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まくら
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1年をループする💙のお話
💙side.
初めて、宮舘涼太を泣かせてしまった。
だけど俺にはそれがもうなぜだか思い出せない。
ただ脳裏に焼き付いて離れないアイツは、俺を見て立ち尽くして、たった一筋の涙を零してた。
それがやけに綺麗で。
そこだけは鮮明に覚えてるのに。
なぁ、涼太。
あの日俺らに何があったんだっけ。
思い出すまで、君を知るよ。
────さぁ、今日は何をしようか。
目覚ましのアラームが鳴る。
6時30分、まずはアラームを止めた。
今日の天気は曇り。夕方にはゲリラ豪雨。
天気予報では昼からは晴れ間も見えると伝えられてるが、俺は折り畳み傘をカバンに入れた。
歯を磨きながら、見飽きたニュースを見て、着替えをする。
7時46分、マネージャーから迎えの連絡が来る前に家を出た。
今日で176回目の4月20日。
俺はこの日をずっと繰り返している。
初めは夢かと思った。
3回目あたりから怖くなって、寝るのも怖くなった。
1週間経てば、自分はもしかして現実で死んでるんじゃないかとすら思ったほど焦って。
2週目になると、一旦冷静になれた。
3週目からは、なぜ繰り返されるのかを俯瞰して考えれるようになった。
4週目には、とりあえず元に戻ることを諦めて、色んなことを試してみた。
少しのアクションを加える。
例えば6時半に起きるのを、少しずつ時間を前後で変えてみたり。
寝起きの水分補給を水から珈琲、ほかの飲料に変えたり、朝のニュース番組を別のをつけたり。
ひとつずつ、朝からどのアクションを加えれば元に戻るのかを試した。
仕事もサボったりもした。
だってどうせ元に戻るのだからと、マネージャーや照からの鬼電も無視して。
これでもし明日が来たら、その時はその時だと覚悟したが、サボったところでやはり時は進まなかった。
人との会話、動き、ほんのちょっと変えても、朝起きれば4月20日の表示。
またか、なんて苛立ちももうとっくに消えた。
例えば買い物で新しいものを買っても、翌日にはリセットされている。
ただ記憶だけはずっと積み重なって、ちゃんと覚えてる。
それが余計に不思議だった。
何のために繰り返してるのか。
誰のために繰り返してるのか。
いつまで繰り返されるのか。
ひとつ、このループが始まる前に何かしらキッカケがあったはずだと、思い返してみて思い出したのがある。
同じメンバーである宮舘涼太を泣かせたこと。
その前の会話や、泣かせた理由、その後のことはなぜか思い出せなくて。
それに気付いてからは、涼太をキーパーソンとして色々と試すようになった。
4月20日はそもそも涼太と会う日ではない。
仕事も重なってなければ、プライベートでも会うなんて滅多になくて。
だから涼太を泣かせた日、なぜあの日に涼太に会っていたのか。
176回目を繰り返していく中でも、その日の終わりに涼太に会うことなんてなかった。
それは1回目、2回目などの始まりもそう。
そもそも涼太がその日、確かに俺の前に現れたなんて確証もない。
だったら何で俺は、涼太を泣かしたことを覚えているのか。
「……不思議だよねぇ」
「なにが?」
もぐもぐと楽屋に置かれた弁当を頬張りながら、ふっかが俺をちらっと見た。
この会話をするのは何回目だっけ。
たぶんいつもはどうでもいい話をしてたけど、涼太の事を思い出してからはたまにふと、こうやって口に出てしまう。
それを必ずふっかが拾う。
この後、こいつ水取ろうとして零すんだよな。
