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録音が終わった静寂のなか。
モニターに映る波形がゆっくりと止まり、ないこは深く息をついた。
ないこ:「……やっと、歌えた」
けれど――
そのとき、不意に背後から、重く低い声が聞こえた。
???:「……本当に、そうか?」
ないこ:「……また、来たのか」
振り向いても誰もいない。
だが“それ”は、確かにここにいる。
冥晶でも、聲哭でもない。
もっと根源的な、“存在の土台”のような――
名を持たぬ人格。名前を与えられなかった、最後の“心”。
???:「冥晶は、捨てられた哀しみだった。
聲哭は、受け入れられなかった怒りだった。
じゃあ、俺はなんだ?」
ないこ:「……」
???:「お前が一番最初に殺した“何か”だ。
名前も与えられず、言葉も許されなかった。
ずっと、ただ泣いて、叫び続けてる」
ないこの鼓動が強くなる。
ないこ:「……そうか。
お前は、“感情”ですらなかった。
名前をつける資格すら、俺が奪ったんだな」
???:「そう。だから俺は、名を欲しがる。
叫びながら、ずっと“存在”になろうとしてきた」
ないこは立ち上がり、鏡の前に向かった。
鏡の中――そこには、自分とよく似た“何か”が、歪んだ顔で立っていた。
ないこ:「……名前、つけてやるよ」
???:「本当に?」
ないこ:「これ以上、お前を“無視”なんかできない。
お前も、俺だったから」
ないこの指が、鏡に触れる。
ないこ:「――“哭月(こくげつ)”。
お前は、俺の“月”。
見えない場所で、ずっと俺の裏側を照らしてた」
鏡の中の“哭月”が、ゆっくりと笑った。
哭月:「……遅いんだよ。バカ」
ないこ:「……ごめん」
哭月:「でも、うれしい」
鏡が割れた。
もう“中と外”は分かれていない。
哭月の声が、ないこの中に溶けていく。
三つの声――冥晶、聲哭、哭月。
それらが、今ようやく“ないこ”というひとつの存在に集まりはじめた。
*
そしてその夜、ないこは夢を見る。
鏡の中に、最後の“姿”が現れる。
それはまだ、誰にも見せたことのない“ないこ”。
次回:「第三十七話:影の真名、そして第四の扉」