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光の閃光が視界を満たした。 次に感じたのは、冷たい風と湿った土の匂い。
――またここだ。
石畳の感触。異世界イルダの空
夜明け前の街は薄い靄に包まれ、青灰色の光が地面を染めていた。
街灯の炎がかすかに揺れ、遠くの塔が影のように霞む。
「……戻ってきたのか。」
ハレルは息をつき、胸元のネックレスを押さえた。
微かな熱が伝わり、心臓の鼓動と同じリズムで脈を打っている。
背後から声がした。
「転移の衝撃にしては落ち着いてるのね。」
セラだった。
銀灰の髪が風に流れ、青の瞳が夜の灯を反射して光っていた。
「境界がさらに薄くなっているわ。
あなたの“観測記録”が両方の世界をつなげてしまっている。」
ハレルは苦い笑みを漏らす。
「俺が原因ってことか?」
「“原因”ではなく、“鍵”。
あなたが見たものは、すでにこの世界にも刻まれている。」
意味はわからない。
だがセラの声には焦りが混じっていた。
「……リオのこと、知ってるか。」
「彼は生きている。でも、追われてる。」
「どこにいる?」
「裏街区。表の記録から切り離された場所。
“改竄者”の監視が強い区域よ。」
ハレルは拳を握る。
「そこへ案内してくれ。」
セラは首を横に振る。
「危険よ。……けれど、止めても行くのでしょうね。」
彼女の声に、どこか諦めと信頼が混ざっていた。
路地を抜ける。
鉄と油の匂いが漂い、腐った木箱が積み上がる裏通り。
下層区“イルダの裏腹”――夜でも陽が届かない場所。
セラの光が道を照らす中、ハレルはふと立ち止まった。
前方に、マントを羽織った男の背中が見える。
肩まで伸びた黒髪が月光に青く光り、鋭い眼差しが闇を裂く。
現実で見た涼よりも、少し痩せ、表情が冷たく研ぎ澄まされていた。
しかし、その瞳の奥には確かに“彼”がいた。
「リオ!」
声が届くと、男がゆっくり振り返った。
「……ハレル? どうしてここに?」
「無事か!?」
思わず駆け寄る。
ハレルの胸の奥で安堵と焦燥が入り混じる。
――現実ではあんなに普通に会えたのに、この世界では敵に追われている。
リオは小さく息をついた。
「お前……また来たのか。ここは安全じゃない。」
「分かってる。でも放っておけない。」
その時、ハレルの目に小さな光が映った。
リオの手の中、焦げた銀の欠片が月明かりを反射している。
「……それは。」
「現場で見つけたんだ。俺を犯人に仕立て上げるための“証拠”として使われた。
でもこれは、俺の物じゃない。」
ハレルは息を詰めた。
――牢屋で見た“軍服の男”が示した証拠。
あれと対をなすような、欠けた破片。
つまり、ひとつのネックレスが“割れた”ということ。
リオは続ける。
「破片の一部が奴らの手に渡り、もう一方を俺が拾った。
何かの“装置”みたいだ。記録を保存してる可能性がある。」
セラが小さくうなずく。
「“観測の鍵”……それが完全な形に戻れば、改竄の正体を暴けるかもしれない。」
リオが目を細め、ハレルを見つめた。
「君のことは、現実でもこの世界でも見てきた。
相変わらずだな。危険でも踏み込まずにはいられない。」
ハレルは少しだけ笑う。
「そっちこそ。状況がどうあれ、冷静なのは相変わらずだ。」
その瞬間、遠くで鐘が鳴った。
警告のように低く、重い音。
「見つかった!」
リオの声に、ハレルの心臓が跳ねた。
路地の奥から、光る甲冑を着た兵たちが雪崩れ込む。
「“観測者”を確保しろ!」
セラの声が鋭く響く。
「走って!」
ハレルはリオの腕を掴み、暗い通路へ飛び込む。
背後で光弾が壁を砕き、粉塵が舞った。
視界が白く滲む――世界が再び崩れ始めていく。