「ふっか、そんな端に置いてたら危ない」
零したら厄介だから、先回って向かい合ってるふっかのペットボトルを手に取って、真ん中の方に寄せた。
不思議そうな顔をしたふっかが口の中のものを飲み込んでから、どしたの、と言った。
「ん〜、思い出せば出すほど、よく分からん」
「なんそれ。答えになってねぇじゃん」
「…答えなんて俺が知りたいし」
「難しい問題なら阿部ちゃんに頼んなよ。Hey阿部って」
真剣な顔でお互いを見て、それからどちらともなく吹き出して笑った。
繰り返される毎日でも、笑うことは出来てる。
俺の一挙手一投足で、同じ毎日でも少しは変化していて。
だから飽きることなく繰り返せているのだろう。
ただひとつ、謎だけを残して。
仕事を終えて、俺はいつものように携帯を取り出して涼太を呼び出した。
本来なら俺はこの後サウナに行って、友だちと飯食って、帰って寝るだけ。
その時間を全て涼太へ使うようにした。
俺にとってはもう何十回も呼び出してるが、涼太にとったら毎回初めてなわけで。
珍しい俺からの連絡に毎回同じように驚いた声で電話を取る。
『もしもし?翔太?…珍しいね、どうしたの 』
「いや…お前、今日オフだろ。飯行かね?」
『いいけど…』
「じゃあ、19時に〇〇〇ってとこで 」
電話を切ってすぐ、店の予約を入れた。
毎回繰り返されるから、色んなお店に行けることは俺にとってもメリットではあった。
美味しいと思えば、数日空けてまた予約したり。
その度に涼太の反応を見るのも面白かった。
食べることが大好きな涼太を見ていると、知らなかった一面を少しずつ知っていく。
例えば、食べる前に必ず箸を1度左手に持って、それから右手に持ち替えること。
ご飯を口に運ぶのは3回。
それから口いっぱいに頬張ったご飯を咀嚼する。
吸い物は後の方。
レモンが苦手。
柚子の皮も端に避けて。
だけど大葉は食べる。
好きな物は先に食べて、俺の皿のまで食べたがったり。
今まで一緒に過ごしてきて、仕事の時ですら見せなかった一面。
全てを知っていたように思えていたが、まだまだ俺には知らない涼太がたくさんいることを知った。
それは食事に限らず、言動面もそうで。
何か言いたいことがある時に、必ず手元を口に持っていく癖。
恥ずかしい時は耳朶を弄る。
眠たい時には鼻先を摘んで、ちょっとイラついた時は目線を逸らす。
靴は必ず右から履く。
紐付きの靴が、本当は苦手なこと。
カラスも怖いけど、カエルも嫌いなこと。
水溜まりを見れば高い靴を履いていても飛び込みたくなる、なんて子どもっぽいことも言っていた。
毎日話を聞いて、毎日涼太と夜を過ごして。
同じ4月20日を繰り返すのに、それは全く同じではなくて。
日々、俺の知らない涼太をひとつずつ知っていく。
今日はどんな発見があるだろう。
今日は何も無かった。
じゃあ明日は何をしようか。
気付けばずっと涼太を考えて、涼太の一挙手一投足に目を凝らして。
もう同じ日を繰り返すのに恐怖は無くなっていた。
むしろ子どもの時みたいに、涼太と遊んでるようで楽しかった。
笑うとかわいいのは、小さい時から変わらない。
その眉尻が下がるのも、歯を大きく見せて笑うのも。
俺の中で、涼太の存在がどんどん膨らんでいく。
それと比例して、どうしてあの日、涼太が泣いていたのかという思いも大きくなっていて。
その理由はきっと俺にあるんだろうけれど、それが何かがいつまで経っても思い出せなくて。
だから、賭けに出てみた。
220日目。
鳴り止まない鬼電を無視して、涼太と1日出かけることにした。
朝、いつも通り6時30分のアラームを止める。
それからマネージャーに「今日、休む」とそれだけをメールして、涼太に電話をかけた。
