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11月22日「いい夫婦の日」ということで、去年書いたものですがせっかくなのでこちらでも。
一年前に書いた話なので、ベルーナで公開された実写映像のネタなんかもありますがご容赦ください
桃視点→白視点→桃視点→青視点
急に呼び出された事務所の自室。
「社長室」なんてのは名ばかりで、実際には自分がそんなに偉い立場だとは思っていない。
何より事務所の人間も無遠慮に居座っていたりする。
今日も俺を呼びだした他メンバーが、まるで自分の部屋のように陣取って先に思い思いに過ごしていた。
「あ、ないちゃん来た」
社長用の椅子に座ってスマホを弄っていたらしい初兎が、ゆるりと顔を上げる。
手前のソファではりうらといむが一台の携帯ゲーム機を共に覗きこんでいるところだった。
あにきは部屋の隅の壁を使って筋トレだかストレッチだかをしている。
「…急に呼び出すなんて、どうかした? 何かあった?」
スマホに届いたメッセージには、詳しいことは一切書かれていなかった。
問いながらも俺はぐるりと視線を辺りに巡らせる。
神妙な面持ちのメンバーはいないので、何か深刻なことが起こったわけではなさそうだ。
「ないちゃん、今日何の日か分かる?」
今日は初兎が主導なんだろうか。
話を進めるあいつは椅子に深く背を預けて足を組むという、尊大な態度でこちらを見上げている。
どうやら今日は「そういう」キャラづけでいくらしい。
ふんぞり返った見た目だけは、俺よりよっぽど社長らしい。
「え?知らない。今日何日だっけ?11月22…?」
言いかけて、「あ」と声が漏れた。
そう言えば毎年この日は世間が騒がしいっけ。
「いい夫婦の日」なんて語呂合わせで、テレビではおしどり夫婦の芸能人紹介や賞の授与が行われるくらいには。
「そう、今日は『いい夫婦の日』ですね!」
…何その作った声音は。
机もソファも占拠された俺は、ただ部屋の真ん中に立ち尽くして初兎を見下ろした。
厨二病全開で何かを企んだようににまりと笑ったあいつは、どこぞのアニメの悪役のようだ。
「せっかくなので、今からドッキリをしかけようと思います」
後ろに反らせていた背中を戻し、初兎は今度は前傾姿勢になる。
机に両肘をつき、これまたどこかのアニメで見たようなポーズを意味ありげに取ってみせた。
「ドッキリ?」
…そう言えば、一人足りなくないか。
察するに今回のターゲットはまろか。
詳細を聞き返しながらも目の前の状況からできる限りの事実を把握する。
「そう。うちのグループで『夫婦』と言えばないふやん? ないふらしいドッキリをまろちゃんにしかけようと思って」
「…ふぅん?」
内容は置いておいて、ドッキリとかおもしろい企画系には目がない。
とりあえず話を聞いてみよう、と俺もソファに近寄った。
りうらといむがぎゅっと身を寄せ合い、あと一人分のスペースを空け渡してくれる。
「どういうドッキリ?」
「じゃじゃーん! いい夫婦の日らしく、ないちゃんが本気の告白をしたらまろちゃんはどうするのでしょうかドッキリ、です!!!!」
セルフで効果音を口にし、初兎ちゃんは「どうだ」と言わんばかりににやりと笑って言う。
…はぁ。「告白する」ことと「いい夫婦」がどう繋がるのかは意味が分からないけれど、初兎がやろうとしていることは何となく理解した。
「それ前にアニメでやったけど」
首を竦めて応じると、初兎ちゃんはがたんと椅子から立ち上がった。
「分かってないな、ないこぉ」と演技じみた声でちっちと舌を打つ。
「あれはまろちゃんとりうちゃんがないちゃんに告白するドッキリやろ? 今回はないちゃんからで、しかももっと本格的にやってもらいたいねん。実写で撮りたいし」
実写ドッキリ…その甘美な響きに誘惑されるくらいには、俺も活動者だなと思う。
