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#独占欲
#ダークファンタジー
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ドアを開け
その違和感に気付く
(……居る)
いつも帰りが遅い夫が
こんな早い時間に帰宅している
そして
見慣れない靴がある
(……誰か居る)
自宅に
夫が誰かを招いた事など
これまで一度も無かった
そして
その見慣れない靴は
女性用のものだった
ここのところ仕事が立て込み
多忙で遅くなりがちだった
久しぶりの早い帰宅で
遭遇するこの境遇
内心穏やかではないものの
腹を決め
靴を脱ぎ
出来るだけ普段と変わらぬ素振りで
私は
リビングへと向かった
「おかえり」
珍しく夫が帰宅を出迎える
帰宅の挨拶など稀
それもそのはずだった
夫とテーブルを向かい合い座っているのは
——私の母
いぶかし気な顔で
帰宅した私を見つめる母親
——何故母が自宅に?
今まで訪ねて来た事もなかった
その母が何故
予想だにしなかった
母親の来訪に
私は言葉無く固まってしまった
母は
帰宅の挨拶も
久しぶりの枕詞すらもなしに
開口一番
食ってかかる様に言い放った
「ねえ、仕送りどうなってるの?入金されてないんだけど!」
「……」
(……えっ?)
一瞬面食らってしまったが
母の情緒不安定は今日始まった事ではない
「お母さん久しぶり、来てくれたんだね」
「お金振り込んだはずだけど?」
そう
私は毎月
定期的に母親へ振込をしている
そうしなければ
母は良からぬ事を言い出すから
忘れずに振り込んでいる
「あんなんじゃ足りないわよ!」
「先月だって足りなかったじゃない!」
「何度も言わせないで!ちゃんと振り込んでよ!」
「じゃないと私……」
そう……
じゃないと
もうダメとか
〇のうと思うとか
良からぬ事を言い出す
血縁関係
母子関係
家族の絆という名の
繋がれた鎖
家族愛という名の
金の無心
私には
命を盾にした強迫にすら感じる
毎月
定期的に
定額を振り込んでいた
確かにここ最近は
追加で振り込む様に
度々要求があった
その度に私は
追加で振り込んでいた
母の脳内では
いつもの金額では
足りない事を見越して
毎月の金額自体を増やす配慮をして然るべき
そういう事になっているのだろう
長きにわたり
幼少期を共に過ごした母親
その思考はなんとなく解った
「しかもあなた昇進したらしいじゃないの」
「聞いたわよ純也くんに」
「なのになんて冷たい態度なのかしら」
夫はテーブルに向かい
傍らで
無言で俯いていた
当然
フォローの言葉も無かった
私も
言葉が無かった
巻き込んでしまった純也にも
申し訳ない気持ちで一杯だった
母の思考が
母の精神状態が
正常でないのは
大人に成り社会に出た今なら解る
それでも
されど母親は母親
切っても切れない母子の鎖で繋がっている
怪訝な表情で私を見つめる母
「ごめんね母さん、気が回らなくて」
「今手持ち無いから、一緒にATM行こ」
そう言い聞かせ
私は
母親を連れ立ち外出した
***
ATMへ向かう道中
母は
自分が施しを受けるべき理由を
悲惨な境遇として説き
私へ当てつけ
私の配慮の無さへの嫌味を
散々擦り続けた
直接的には口にしないが
それらの全ては
十二分となるお金を振り込まないのが原因で
十二分となるお金を振り込めば解決する
つまりは
そういう事
母は
私にとって母親
私は
母にとって……
——いったい何なのだろう?
再度母親の口座に振り込み
引き出した現金を持たせる
たまには食事でも……
と一瞬過ったが
要件を果たした母は
そんな雰囲気でもなかった
私は
母の状態を気遣いながら
母を駅まで見送った
***
あまりにも衝突な母親の来訪
久しぶりの母との絡みに
どっと疲れが押し寄せる
(純也にも謝らないとな……)
自宅へ戻る道すがら
そんな事を考えながら
ふと思い出した
(なんで純也が自宅に居たんだろう?)
居てもおかしくはないが
こんなに早く帰宅する事など皆無
むしろ度々午前を回る程遅い純也が
こんなに早い時間に
居るのはおかしい気がした
(何かあったのかな……それとも)
(何か理由があるのかな……)
そんな事を頭に浮かべつつ
自宅へと戻った
ガチャ
靴を脱ぎ
リビングへと向かう
純也は
いつもの純也に戻っていた
いつもの既定の位置
ソファにもたれ掛かり
いつも通りスマホを触っていた
「ただいま……」
「ごめんね、なんか巻き込んじゃって」
相変わらず
視線も合わさずに
反応もない
「……まあね」
「母親にはまた押し掛けて来ないようしっかり言っておいてな」
「……」
ごもっともだった
返す言葉もない
「わかった……ほんとごめん」
そして
視線も合わさずに
スマホを眺めたまま
純也は続けた
「お前さ、あの日実家帰ったって言ってたよね?」