まだ寝ているだろう涼太が、びっくりしたような寝起きの声で、電話を取った。
「も、もしもし…!?翔太…?なに、こんな朝早く…」
「涼太、動物園に行こう」
「は?」
「俺らが小さい頃、連れてってもらった動物園。今日、このあと迎えに行くから準備して」
「は?え?待って、翔太、今日は仕事…」
「……いいから、行こうよ。涼太」
何かを言いかけた涼太の電話を切った。
それと同時に、マネージャーから電話が鳴る。
だけど俺はそれを取らずに、見飽きたニュースを付けた。
晴れの予報。だけど夕方はゲリラ豪雨。
傘は2本持っていこう。
きっとアイツはなんで?って顔するんだろうけど、夕方になったらその意味も分かるだろう。
鏡を見て、服装をチェックして、それから髪をセットして。
お気に入りの香水を振った。
少しバニラの入った、爽やかな香り。
それから車の鍵を取って、玄関を出る。
混乱しながら待ってるだろう、涼太の元へと車を出した。
家の近くの路上で、待っていた涼太を助手席に乗せた。
お互いに少し気まずい雰囲気で、車が動き出しても暫くは話せなくて。
俺の携帯だけが、ずっとバイブ音を鳴らしていた。
「……翔太、鳴ってる…」
「マネージャーだろ。いいよ」
「よくないよ…。仕事どうすんの…」
「いいんだよ。今日は、ちょっと付き合って欲しい」
「……翔太、どうかした?」
涼太の質問に、俺は答えなかった。
ハンドルを握った手に力が加わって、ただ前を向くだけで、それ以上何も話さなかった。
だって、俺は知ってるから。
今日例え仕事をサボっても、また明日は今日が来る。
お前はこの出来事さえも知らず、オフの1日を過ごす。
俺だけが知ってる、存在しないはずの4月20日。
俺だけが覚えてる、涼太との記憶。
だったら、この1日を使って、もっと涼太を知りたい。
もしかしたら何かをきっかけに、あの日のことを思い出すかもしれない。
そうでなくても、ただ1度だけでも、涼太と1日過ごしてみたかった。
涼太もそれ以上は何も言わず、ただ流れていく外の景色に目を移していた。
「…ぅ、わ…懐かし…!!」
「ヤバいなあ〜!!こんな古かったっけ」
到着した車から降りて、少し錆びた門の前に立った。
古くからある、都心から少し離れた小規模の動物園。
そんなに大きくもなく、動物の数もそんなにはいないけれど、昔お互いの両親に連れられてきた事が1度だけある。
手を繋いで、怖がる涼太と一緒に兎を触ったり、デカイ亀にふたりして目を輝かせて。
そんな思い出が蘇る。
「行こうぜ、涼太」
「…うん」
券売機で入場券を大人2人分買う。
あの頃タダで入った俺らが、大人のボタンを押すのすら感慨深く思えて。
ゲートの従業員にチケットを渡して、中に入ると変わらない風景がそこには広がっていた。
テンションが上がった俺と、静かに喜んでいる涼太。
ひとつずつ檻を回って、あの頃のようにはしゃいで見ていく。
触れ合いゾーンで抱いた兎は、あの頃より小さかった。
「…大きくなったね、俺らも」
「もう30だからなぁ〜。ヤベぇじゃん。おじさんじゃん」
「自分で言う」
「ヤダわぁ〜!!涼太なんてこないだ誕生日迎えたばっかだからな」
「翔太の方がおじさんということで」
ふたりして顔を見合せて、声を出して笑って。
ただただ楽しく時間を過ごしていく。
途中、休憩で買ったソフトクリームをお互いに食べあいっこもした。
選びきれなかった俺に、わざわざ自分の食べたいものではなくて、俺の食べたいのを注文して半分こしてくれた。
精神面は涼太の方が上だな、なんてこういう時にふと、また新たな一面を見る。
涼太の目が細められて、俺と目線が合う。
その目に映る俺を、涼太はどう思ってる?