「いいじゃん、おもしろそう」とにやっと笑って返すと、部屋の隅から低い声が投げかけられた。
「俺は反対やからな」
あにきだ。壁に手をついた態勢で、こちらを見据えている。
その眉間には深い皺が刻まれていた。
「人の気持ちを弄ぶようなドッキリ、俺は反対やから」
「弄ぶ…って、初兎ちゃんがやりたいのはそんなんじゃないっしょ。それにメンバーがマジな顔で告白してきたら、いくらまろでもドッキリだって気づくに決まってるよ。乗ってくるか怒るか…反応が見ものじゃん」
俺の言葉に、あにきはふーっと息を吐いた。
「…万が一…まろがドッキリじゃなくてマジで受け取って、ないこの告白受け入れようとしたらどうするん」
「えー?そんなことあるわけないって」
けたけた笑って一蹴しようとした俺に、あにきはさっきよりも格段に大きなため息を漏らす。
それから「…勝手にしろ」と呆れたように呟いた。
そもそもさっき言った通り、過去に告白ドッキリなんてものをしかけてきたのは向こうが先だ。
あの時だって俺もさすがに変だと途中で気づいたし、まろだってそうなるだろう。
まぁもし仮に…あにきが言うようにマジに取ったまろが俺の嘘の告白を受け入れてしまったら……うん、その時は誠心誠意謝ろう。
「じゃあないちゃん、僕たちでカメラしかけておくから。めちゃくちゃいい感じにいふくん誘惑してね」
いむが隣から俺の顔を覗き込みながらそう言う。
「りうらたちは別室でモニター見ながら待機してるね」
その更に横で、りうらも自分のスマホを手にソファから立ち上がった。
子供組に呼び出されたまろがやって来たのは、それから数十分後だった。
「おつかれー。あれ、まだないこだけ?」
首を傾げながら部屋に入ってくる。
さっきまで初兎が座っていた椅子に腰をかけ、俺は「ん」と頷いた。
「えー今日何で呼び出されたんやろ。来たら分かるってしょにだに言われたんやけど…ないこ何か知っとる?」
今日の外はここ最近の内で一番冷え込みが厳しかった。
分厚いアウターを脱ぎながら、まろはそう言う。
それを眺めつつ、俺はさっき子供組と打ち合わせた通りに神妙な表情を作った。
そんなこちらのいつもと違う空気に気づいたのか、まろは俺に視線を戻してまた首を捻る。
「ないこ?」と顔を覗き込むような仕草はいつものまろだ。
ごめんな、おもろい動画撮りたいために…なんて心の中で嘯いて、俺はまっすぐその目を見つめ返した。
「…俺がまろに話したいことあるから…って、初兎ちゃんに相談して…」
「話したいこと?」
俺の発した言葉をきれいに繰り返し、まろはデスクの前に立った。
社長用のそれを互いに挟む形で対峙して、俺は椅子に座ったまま青い目を見上げる。
「まろからしたらいきなりな話だとは思うんだけどさ…」
「うん?」
ためらいがちに言葉を絞り出す演技をする。
こういう芝居は苦手じゃない。…いや、むしろ得意な方かも。
内心で舌を出しながらも、表情だけは真剣さを損なわないように意識する。
「…俺、前からずっとまろのことが好きで…」
意を決しての告白を装うために、そう告げた後に少しだけ目線を逸らした。
「こんなこといきなり言われてもびっくりするよな…ごめん」
健気さという皮を被り、俯いてみせる。
…さぁまろ、どう出る?
「どうせドッキリやろ」と企画クラッシャーになるか…一旦は乗るだけ乗って「引っかかるかばーか!」なんて言ってべ、と舌を出すか…。
もし本当に万が一ドッキリだと気づくことなく俺の告白を受け入れてしまったら…全力で土下座でもしよう。
その時はせっかく回してる動画もお蔵入りだな。
…なんて、胸の内で考えていた時だった。
まろはなかなか返事をしなかった。
あまりにも沈黙が長く感じてしまったから、俺はそろりと顔を上げる。
そんな俺の目に映ったまろの顔は、申し訳なさそうに眉を下げた…見たことのない表情をしていた。
「………ごめん、ないこ」
ぽつりとした呟きが、零れるように俺の頭上に降り注ぐ。
