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千紘はうーん、と一旦考えてから「そもそもなんで凪はセラピストやってんの?」と尋ねた。今まで疑問に思わなかったわけじゃないが、凪も男だし単純に性への好奇心だとか、好きに女性に触れられるからという単純な理由だと勝手に思っていた。


「単純に稼げると思ったから」


凪は腕を上げて目線だけを千紘に送った。この質問には慣れているのか平然と答える。


「客にもそう答えるの?」


「そんなわけあるか。客には興味あったから、とか適当な理由つけるよ。本来は金。それ一択」


「稼げる自信あったんだ?」


「自信とかはなかった。でも需要が増えてるのはわかってたし、知名度も上がってきてたからまあ、普通の仕事よりは稼げるかなって」


凪は仰向けのまま真っ直ぐ天井を見つめた。薄暗い照明が微かに照らし、そこに影が差し込む。


「お金に困ってるの?」


「んー? 別に」


「嘘だ。金への執着が凄い」


千紘は横向きになって腕を立てると、掌で自分の頭を支えた。天井を見つめる凪の横顔に目を向けた。


「執着ね……。それはある。うち、片親で金なかったんだよね」


凪がポツリと言った。凪から家庭の話をするのは初めてで、千紘は少しだけ瞼を上げた。


「お母さん?」


「うん。離婚して、俺と兄貴と2人抱えて」


「大変だ」


「あんまり食うものとかもなくて、小中学校ん時は給食が楽しみだった」


「そっか……」


「でも、給食費とか払えないからさ、チクチク教師に言われたりすんの。それが子供ながらにすげぇ嫌だった」


「うん」


千紘は相槌を打ちながら、凪の言葉に耳を傾けた。


「高校はいけたけど、大学までは無理で。兄貴は高卒で働いてから自分の金で大学行った」


「へぇ……凄い」


「でも俺はそこまでする気力はなくて。なんもやりたいことがないまま、普通に就職して安月給でたらたら仕事してた」


凪はそこになんの思入れもないのか、無表情のまま話を続けた。


「高校の時もバイトしてたから、金を稼ぐ大変さはわかってるつもりだったよ。母親には感謝してたし。グレることもなく普通に学校行って、普通に仕事してた」


凪は視線を変えないまま口を開く。


「元々金がない中で育ってきたから、金が入ったことで貯金もせずに思う存分使ったこともあった。それなりに楽しかったこともある」


「うん」


「でも、働いてる意味はずっとよくわかんなかった。生活するだけならそんなに頑張る必要ないし、親孝行するったって母さんも休みなしで働いてたし」


「2人とも就職したあとも?」


「そう。母さんが亡くなって知ったけど、結構借金あった」


「え!? お母さん亡くなってんの!?」


話の急展開に、千紘は思わず身を乗り出した。母親にどんな親孝行をしてやったんだろうか、なんてのほほんと考えていたからだ。

急に距離が近付いたにもかかわらず、凪はそれも想定内だったのか表情1つ変えずに小さく頷いただけだった。


「体調悪いの言わなかったんだよな。倒れて運ばれた時には癌の末期だった」


「……そう。それで、借金だけ残っちゃって凪はこの仕事してんのか」


全貌が見えた気がして千紘は同情するかのように目を伏せた。しかし凪はようやくチラッと千紘に視線を移すと「いや? 俺そんなこと言ってないけど」と眉を上げた。


「は? え?」


ぽかんと口を開けたまま、千紘は体を硬直させた。


「母さんが死んだ後、離婚した父親が連絡してきて残った借金全部返済してくれた」


「お、おう……そうなんだ」


一見お涙ちょうだいの話かと思いきや、直ぐに現れた救世主に、千紘は頬を引きつらせた。


「よく払ってもらったね。凪の性格だったら、今更父親面すんなとかいいそうなのに」


「言った言った。母さんにあんなに働かせて何してんだって。でも、親父の話聞いたら色んなこと発覚してさ。俺達は親父が女作って出てったって聞いてたのに、男作ってたのは母親の方で、しかも親父が振り込んでた俺達の養育費も使い込んでやがった」


「うわぁ……」


またもや急な展開に、千紘は言葉が思いつかなかった。凪も思い出したくもない、と言ったように天井を軽く睨んだ。


「休みなく働いてたと思ってたのは、単純に男の家に転がり込んで帰ってこなかっただけ」


凪はひょいっと眉を上げた。千紘にはいくつか疑問があった。それらも父親から聞いた話なのだろうか。この凪が何年も会っていなかった父親だけの話を鵜呑みにするだろうかと。


「一緒に住んでた男が訪ねてきてさ。線香あげさせてくれって」


千紘の疑問は凪の言葉によってすぐに解決する。それも度肝を抜かれる展開だった。


「えー……」


「しかも、向こうには連れ子がいてさ。そっちは今高校生かな。相手は公認会計士だって」


「住む世界が違い過ぎてなんとも……」


「事実婚ってやつ? 籍は入れてなかったみたいだけど、俺らそれも知らなかったし」


「全く気付かなかったの?」


「気付かなかったね。高校も奨学金借りてて、俺も兄貴も自分たちで返済してたからずっと働いてたし」


「……ごめん、なんか言葉がなんも浮かばない」


千紘は気の利いたセリフの1つや2つ浮かぶものかと思ったが、予想外の家庭環境になんて声をかけてやればいいのかわからなかった。


「ああ、別にいいよ。結局奨学金も全部返済してもらって俺も借金なくなったし」


「そう……。お母さん、いつから?」


「さあ。そこまで詳しくは聞かなかった。別にもういいやって思って。今高校ってことは俺と10個くらい離れてるし、向こうの子供も母さんのことお母さんって呼んでたから、向こうの子供が小さい頃からじゃね?」


「嘘だろ……」


千紘はさすがに顔を引き攣らせた。2つの家庭を同時に、それも子供2人は家に置き去りにしているのだ。


「たまには家にいたし、夜の仕事してると思ってたから不思議に思わなかったんだよなぁ……」


凪は、頭の下で両手を組んで軽く首を傾げた。


「夜の仕事……凪ってお母さん似でしょ?」


「あ? ああ、そうかも」


「じゃあ、お母さん凄い美人だ」


「まぁ……。若い頃はな。多分あの男も客だと思う」


しかめっ面の凪を見て、千紘は母親の影響もあってこの仕事をしてるのかもと何となくそう思った。

ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

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