「…涼太、楽しい?」
「うん。すっごい、楽しい」
「そりゃ良かった」
立ち上がって、行こ、と言うと涼太も立ち上がって、またふたりで歩き出す。
それからまだ見てなかった場所を見て回った。
何気ない会話をしながら、時おり合う目線の意味を考えて。
俺もまた、ずっと涼太を目で追っていて。
時計を見れば午後14時。
そろそろ曇り始める時間。
車に戻って、帰る道中で雨が降り始めるだろう。
それは段々強まることも知っていたから、涼太にそろそろ出ようかと促した。
「さすがに腹減ったな。どこか食べていく?」
車に乗り込んで、シートベルトを差し込みながら涼太へと話しかけた。
涼太もシートベルトをしながら、そうだね、と答えて。
「なに食べたい?」
「ん〜魚かな。肉はちょっと…動物園の後だし…」
「それ言ったらこないだ佐久間、水族館のあと寿司食い行ってたからな」
「ヤバいね、佐久間サイコパスじゃん」
くすくす笑いながら、涼太が口元に手を持っていく。
指先が分厚い唇を押して、少し噛む。
あ、今、コイツ何か言いたいことがあるんだ。
ずっと見てたから分かる癖。
瞬きをして、ゆっくりと涼太に目を合わせた。
瞳が揺らぐ。
フロントガラスに雨粒がパタッと落ちて、音を立てた。
シンとした車内に、降り始めた雨音が響いて。
「……涼太、お前、なんか言いたいことあんだろ」
先に口を開いたのは俺の方。
驚いたように涼太が目を開いて、それから眉根をぐっと寄せて、眉尻が下がった。
少し開いた口元が、何かを言いかけては閉じる。
「…翔太、なんで今日、俺を誘ったの」
少し震えた声で、涼太が真っ直ぐに俺を見て言った。
今度は俺の方が言葉に詰まった。
なんでって、それは、お前を知るためだよ。
なんて言っても、伝わらないだろう。
実はもう、220日目の4月20日を繰り返してるんだよ。
お前が知らない4月20日を幾度となく繰り返して。
俺は涼太を知っていくのに、この記憶すらも涼太には残らない。
ふたりで笑いあった事も、兎を抱いたことも、ソフトクリームを分け合ったことも。
涼太は明日になれば何も覚えていない。
俺だけがまた、取り残された1日を過ごしていく。
「…今日オフなのが、涼太だけだからだよ」
「…そう。でも、なんでわざわざ仕事蹴ってまで?」
「たまにはいいだろ。気分だよ、気分」
エンジンをかけて、ハンドルを握る。
その片手に、パシッと止めるように涼太の手が重なった。
ドク…と心臓が脈を打つ。
薄暗い雲が、影を落としていく。
空は雷鳴を轟かせて、段々と雨粒が大きくなって。
重ねられた手の感触。
俺はこれを確かにどこかで憶えてる。
どこで…?どこだ……。
迷走する記憶を手繰り寄せて、だけども砂嵐のように思い出せそうで思い出せない。
笑ってる涼太と、それから涙を流した涼太。
俺はあの日、なんでお前を泣かした?
俺はあの日、お前に何を言ったんだろうか。
「……翔太はさ、俺の気持ちを分かって言ってんの?」
ゆっくりと開かれた口から零れた言葉が、俺の耳に届く。
少し目にかかった前髪から、寂しそうな目が向けられていた。
「…な、に…」
「っ…ごめん、何でもない。忘れて」
「涼太…」
「ごめん。帰ろう、翔太」
それ以上、何も問えなくて。
帰りの車内は静かなまま、涼太はずっと外を眺めていた。
飯は、なんて、もう今更この空気で聞けなくて。
多分これは直帰のパターン。
目線を逸らすのは、怒っているから。
……本当に?