「え」と尋ね返す声を発する間もなく、まろは眉を顰めて目を伏せた。
「気持ち…は、嬉しい」
絞り出すような声音だったけれど、やがてぐっと意を決したように再び顔を上げる。
まっすぐに俺を見据え直した。
「ごめん、ずっと言おうと思っとったんやけど……実は…ちょっと前からほとけと付き合っとって…」
少し震えそうな深刻な色を宿したまろの声に、がつんと頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。
思ってもみなかった応えに、俺は用意していた次の手札が全て使い物にならなくなったことを悟った。
…バカだ。何でこの可能性を考えなかった。
ドッキリにひっかかろうがドッキリだと気づかなかろうが、まろなら一旦俺の告白を受け入れてくれるはずだ、なんてとんだ傲慢だった。
優しいまろが、できるだけ俺を傷つけないようにと配慮しながら言葉を紡ぐのが逆に身を切り裂くように痛い。
「ドッキリでしたー!!!!何真面目に受け取ってんだよ」
そう言って笑って終わらせればいいだけの簡単な話だったはずだ。
だけどその最後の一言すら出てこなくて、俺は自分でも訳が分からないまま、何だか泣きそうな目でまろを見上げるしか術がなかった。
「ちょちょちょちょちょ、どういうこと!?」
隣室にモニターをセットし、僕たちはないふの様子を鑑賞していた。
「ドッキリでしたー!」と乗り込む予定だったのに、思わぬ展開に息を飲む。
手に持った「ドッキリ大成功」のボードが小刻みに揺れた。
今日は「いい夫婦の日」だ。
まるでないふのためにあるような日。
そんなこじつけのような提案をしたのは、この「お互いがお互いを大事に思いすぎている2人」なら、リスナーさんも喜ぶだろう動画が撮れるに違いないと思ったからだ。
ないちゃんが本気告白をしたら、まろちゃんはきっとそれを受け入れる。
ドッキリだと気づいたら乗ってくれるだろうし、気づかずに本気でないちゃんの想いに応えたとしたら…それはそれでおもろいやん?
…さすがに、まさか本気両想いとかになってしまったらリスナーさんに公開はできないけれど。
そう思って提案した企画だったのに、今目の前で繰り広げられた展開は何だ。
思わず言葉を失ってしまう。
こんなのは僕が期待していたものじゃない。
申し訳なさそうにないちゃんを見下ろすまろちゃんが、モニターに映る。
ないちゃんは目を逸らすことも忘れたのか、茫然とまろちゃんを見上げ返すことしかできなかった。
ないちゃんもきっと僕と同じだったんだろう。
まさかまろちゃんの口から「ごめん」が飛び出すとは思っていなかったに違いない。
「…だから言うたやろ」
ゆうくんが、ちっと後ろで舌打ちをした。
「人の気持ちを弄ぶようなドッキリ、俺は反対やって。少なくとも誰かが傷つくに決まっとる」
ゆうくんが続けるそんな言葉は耳には届いているのに、返事をすることができない。
代わりに僕はぐっと唇を噛みしめた。
僕は、ないちゃんはまろちゃんが好きなんだとずっと思っていた。
だけど多分、本人ですらその自覚はなかったに違いない。
今回のドッキリの提案に乗ったのも、単純におもしろそうだと活動者魂がくすぐられたせいだろう。
だけど、きっとないちゃんはもうずっと前からまろちゃんのことが好きだったはずだ。
このドッキリがきっかけで、本人に自分の気持ちを自覚させたいという意味もあった。
だって、演技でも初めて口にしたら自分の奥に秘めていた気持ちを思い知る…なんてこともあるかもしれんやん?
案の定、まろちゃんの返事を受けてショックを受けただろうないちゃんの様子は、「演技」とはとても思えなかった。
多分本人も自分の気持ちにはっきりと気づいたに違いない。
だけどこの展開だけはいただけない。
こんな結末は僕が望んでいたものじゃない。
そう言えばさっきまろちゃん、最後に何て言うた…?
