な気分になった。事情が事情なだけに、諸手を挙げて大喜びする父よ…。
続いてバスやお手洗いの場所を教えてもらい、一通り家の中を見せてもらった。
「あ、そうだ先生。今日ね、先生の好きそうなコーヒーの粉、買っておいたんだ。新しいコーヒーメーカーも買ったし、ケーキも用意してあるよ。食べる?」
広く設置されたリビングのカウンターの上に置かれた新品のコーヒーメーカーに目をやった。
「あれ、私、睦月君にコーヒー好きって教えたっけ?」
「ふふ。僕は先生のことならなんでも知ってるよ」
彼は嬉しそうな顔で私を見つめた。「いつか大人になったら、コーヒー飲みたいって先生が言っていたから。きっと大人になって、コーヒーが好きになったんだろうなって想像。どう、当たってる?」
「うん、当たり。コーヒー飲むと落ち着くようになったの」
「よかった。じゃあ、ケーキと一緒に食べよう。先生の好きなモンブラン、買っておいたんだ」
「私の好きなケーキ、覚えていてくれたのね。ありがとう。でも、先にご飯にしましょうか。私が作ったものでいいかな? 簡単に作ろうと思って材料買ってきたんだけど……」
マルヨーさんで買い物をしてきたエコバックを見せた。
少しでもマルヨーさんの売り上げ貢献して、暴落した株価を戻したいところである。
「今日のご飯の用意は手配しているから大丈夫だよ。折り紙でのお仕事、疲れたでしょ。食材は冷蔵庫にいれておけばいいから」
睦月君がどこかに連絡をすると、あっという間に数人のシェフが家に入ってきて、エコバッグの中身を大きな冷蔵庫にかたづけられ、てきぱきと料理を並べ、お辞儀をして帰っていった。
なにこれ……!
「先生はお仕事で忙しいだろうし、平日は僕の方で用意するよ。レストランから取り寄せておいたものばかりで悪いけれどさ。但し、お休みの日はぜひ僕のために腕を振るって欲しいな。また、あのまかないご飯、食べたいんだ~」
レストランから取り寄せ……豪華絢爛な料理が目の前に並んでいるのに、まかないご飯が食べたいなんて……。いったいどういうこと?
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!