他に何がある。
なんで急に、そんな風になるんだ。
分からない。
宮舘涼太という人物が分からない。
あの日のままで止まっている俺の中のお前の顔は、鉛筆で黒く塗りつぶされたように表情が見えなくて。
寂しい。
悲しい。
笑って。
俺を見て。
知らない君を、知ったように思ってた。
だってずっと傍に居たのは俺だから。
なのに今は、ずっと分からない。
分かったつもりで、だけど明日はまた知らないお前がいる。
朝、涼太を拾った路上に、涼太が降りる。
傘を渡そうとしたが断られた。
走ればすぐそこだからと。
だけど、ドアを閉めても涼太は俺が車を出すまでそこに立っていた。
びしょ濡れになっても、動かなかった。
すぐの赤信号。まだバックミラーに映る涼太を見て、ハンドルを叩いて、顔を埋めた。
「……分かんねぇよ…」
また知らない朝が来る。
昨日の君はもういない。
それが俺にとってどんなに辛いか、お前は知りもしないんだろう。
「俺の気持ちも分かってねぇくせに…」
涙が落ちた理由は、俺自身も分からない。
ただ虚しさだけが胸を締め付けていた。
301日目。
あれからずっと、俺は変わらずにループを繰り返している。
ただ、違うことはあれから涼太には会っていない。
仕事に行く日もあれば、日がな1日ベッドの上で寝てる日もあった。
涼太の言葉がずっと頭の中を反芻して、それを考えるのに疲れてしまって、眠って、また朝が来る。
ずっとそれの繰り返しだ。
会わなければ解決しない。
だけど会ったところで何になる。
俺はいつまでループを繰り返す。
何がきっかけで終わるのか。
考えれば考えるほど、むしゃくしゃして。
意味のない1日を過ごしていく。
3日間ほど閉じこもって、久しぶりに外に出た。
同じ仕事。同じ内容。
ふっかがこのあと零す水を、真ん中に寄せてあげる気力もなくて。
「うわー!!零した!なべ!なべ!!タオル!」
「そんなもん放っときゃ乾くわ」
「はぁ!?いや、いいから!ちょ、マネージャー!タオル!」
ギャーギャー騒ぐふっかを置いて、ふらりと楽屋の外に出る。
自販機の前に立ち、ボーッとしてると、横から伸びてきた手が勝手にりんごジュースのボタンを押した。
ガコンと落ちてきたジュースに、「あ」と声が出た。
それを拾い上げたのは、阿部ちゃんだった。
「勝手にゴメンね。ボーッとしてる時は、甘いもん取りな」
「……Hey、阿部」
「おぉ…なに急に…」
「とある人物を泣かせたとして、なんで泣かせたかも分かりません。覚えてません。で、その前…というか、ちょっと時系列ごちゃごちゃなるんだけど…気持ち分かって言ってんのって言われて……なんかもう全部わかんなくて…」
「情報過多だね…。ん〜でも、それって恋愛系な話?」
「恋愛…?」
きょとんとした顔で阿部ちゃんを見ると、同じようにきょとんとしたあざとい顔の阿部ちゃんが俺を見ていた。
「ごめん。よく状況は分からないんだけどさ、泣かせたのと、気持ち分かって言ってんのって言われたんだよね?ただの喧嘩なら、翔太はきっと気付くでしょ?俺が悪かったって」
「そりゃ…」
「それはさ、好きな相手にしか言わないセリフなんじゃないかな」
「……好きな、相手…?」
阿部ちゃんの手から、俺の手のひらにりんごジュースが置かれた。
阿部ちゃんが俯いた俺の顔を覗き込むようにして、少し笑った。