確か……
「…っ」
ばっと勢いよく隣のいむくんを振り返ると、そこでは水色の瞳が申し訳なさそうに揺らめいていた。
「…ごめんしょうちゃん…」
個性的でかわいいと評判の声が、今は泣きそうに震えている。
「しょうちゃんがあまりにも楽しそうだったから、いふくんと付き合ってること言い出せなくて……。それに、まさかないちゃんがあんなに傷ついた顔すると思わなかったから…」
いむくんからしたら、ないちゃんは遊びでドッキリに参戦してくるだけだと思っていたんだろう。
まさか自分とまろちゃんとの関係のせいで、ないちゃんを本気で傷つけてしまうなんて思ってもみなかったに違いない。
「ごめ…しょうちゃん…ないちゃん…」
泣きそうな声で顔を伏せたいむくんの様子に、ゆうくんがもう一度「あー、もう」と呆れたように呟きながらがしがしと頭を掻く。
そのまま顎で隣の部屋をしゃくり示した。
「とりあえずネタばらしには行かなあかんやろ。あんなお通夜状態で放っておけるか」
ゆうくんがそう催促するから、僕たちは重い腰を上げて隣の部屋へと向かった。
返すべき言葉を失ってしまったまま、どれくらいの時間が経過しただろう。
「ないこ…」
申し訳なさそうな、労わるようなそんな声で俺を呼ぶなよ。
憐れまれている気分になって虚しさが押し寄せ、俺はぐっと息を詰めた。
その瞬間、バンと部屋のドアが勢いよく開かれる。
「たったらーーーー!!!!」なんてセルフでドッキリの効果音を高らかに奏でながら、りうらが一番に部屋に入ってきた。
その刹那にハッと我に返る。
…そうだ、軌道を戻さなくては。
これは企画でしかなかったはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
「まろち、びっくりした? ないくんからの告白どっきりでしたー!!!」
別室のモニターで見ていた4人には、きっと俺の戸惑いと衝撃なんて気づかれてしまったんだろう。
言い出しっぺだった初兎ちゃんは俺に申し訳ないと思っているのか少し俯きがちだ。
まろと付き合っているらしいいむは、俺と目を合わせようとしていないのが分か った。
あにきは最初からドッキリ企画に反対だったから一番後ろで不機嫌そうに腕を組んでいる。
この空気感で気を遣ったりうらが、一番に部屋に入って明るく何事もなかったかのようにネタばらしをする役を自ら引き受けたに違いない。
「ド…ッキリ……?」
目を見開いたまろが、ためらいがちに復唱する。
「…なんや、ドッキリか…」
俺と他のメンバーを順番に見比べてから、あいつは露骨にホッと胸を撫で下ろした。
俺を振ることで傷つけてしまうこと…しかもその理由が同じメンバーのいむであること、それが申し訳なくて仕方なかったんだろう。
「良かった…」
はぁ、と一度大きく上げた肩を、安堵したようにすとんと下ろす。
その様子を見ていた俺は、胸の奥がずきんと痛むのを実感した。
『良かった』って、なんだよ。
俺の気持ちが本当じゃなくて良かった?
俺の告白が本物だったら迷惑だった?
ぎり、と唇の端を噛みしめると、わずかに血の味が広がった気がした。
「いやーすっかり引っかかってたね、まろち!」
りうらが何とか場を盛り上げようと奮闘しているのが分かる。
なのに俺はそれに乗っかってやることもできなかった。
すっかり安心しきったようなまろが、「うっせぇくだらんことすんな!」なんて喚きながらメンバーに突っかかっている。
「…ないちゃん…」
やいやいと盛り上がっている中、初兎がすっとこちらに近寄ってきた。
「……ごめん、僕が軽率やった」
俺の反応からこちらの気持ちになんて気づいてしまったんだろう。
眉を下げて俺より傷ついた顔をしている。
…違う。初兎ちゃんが悪いわけじゃない。
「おもしろそう」なんて思ってそれに乗っかったのは俺自身だったんだから。
それに何と返そうか逡巡しかけたとき、すっといむが俺たちの傍に近寄ってきた。
何だよ、とそちらにゆるりと目を向けると、その手には大きなボードが掲げられている。
「たったらーーーーー!!!!」
先刻この部屋に入ってきたときのりうらと同じテンションの効果音を、セルフで口から発した。
「ドッキリを企画した初兎ちゃんに、逆ドッキリしかけちゃおうぜ企画でしたーーー!!ついでにないちゃんも巻き込まれね」
「「は!!!?」」
目の前の初兎ちゃんと、シンクロしたように大きな声が重なる。
「逆ドッキリ」……??? え、どういうこと?
