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その日は雨が降っていた。

重く体にのしかかるような、一粒一粒が細かい針のように体に突き刺さる。濡れて重くなったスーツを着て体を大きく横に揺さぶりながら、傘もささずに黒いアスファルトを蹴った。


「意味わかんねぇ、ほんと、意味わかんねぇよ!」


ぬかるんだ地面に足を取られ、顔から倒れ込む。痛みも冷たさも感じなかった。ただじんわりと血が流れるような感覚がするばかりで、俺はアスファルトに拳をぶつけた。

理解が追い付かない。認めたくない。分かりたくもない。夢であってほしい。

どうにか重くのしかかった現実から逃げようと言い訳と妄想を追いかけるが、それらは遠ざかるばかりで、現実が目の前に立ちはだかる。早く受け入れろと圧を掛けられるようで、俺は息苦しさを覚えた。

呼吸が浅くなれば、ようやく寒さと痛みが体に戻ってくる。

まだ四月だというのに冷たくやまない雨は俺の心を酷く凍えさせた。このまま死んでしまったらと思うほどに、受け入れられない現実に絶望していた。


(どうして、何でだよ。数日前までは元気にしてたじゃねぇか。頼るって言ってくれたじゃねぇか)


数日前のダチの顔を思い出す。何も変わらない、そして、しっかりと前を向き心を入れ替えたような晴れた顔をしていた。おかしいとは思わなかった。ようやく前を向けたのだと俺は安心していた。もし、それがそういう意味の顔ではなかった。

今になってどっとそうではなかったのではないかという想像が思考を踏み散らかしていく。土足で人の心に上がってきた絶望は俺の心を踏み荒らしていく。


(あの顔が、そういう覚悟を決めた顔だったら。仇をとれるという希望に満ちた顔だったとしたら。それがわかっていれば、俺は止められたのか?)


止められないにしても、何か力になれたはずだ。頼ってくれといったのに、彼奴は何も言わなかった。結局俺達のことなど見えていなかったんじゃないかとも思ってしまった。そうして、死んでいった。


「俺じゃダメなのかよ」


もう一度強く拳をぶつける。パシャリと跳ねる水たまりに、拳に伝わってくる痛みに、何に顔をゆがめているのか自分でもわからなかった。自分の無力さや、虚しさだっただろうか。立て続けにダチを失った悲しみだろうか。

俺は救えなかった。

彼奴は俺達を頼るといって頼らなかった。

もう後悔しても何も残っても、帰ってもこない。そうして、あの場で見た明智の顔が鮮明に思い出される。


「馬鹿みたいに、幸せそうな顔しやがって」


銃弾で一発胸を貫かれ死んでいった明智の顔が、あの現場で見た明智の顔が嫌でも思い出された。神津のように至近距離で爆弾が爆発し痛みを感じる暇もなく吹き飛んでいったわけでもなく、きっと一瞬想像もできないような苦痛に襲われたに違いない。なのに、どうして明智は笑顔だったのだろうか。清々しい笑顔だったのだろうか。

自分が死ぬとわかっていたくせに、あんな笑顔を作れるのは……もしかしたら、彼奴は初めから死ぬつもりだったのかもしれない。語弊がある、とは完全に言い切れないが、そうでなくとも死に場所を探していたのだろう。半年の間、一0年も離れ離れになっていた恋人と再会して二年の間だけ一緒にいて……そうしたとおもったら、その恋人が神津が死んでしまって。きっとこの半年は死んだように生きていたのだろう。死も生もその狭間をさまよって、どうにか自分を探そうとしていたのかもしれない。

そうして見つかったのが、仇をうてずとも死ぬことが出来れば神津に会えるとかいう究極の答えだったのだろう。

明智はそういうタイプではないと思っていたが、彼奴の悲しみを俺が図ることもできないし、彼奴の決めたことに済んだことをとやかく言っても後の祭りだ。


「ははっ……さみぃ」


最近は雨など降っていないせいか、すっかりあの冷たさを忘れていて、久しぶりに降られてみればこんなにも冷たかったのかと思い出した。暖かな春、桜も例年より早く咲いて、明智と空を誘って花見に行った。それが数週間前のことなんて信じられない。あの時は隣にいたのに、もう俺達の隣に彼奴は立ってくれない。

二人して俺達を置いていった。

何も言い残さずに、突然に。


「……俺は」

「――澪」


ふっと、先ほどまで雨にさらされていたのに一瞬でやんだのかと顔を上げれば、そこには透明な傘を差した空がいた。心配そうに俺の顔を覗き込んで、立てる? と手を差し伸べてくれている。夢でも見ているのかと思った。


(彼奴は、家で泣いてたんじゃないのか?)


葬式にはぎりぎり参加できたが、その後は部屋に引きこもってしまっていた。顔を合わせれば大丈夫だと強がりを言っていたが、本当のところはどうだったのか。目の周りが赤くなっていたのも知っていたし、すすり泣く声も聴いていた。それを聞いていたから、俺は泣けなかったのだ。俺が泣いたら、さらにその現実を空に突きつけるような気がして。


「ほら、風邪ひくから。ビショビショじゃん」

「転んだ……」

「見ればわかる。早く帰ろう」


と、空は俺の手を引っ張る。力なく引っ張り上げられ、俺は濡れてしまったスーツを見た。髪もほどけておりぼさぼさだった。

空は、上から下と俺を見て何か言いたげにこちらを見ていた。


「空……何で」

「心配だったから。ほら、帰ろう。お風呂入って暖かくしなきゃ」


馬鹿でも風邪ひくんだよ? と憎たらしく言いながら、俺に傘を握らせ歩き出す。

どうして来てくれたのか、お前はもう悲しくないのかとか。そういうこといっぱい聞きたかったのに、俺は口が開かずにいた。雨の中暗闇に消えていきそうな空を目で追うことしかできなかった。

雨はまだ止んでいない。

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