「翔太のそんな顔、初めて見たかも」
「…るっせぇ」
「解決したっぽい? 」
「ん…どうだろ。まだ、コレからかな」
俺も笑って、ペットボトルのキャップを回した。
喉に流したりんごジュースは甘くて、少し酸っぱかった。
楽屋に先に戻った阿部ちゃんの背中を見送って、ポケットから携帯を取り出した。
「────もしもし、涼太?今日さ、ご飯行かね?」
もう一度、涼太に会う。
結局答えなんて、多分そこにしかなくて。
「お待たせ、翔太」
316日目。
今日も俺は涼太を呼び寄せる。
居酒屋の暖簾をくぐって、個室へと案内されてきた涼太が引き戸を開けて入ってきた。
夕方のゲリラ豪雨は少し雨足を弱めて、ほんの少しだけ涼太の方を濡らしていた。
上着を脱いで、ハンガーにかけて、俺の対面に座る。
「烏龍ハイ?」
机に頬杖をついて、メニュー表を渡しながら俺が言うと、まんまるな目をした涼太が笑って「よく分かったね」と言った。
数品のメニューを注文して、他愛もない会話を繰り返す。
前にした話も、涼太は覚えていない。
もうすぐ1年が経とうとしているのに、涼太の中の俺はずっと新しい俺のまま。
俺はずっと、知らない涼太を知っていってるというのに。
それが寂しいようで、でも反応を見るのが楽しいとすら思ってる。
「翔太、これ美味しいよ!」
「…知ってる」
「え?前、来たことあるっけ」
あるよ、なんて言わない。
俺だけが知ってるお前だから。
でも、前に来た時とは違う。
涼太が俺を見る目も、俺に触れる手も、俺を見て紡がれる言葉も、今ちゃんと意味を持ってることを理解してる。
阿部ちゃんに言われた日から、ちゃんと考えた。
俺の気持ちを分かって言ってんのって言った、涼太の気持ちを。
それを踏まえた上で、涼太がそういう目で俺のことを見ていたのかと視点を変えてみた。
そしたら、ひとつひとつの仕草も、言動も、確かに全部が俺を優先していて。
たまに合う視線が、愛おしそうに、だけどどこか寂しそうに俺を見る。
本当に、涼太は俺のこと…。
だけど確信が持てないのは、俺がそういう目で見てなかったからだろう。
始まりの日、涼太が泣いていたのと関係があるとすれば、きっとコレだと思う。
のに、進まない。 進めない。
美味しそうに焼き鳥を頬張る涼太をただ眺めて、自分自身がどうしたいのかで悩んでいた。
323日目。
今日も夕方、雨が降る。
傘を持って、マネージャーからの連絡が来る前に家を出る。
楽屋について弁当を食べてるふっかが水を零す前に、真ん中に寄せてあげた。
不思議な顔をするふっかは相変わらず変わらない。
俺はそれを、ただ笑って。
楽屋を出て自販機へ。
りんごジュースではなく、ブラックのコーヒーを押した。
それから、電話を手にいつも通り涼太の声を聞く。
窓から空を見あげれば、黒く覆われた雲から空が光って。
この後のゲリラ豪雨。
だけど涼太と会う時には小雨。
もうずっと、分かってる。
進まないのは俺だけだった。
「────もしもし、涼太?」
なに?と返ってくる返事。
この声を聞くのも、もう慣れた。
瞬きをして、ゆっくりと目を開ける。
雨粒が窓を徐々に濡らしていくのを、指先を添えて眺めていた。
涼太、今お前は何を考えてこの電話を取った?
俺からご飯に誘われて、どんな気持ちでいつも俺の前に来てた?
