坪井が受け取ってくれた段ボールの中に入れたままにしていた受取書を取りに小走りで営業課に向かう。
私用に物品を発注する社員が多く内部監査できつく履歴を管理するようにと言われているのだ。
ああ、もう。 ほんと一個やれば一個忘れて……。 ぶつぶつと心の中で愚痴て営業部の裏口を再びノックする。
やや経ってドアが開くとあまり面識のない一課の女性がいた。
二課寄りのドアをノックしたつもりだったので驚いて変な間があいてしまう。
「あの?」
一課の女性社員が、不審そうに真衣香を覗き込むようにして見た。
「あ! 申し訳ありません、二課の坪井くんか小野原さんはいらっしゃいますか?」
訊ねると「ああ」と納得したように呟き左側を指差した。
「今ね、ミーティング入ったとこ。 あのパーテーションの向こうね、さっき入ってったとこだし用があるならまだ入っていいと思うよ」
「ありがとうございます」
女性にお礼を言い、なんとなく邪魔にならないように忍足でフロアの左奥にあるスペースに向かった。
隙間から声をかけようとした時だ。
「やー、びっくりしましたけどね。 そもそも、何であのデータ立花に渡してるんですか? 意味がわからないで困ってるんですよねー」
坪井のいつもの口調で、けれども少し早口に捲し立てるように。
そんな声が聞こえてしまい思わず出しかけた声を飲み込んでしまう。
「そ、それは」
「坪井さん違うんですよ、こっちは立花さんが仕事なくて暇だとかうるさいから小野原さんと何かないかなって探して。 大事な仕事まで紛れて渡しちゃったのは本当にごめんなさ」
隙間から人影だけを認識できるが、声からして坪井と小野原、そして森野がいることは確実だった。
「あいつが暇って言った? んな訳ないでしょ、お前が目にも入れてない仕事山ほど持ってるし、ちょっと黙ってろ、森野」
先ほどまで真衣香と言葉を交わしていた、その時の声色とはまるで違う。
尖った刃物のよう。とは、よく使われる言葉だが真衣香はまさに今、実体験として感じていた。
水色のパーテーションのザラザラとした感触を感じながら、その間にも会話は続く。
「そんな相手に仕事押し付けてる人を先輩だなんて敬えないし、そんな人が自分の担当だなんて無理っすね」
小野原が息を飲む音が聞こえた気がして、胸が痛んだ。
「仕事にならないです、今回みたいに私情から余計な面倒ごと増やされて」
「余計って、坪井くん」
小野原の震えてるみたいに弱々しい声。
仕事の件だけではないんだろう。
”余計なこと” と言い放たれてしまった。
それが、まるで自分の坪井への気持ちまでそう言われたみたいに、聞こえたんじゃないだろうか。
あんなに冷たい声で自分の気持ちを叩きつけられたなら。
置き換えて想像しただけでも、痛い。
真衣香の為の言葉。
それには素直に嬉しさを感じる。
けれどそれに喜んでいるだけでいいのだろうか。
思ったその時、真衣香の頭の中で先ほどの八木の声が復唱された。
『自分のやること全部先回って終わらせるくらいでいろ』
『言わせねぇようにすんだよ、お前は正確だけどトロイからな。突っ込まれやすい』
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