「え、じゃあまろちゃんといむくんは…?」
恐る恐るといった声音で、初兎ちゃんが何とか言葉を紡いだ。
茫然とした俺はそのまま動くこともできず、初兎ちゃんの口が動くのを見守っていることしかできない。
「付き合うわけないやろ、俺がこいつと!!」
「はぁ!?何その言い方! 僕だっていふくんとなんてごめんですぅー」
ふーんだ、なんてそっぽを向きながら言う2人はもういつもの青組だった。
「え、じゃあゆうくんも…?」
初兎ちゃんがバッと後ろを振り返る。
そこにいたあにきは、腕を組んだ態勢のままにやっと笑ってみせた。
「別に怒っても呆れてもないで。ただ『人の気持ちを弄ぶようなドッキリはするべきやない』っていうんは本音やから。おもろかったら何でもやろうとするお前らにはちょっとお灸すえたろと思って」
「……マジか……」
初兎ちゃんも明らかに安堵したらしく、はぁぁぁぁと大きなため息を漏らした。
緊張の糸が切れたかのように脱力しているのが分かる。
「良かったぁぁぁ。僕もうどうしようかと思って…」
そう初兎ちゃんが呟きかけた時だ。
「ちょっと待ったぁ!!!」
それまで黙っていたりうらが、一際大きな声を上げる。
最年少の珍しい爆音ボイスにその場にいた誰もが耳を塞いだ。
「情報共有わい! りうら逆ドッキリについては何も聞かされてないんだけど!?」
「りうちゃんは…そういう星の下に生まれたんだよ」
「さっきめっちゃ気を遣ったの誰だと思ってんの!? お通夜みたいな状況でりうらが頑張るべきかなと思ってさぁ! めちゃくちゃ気を遣って空気よくしようと奮闘してたのに!?」
「おつかれ」
ぽん、とりうらの肩を叩いてわざとらしく労うような素振りを見せたいむ。
その横であにきが大声で笑った。その時だ。
微かに笑ってその様子を見ていたまろが、ふっと一度目を伏せた。
それから唇の端を持ち上げて作ったように笑い、俺以外のメンバーを振り返る。
「ごめん、ないこと2人にしてくれる?」
そんな言葉に、あにきが頷いて初兎ちゃんの首根っこを掴んだ。
そのままりうらといむも連れて部屋を出て行こうとする。
それを見送っていた俺の背筋を、緊張に似た感覚が一気に駆け抜けていった。
「だからさぁ、『いい夫婦の日』はまろちゃんにドッキリしかけたいんよな」
そんな声が事務所の一室から聞こえてきたのはいつだったか…。
普段それほど声が大きくないはずのしょにだ。
その日はおもしろい企画を思いついたと言わんばかりに興奮気味だった。
扉の隙間を縫って、俺がいる廊下にまで漏れ聞こえてきてしまう。
「ないちゃんがまろちゃんに告白するって実写ドッキリ、どう?」
会話の相手は多分ほとけとあにきだろう。
りうらは今日大学に行かなくてはいけないと言っていたから、まだここには来ていないはずだ。
そして俺も今日は会社での仕事が終わらないと伝えていたから、ここへ寄るとは思ってもみなかったんだろうな。
おもしろそうだのなんだのと、ほとけが甲高い声で同調しているのも聞こえてくる。
あにきの声は一切こちらには届いてこなかったから、多分呆れてるんだろうなとは想像がついた。
いい夫婦の日に「告白ドッキリ」ねぇ…。
確かに、ないこの好きそうな企画ではある。
恐らく初兎にもちかけられたら二つ返事でオーケーするんだろう。
そしてあの大げさとも言える芝居じみた演技でこちらをかき乱そうとしてくるに違いない。
あいにく、それを知っていて付き合ってやるほど親切ではない。
これがもし他のメンバーが仕掛けてくるドッキリだったら、真実を知っても知らないフリをして乗っかってやったかもしれない。
…でもないこは別だ。
頭がいいくせに、自分の奥底の感情には無頓着。
仕事人間で、現状に満足しているからそれ以外の変化を望まない。
恋愛なんて分野に関しては特にそうだろう。
誰かを好きになっても、今の自分の日々の忙しさにそれを組み込むことは億劫に違いない。
だからこそ無自覚に蓋をする。
ないこの感情なんて、本人より周りの人間の方がよく知っているのかもしれない。
だからこそ初兎もこんな提案をしてきたんだろう。
見てるのももどかしくなったというところだろうか。
それは理解できる…できるけれど、大人しく乗ってやると思ったら大間違いだ。
ほとけとあにきを説得できたのか、やがてしょにだが鼻歌まじりに部屋を出ていく。
扉の陰に身を潜めていた俺には気づかずにそのまま軽い足取りで廊下を歩いていった。
それを見やっていると、ほとけも部屋を出ようとしたのかこちらに近づいてくる足音が耳に届く。
初兎と違うのは、そこに立っている俺にすぐに気がついたことだ。