普段通りに振る舞っても、知らなかったお前がいっぱい居たよ。
俺は何にも知らなかった。
知っていたようで、涼太の事、きっと1ミリも理解してなかった。
だから知るよ。もっと、お前のこと。
教えろよ。全部、俺は記憶していくから。
「ご飯行こうよ、涼太」
「なに、急に…」
「いいから。19時に〇〇〇って店で」
「分かった」
電話を切って、楽屋へと戻る足はいつも以上に軽かった。
ループが始まって1年を目前にして、眠りにつくベッドの上で天井を眺めていた。
今日も涼太とご飯に行って、涼太の目線に、癖に、仕草に、言動に目を凝らしながら新しい一面を探していく。
いつから、涼太は俺のことをそんな目で見ていたのだろうか。
瞼を閉じた裏に、これまでの涼太を思い浮かべる。
箸を持つ時の癖。
感情で変わる仕草。
ちょっと変なこだわり。
苦手なもの、好きなこと。
1年分の全部とは言わないけれど、知らなかった涼太を知れた事は、俺の中で意味のある1年だったと思う。
364日目が終わる。
365日目が来る。
目を閉じて、起きたその先、きっとまだ4月20日。
1年前の俺が知らなかったこと。
1年後の俺が知ったこと。
全てはきっと、意味のあるループだった。
そう考えて、そのまま眠りについた。
ただひとつ、変化をつけて。
夢を見た。
この1年自体が夢みたいなもので、夢を見たなんて記憶もなかったのに、その日見た夢は鮮明で。
あの日、泣いていた涼太が目の前に立っている。
外は小雨。
傘は持っていない。
俺と涼太の肩を濡らして、涼太が俺に何かを言う。
俺は友だちとサウナに行く約束をしていたから、その言葉を適当に流して、口にする。
『冗談はよせよ。シャレになんねぇって』
笑いながら放った言葉。
何も返さない涼太を見る。
少し俯いた顔、雨で濡れた前髪から覗く目が、俺を捉える。
無理に笑う顔が印象的だった。
雨とは違う、一筋溢れた涙。
そこでハッと目が覚めた。
6時半のアラームが鳴る。
じんわりと額に滲んだ汗と、少しの動悸。
腹の上にかけていたブランケットをギュッと握りしめて、見慣れた天井に息を吐く。
時計を見れば、4月20日。
365日目の今日。
さっき見た夢を思い返して、腑に落ちた。
あぁ、このループを作り出したのはきっと俺だ。
そう思った途端に、自然と涙が溢れ出た。
今すぐ涼太に会いたい。
でもまずは仕事をする。
いつも通りを過ごす。
夜が来るまで、俺は変わらない日常を過ごして、それから小雨の降る夜に、涼太を呼び出すのだ。
涙を拭って、ベッドから降りて、見飽きたニュースをつけた。
「ふっか、水、零すぞ」
「んぁ?なに翔太、なんかおかしくね?」
「…なんもおかしくねぇよ」
「そ?ならいいけど〜」
美味しそうに弁当を頬張るふっかを見て、少しだけ笑った。
椅子から立ち上がって、自販機へ。
今日の気分はカフェオレ。
少しだけの変化。
天気はいつも通り。
ポケットから取り出した携帯を握りしめた。
瞼を閉じて、深呼吸をする。
それから、コールのボタンを押した。
「────涼太、話があるんだ。19時に事務所の屋上に来て」
いつもとは違う場所。
あの日、俺が涼太に呼び出された場所。
会ってないんじゃない。
俺は確かにあの日、オフだったはずの涼太に呼び出されていた。
少しでいいから話があると、小雨の降る中、手を引かれて人気のない屋上へと連れてこられて。
雨の中、傘も持たずに向き合って。
濡れるのが嫌だったのと、友だちとの約束があるからと急いでた俺は少しイラついていて。
ちゃんと聞けばよかったんだ、お前の話。
どうして気付かなかった。
どうして思い出さなかった。
こんな大事なこと────。
屋上でひとり街並みを眺めていると、ドアが開く音がした。
走ってきたのか、肩で息をして、雨か汗か分からないほど前髪が濡れている涼太が居た。
静かにドアが閉まる。
俺は涼太へと一歩踏み出した。
「───翔太、なに?どうしたの…ッ」
息を切らした涼太の胸に、そっと頭をもたれた。
涼太の心臓の音が聞こえる。
走ったから?俺がいるから?
