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「お母さんが夜の仕事してたから興味あったの?」
千紘は疑問をそのまま口にした。複雑な家庭環境を聞いたら、その先も知りたくなった。
「それとは別なんだよなぁ。ホストは興味なかったし、とりあえず金になればいいかって思った。No.1になったら、それなりに可愛い子も指名してくれるようになったからラッキーって」
「じゃあ、お母さんがお客さんと一緒に住んでた気持ちもわかるんだ?」
千紘はそう聞きながら切ない気持ちになった。凪の言い方は、既に可愛いと思っている客が指名してくれていて、それを喜んでいるようだったから。このまま凪も客と一緒に住み始めたりするのかもしれない。なんて事を考えた。
しかし凪はおかしそうにははっと乾いた笑いで肩を揺らした。
「ないない。そもそも風俗に通ってるような女を彼女にしようなんて思わない。彼氏いる子もいるし、既婚者もいる。本気で惚れてくれる子もいるけど、他のセラピストを指名してても店が違えばこっちはわからない。しょせん金だけの繋がりでしかないんだから、信用なんかできないし」
「んー。じゃあ、可愛いと思うだけってこと?」
「どうせ仕事するなら、可愛い子の方がいいって話。根本的には全員金にしか見えないから仕事は仕事」
「けっこうドライなんだ……」
千紘は意外そうに目を瞬かせた。セラピストは皆、女の子が大好きで隙あらばセフレにしたがるようなオトコばかりだと思っていたのだ。
現に、千紘がカットを担当していた原木はそうだった。お客さんとプライベートで会ってるだの、付き合ってるだのという話をよく聞いた。その時点で店にとっては裏切り行為である。正義感の強い凪はそんなことをしないだろうと思っていても、心のどこかで凪も男だし……と疑っている自分もいた。
「まだお金が必要なの?」
千紘は本番行為をしてまでNo.1で居続ける凪の心情までは理解できなかった。辞める気はなさそうだし、金に困ってると思うのが妥当だった。
「ん? 別に困ってないよ。そこそこ貯金もできたし、多分知り合いと比較しても俺は稼いでる方だと思う。さっき言った通り、もう借金もないし」
「じゃあ、なんでまだ固執するの?」
「金に執着してるのは、子供の頃みたいな貧乏生活には戻りたくないから。生活水準を上げたら、そう簡単に下げられない」
「そりゃそうだけど……」
「続けるのは、今の俺にはそれしかないから。兄貴は結局大学行って資格取って働いてるけど、俺は高卒で適当に工場とかで働いてて。セラピストは今しかできない仕事だし、技術があれば客がつく。結果が出ると、認めてもらった気分になる」
まだ天井を見つめたままの凪。千紘は、そんな凪の横顔を見ながら、なんとなく流れてくる哀愁に気付いた。
……そういうことか。金、金言ってても結局は必要とされることに飢えてるわけか。母親は自分達を捨てて他の家庭に入り浸っていたようなもんだし、多分いらない存在だって思ったこともあったんだろうな……。
相手が女の子なら、母性を感じることができるし、求められれば自分の価値を感じることができる。本番を断って客が離れていくのを怖いと感じるのは、不要だと言われた気分になるから。そんなところかな……。
千紘はそんなふうに凪の心情を分析した。同性愛者である千紘は、凪と境遇は違えど少し理解できるところがあった。
自分はとても少数派の人間で、男の体に生まれてきたからには女性に恋愛感情を抱くのが普通だとされていた時代に生まれた。今ほどLGBTQが認識されていたわけじゃない。
子供の頃は、それを隠すのに必死だった。好きな男の子がいたが、悟られたら嫌われる気がして怖くて言えなかった。
自分の気持ちを真っ直ぐ言えるようになったのは、初めて彼氏ができてからだ。受け入れてくれる人がいると思えて初めて自分の気持ちをさらけ出すことができた。
きっと凪も、これ以上誰かに嫌われたり疎まれたりしたくないんだろうと思えた。
「凪には俺がいるよ」
千紘はほぼ無意識にそう言った。千紘にとって凪は必要な存在で、何がなんでも手に入れたい人。
誰かが離れていくのを怖がったり、自分の存在意義を疑ってほしくはないと思った。
凪は視線だけ千紘に向けると、おかしそうに鼻で笑った。
「なにそれ。お前が1番側にいたら害なんだってば」
「でも多分俺が1番凪のこと必要としてる。他の客よりも」
千紘がそう言えば、凪はピクリと眉を持ち上げた。穏やかな顔で微笑む千紘は、とても初対面で自分を犯した人間には見えなかった。
「何でそこまで必要とされてんのかわかんねぇ」
「え? 好きだからでしょ?」
「理由は聞いた。でも、正直あの程度の理由でここまで追いかけ回すほど好きになるとかよくわかんない」
「追いかけ回すって……。ねぇ、凪ってちゃんと恋愛したことある?」
「は? あるよ。彼女だっていたし」
「じゃあ、本気で好きだった?」
「好きだったよ。付き合ってたんだから」
凪はそう言いながら、セラピストになる前に付き合ってきた歴代の彼女の顔を思い出していた。どの子も綺麗だったり可愛かったりで、会う度に気持ちが昂った。
性格いい子もいたし、わがままな子もいた。それでもある程度のことは受け止めてきたし、凪なりに寄り添ってきた自信はある。
「本気で好きになった事があるなら、俺の気持ちがわかるはずなんだけどな」
千紘は疑うような視線を凪に向けた。確かに凪を拘束して凌辱したことは行き過ぎた行動だったし、理解できないと言われても仕方がない。
しかし、好きだから諦めたくないという気持ちは恋愛対象が異性でも同性でもあるものだと千紘は思う。
だからきっと凪は、本気で人を好きになったことがないのではないかと思えた。こんなにも好きでたまらない気持ちを知らないなんて、人生損してる。そう思ってしまうほどに、千紘はこの感情が特別で幸福なものだった。
正直、樹月と付き合っていた時でさえこんな気持ちにはならなかった。それでも樹月のことはちゃんと好きだった。凪の言う好きだったもこれに近いような気がした。