目が合った瞬間に意味ありげににやっと笑ってやると、「…いふくん…いつからいたの」と苦笑いを浮かべながら眉を下げた。
「ちょっと顔貸せよ、ほとけ」
「えぇぇぇぇいやだよ…絶対何かよからぬことの片棒担がされるじゃん…」
心底嫌そうな顔をしたほとけを、元いたその部屋にぐいぐいと押し込む。
中にまだ残っていたあにきも、俺に気づくと困ったように笑ってみせた。
そんなネタばらしを、ないこは呆けたように聞いていた。
口を挟むことも忘れて聞き入ってはいたが、俺が話し終えたときにはバッと顔を上げる。
その切り替えの速さはさすがだと思った。
それまで茫然自失としていた表情がぐっと一瞬で曇る。
「なんだよそれ…!性格わる…!!」
「どっちが」
ふん、と鼻であしらって、俺は社長室のそのデスクの方へと歩み寄る。
まだそこに座ったままのないこの後ろへ回った。
「そもそも先にドッキリ仕掛けようとしたんはないこやんな」
「そうだけど…!でもやっていいことと悪いことってあるじゃん!よりによって、いむと付き合ってるなんて嘘はよくな……」
言いかけた瞬間、ないこは自分でハッと我に返ったように続く言葉を飲み込む。
これじゃほとけと俺の関係に嫉妬したと言っているようなものだと気づいたんだろう。
「…かわいいなぁ、ないこは」
「うるせー!!!!!」
耳まで真っ赤にしたないこは、椅子の背にもたれかかったまま自分の手の甲で顔を覆った。
自身にげんなりしたのか、脱力したように覆ったままの顔を仰向ける。
「なぁないこ。そんでドッキリきっかけとは言え、自覚した気持ちは言葉にしてくれへんの?」
後ろからないこの両肩にそっと手を置いて尋ねた。
指先が…そして手のひらが触れた瞬間に、ないこはびくりとその肩を震わせる。
「4年近くもないこが自分の気持ちに気づかんふりするからさ、こっちは4年も待つしかなかったんやけど」
かわいそうやん俺、とふざけて口にすると、ないこはゆっくりと顔の上から手をどかした。
少し仰向けるようになったピンク色の瞳と、後ろから覗き込むような態勢の俺の目線が交差する。
「……4年? 俺そんなに前から好きだった?」
「それ俺に聞くん?」
はは、と思わず笑みが漏れた。
少なくともないこの俺を見る目が他と違うことは、グループ結成初期の頃から気づいてたよ。
そんな俺を一瞥してから、ないこは小さくため息をついた。
「…ほんとにお前性格悪い…普段は万人に優しいくせに、こういう時は何でそんな感じなんだよ…」
余裕があるというか人をからかってくるというか…なんて不満を、ないこはぶつぶつと呟いている。
頭を抱え込みたいような心境に駆られているのか、今度は手のひらを自分の額に当てた。
いつもぶっ飛んだ思考で人を振り回す人間とは思えない。
ダメージを食らったその顔もかわいいなんて言ったら、本気で拗ねてしまうだろうか。
「ないこには散々振り回されたからなぁ…こっちの気も知らんと好き放題してくれてさぁ」
まぁ…だからさ、と付け足して、俺はないこの首に後ろから腕を回した。
少し前かがみになる態勢で、肩に手を置いていたときよりももっと距離がぐっと詰まる。
「これからは、俺に振り回されてみませんか?」
わざとらしい敬語で耳元にそう囁いた瞬間、ぶわりと沸騰したようにないこの表情が歪んだ気がした。
頬に赤色が差し込み、恥ずかしがり屋のないこらしく照れが隠せない顔。
隠せないならせめてごまかしたいと思ったのか、また声を荒げてきた。
「…っ、どっかで撮った実写動画みたいなセリフ言ってんじゃねぇよ…!」
ないこのがなるような言葉に、にゃはははとふざけた笑いを返す。
息を荒くして抗議してくるないこは、どこまでいっても素直にはなれないらしい。
そんなとこも好きやけど、という言葉は多分怒られるだろうから飲みこんだ。
代わりに後ろからその顎を掴み、頬にちゅっと唇を触れさせる。
その瞬間、湯沸かし器みたいにまた真っ赤になったこの男は本当に成人男性なのかと疑いたくなる。
そんなないこのグーパンチが俺の顎にヒットするまで、あと3秒とかからなかった。
コメント
2件
いい夫婦の日にあおば様の作品が見れて幸せです…ෆ 読んでいてヒヤヒヤしましたがまさかの逆ドッキリとは…そんな発想に尊敬です…😭✨ 4年も無自覚だった桃さんと4年も待ち続けていて青さんの関係が堪らなく好きです…!! しかも夏ツの動画のセリフも登場していて文章ですけど想像が物凄く膨らみました😖🎶 毎回のように心を掴まれてニヤけが止まりません…、!!🥹🫶🏻️💓これからも愛読します!!