その鼓動の速さの意味、今なら分かるよ。
「…ごめん、涼太」
そう口にして、ゆっくりと涼太を見上げた。
訳がわからないと言った顔をしてる。
そうだよな、本来はお前が俺を呼び出したんだ。
俺があんなこと言ったから、存在しないはずの4月20日を繰り返してる。
やり直すために。
……いや、違う。
きっとお前をちゃんと知る為に。
「お前はこんなに勇気をだして言ってくれたのにな…。なんで冗談なんて思ったんだろ」
「翔太…?何言って…?」
「心臓が痛ぇよ、涼太。人を好きになるって、こんなに辛くて、難しいんだな」
「……翔太?」
涼太の服を握りしめる。
小雨がふたりを濡らしていく。
あの日と違うのは、俺の気持ち。
やっと追いついた。
追いつけた。
知らなかったんだ。
人を好きになるのも、想われるのも、それを伝えるのも簡単では無いこと。
お前は何も知らない俺に、それでも伝えてくれた。
きっと苦しかったんだろう。
振られるのも覚悟で言ってくれたんだろう。
それなのに、お前の涙が忘れられなくて、この不思議なループを繰り返すだなんて、俺は相当バカなんだと思う。
だから今度は、俺から言わせてよ。
あの日の俺を払拭させて。
この気持ちが嘘じゃないことなんて、1年かけて俺は知ったから。
「涼太。俺は、お前が好きだよ」
涼太の目が見開いて、声を無くした。
何かを言おうとする唇が震えてる。
それから、遠慮がちに肩に添えられた手が背中に回って、俺を抱きしめた。
俺もそっと涼太の背中に手を回して。
滅多に泣かない涼太が、泣く時は静かに泣く涼太が、肩を震わせて声をあげて泣いた。
そっと頭を撫でて、心の中で「ごめん」を繰り返した。
あんなに大きく思えた背中は、俺の中で小さくなって。
「遅くなってごめんな、涼太」
聞こえてないだろう背中に、小さく言葉を落とした。
6時半のアラームが鳴る。
それを止めて、ベッドの中、うんと背伸びをした。
ベッドから降りて、カーテンを開けると快晴。
何ら変わらない日常の始まり。
だけど、日付は4月21日を示していた。
歯磨きをして、今日のスケジュールを確認する。
昼間からのレコーディング。
夕方は撮影。
夜はラジオ。
今日も慌ただしくなる予感。
こんな朝早くに起きなくても良かったのかも、と少し口元が緩んだ。
二度寝しようかと思っていたところで、携帯が鳴った。
表示を見て、やっぱりこのまま起きてようと決めて、珈琲を入れるためにキッチンまで行く中、その電話を取った。
『おはよう、翔太』
愛しい声。
新しい君。
俺の知らない1日と、また新しい君を知る1日が始まっていく。
「────おはよう、涼太」
END.
昨日の今日で2作書き上げて、何してんだ私は。
なんか凄い悩んでたのにめっちゃノリノリで一気に書けました。
ずっと書きたかった作品のひとつです。
さすがにそろそろ黙って勉強する…( ᷄ᾥ ᷅ )
しばらく時間置いてリクエスト消化していきます…!
(とか言ってすぐまた上げそう)
読んでいただきありがとうございました!
コメントお待ちしております〜✨️
コメント
12件
天才だ…映画化しましょう!?!?❤️💙
天才かよ(知ってた で、ここへ来てのハイペース更新やばすぎ。 これだけの練られた、濃度の濃いお話を書ける筆力! 天才かよ(2回目 途中で出てくる💜と💚ちゃんにキュンです←癖www
これはすごすぎます、、、🤦♀️ nbがdtの想いに気づけなくてずっと繰り返しちゃうところも、やっと気持ちに気づいて伝えるところも、全てが切なくて美しすぎる、、 366日を超えてゆり組はくっついたんだぁ…最後のおはようで感動しました🥹