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第59話「千七百四十二歳の訪問者」
インターホンの画面。
若い女性。
黒髪。
長い耳。
見た目だけなら。
二十代前半。
『こんばんは』
そして。
『初めまして』
『千七百四十二歳です』
森野リリカ。
無言。
相沢直人。
無言。
アルト。
無言。
セレナ。
無言。
最初に口を開いたのは。
相沢だった。
「……年齢確認できるものあります?」
森野。
「そこ!?」
相沢。
「だって千七百四十二歳って言われても」
「確かにそうですけど!」
インターホンの女性。
笑う。
『いいですね』
森野。
「何がですか?」
『あなたの恋人』
「……」
『面白い』
森野。
「評価しなくていいです」
セレナ。
立ち上がる。
「ミリア」
『セレナ』
「どうしてここが?」
『知っているから』
「答えになってない」
『千年以上生きると』
『いろいろ知るようになるの』
森野。
「便利な説明!」
アルト。
「入れるな」
森野。
「分かってる」
ミリア。
『聞こえていますよ』
アルト。
「聞かせている」
『相変わらずね』
アルト。
止まる。
森野。
「相変わらず?」
アルト。
「……」
森野。
兄を見る。
「知ってるの?」
「会ったことはない」
「じゃあ何で」
「向こうが一方的に知っているらしい」
ミリア。
『あなたが生まれたときも知っています』
アルト。
「気味が悪い」
『そう言われるのには慣れています』
森野。
インターホン。
「目的は?」
『話がしたい』
「ここでしてください」
『長くなります』
「私たち長寿なので大丈夫です」
相沢。
「俺以外」
森野。
「今そこ強調しないでください」
ミリア。
少し。
笑う。
『リリカ』
「はい」
『あなた』
『エレナに似ていますね』
森野。
止まる。
「母を知ってる?」
『もちろん』
「いつから?」
『彼女が子供の頃から』
森野。
頭。
混乱。
母。
二百九十一歳。
この女性。
千七百四十二歳。
母の子供時代を。
知っていても。
不思議ではない。
でも。
感覚が。
追いつかない。
セレナ。
「中に入れましょう」
森野。
「お姉ちゃん」
初めて。
自然に。
出た。
姉。
セレナ。
少し。
目。
見開く。
森野。
自分でも。
気づく。
「……」
セレナ。
微笑む。
「今」
「言わないで」
「お姉ちゃんって」
「言わないで!」
耳。
大きく。
動く。
セレナ。
笑う。
「あとでもう一回言って」
「言いません」
相沢。
「録音しておけばよかった」
「相沢さん!」
緊張。
少しだけ。
ほどける。
結局。
ミリア。
中へ。
ただし。
玄関。
相沢。
森野。
アルト。
セレナ。
全員。
距離。
取る。
ミリア。
靴。
脱ぐ。
「お邪魔します」
森野。
「普通」
ミリア。
「何が?」
「もっと」
「……」
「千七百歳っぽく入ってくるかと思いました」
「どうやって?」
森野。
考える。
「分かりません」
ミリア。
「靴は脱ぎます」
「日本長いんですか?」
「途中で何度も」
「江戸時代も?」
「いました」
相沢。
「何してたんです?」
「薬草を売っていました」
森野。
「普通!」
ミリア。
リビング。
入る。
テーブル。
座る。
森野。
向かい。
じっと。
見る。
顔。
若い。
肌。
若い。
手。
若い。
本当に。
老化していない。
森野。
「千七百四十二歳」
「はい」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん?」
「正確な出生記録がありません」
「じゃあ」
「千七百三十から千七百五十くらい」
相沢。
「誤差二十年」
ミリア。
「そのくらい誤差です」
森野。
「エルフ怖い」
アルト。
「お前もエルフだ」
「私は百四十三です」
「十分長い」
「相沢さん」
「俺を見るな」
セレナ。
ミリアを見る。
「血液」
「はい」
「あなたが私に送った?」
「そうです」
高橋の検査で。
異常に強い。
老化抑制の特徴を示した。
三人目。
その血。
ミリア。
「私のものです」
森野。
「どうして?」
「あなたに」
ミリア。
セレナを見る。
「気づいてほしかった」
セレナ。
「何に?」
「研究が」
「……」
「間違っていることに」
セレナ。
表情。
硬くなる。
「私はもうやめる」
「遅い」
森野。
「どういう意味?」
ミリア。
「セレナの研究資料は」
「すでに」
「複数の場所にあります」
セレナ。
「そんなはずない」
「あります」
「どこ?」
「北欧」
「アメリカ」
「日本」
「……」
「少なくとも三か所」
セレナ。
「誰が?」
ミリア。
「ソフィア」
森野。
「またソフィアさん?」
ミリア。
首。
振る。
「彼女だけではありません」
「じゃあ?」
「人間です」
部屋。
静か。
ミリア。
「人間の研究者」
「企業」
「投資家」
「そして」
「長寿を望む富裕層」
森野。
「そんなに?」
「長生きしたい人間は」
ミリア。
相沢を見る。
「多いでしょう?」
相沢。
「まあ」
「あなたは?」
「長生きしたいです」
森野。
見る。
相沢。
「でも」
相沢。
続ける。
「何でもしていいとは思いません」
ミリア。
少し。
笑う。
「それでいい」
森野。
「あなたの目的は?」
ミリア。
森野を見る。
「研究を止めたい」
「全部?」
「全部ではありません」
「じゃあ?」
「寿命を」
「商品にする研究」
森野。
「商品」
「はい」
ミリア。
「私は」
「長く生きすぎました」
誰も。
言葉。
挟まない。
「千七百年」
「……」
「国が生まれ」
「国が消え」
「言葉が変わり」
「町が消え」
「家族が死に」
「友人が死に」
「恋人が死に」
「子供も」
森野。
「子供?」
ミリア。
「いました」
「何人?」
「覚えているだけで」
森野。
「覚えているだけで?」
「十一人」
相沢。
「……」
ミリア。
「全員」
「私より先に死にました」
森野。
何も。
言えない。
ミリア。
「長寿は」
「幸福そのものではありません」
セレナ。
「だから私は」
「寿命を短くしようとした」
ミリア。
「知っています」
「止める?」
「いいえ」
セレナ。
意外そう。
「なぜ?」
「自分の寿命をどう生きるかは」
「あなたが決めればいい」
ミリア。
「ただ」
「他人へ使える形にした瞬間」
「話は変わります」
高橋と。
似ている。
森野。
「じゃあ」
「ソフィアさんの研究も」
「止めたい?」
「はい」
「私の血を盗んだのは?」
ミリア。
「私ではありません」
「奪ったのは?」
ミリア。
少し。
間。
「私です」
森野。
「やっぱり!」
ミリア。
「盗まれたものを」
「盗んだ人から」
「取り返しただけです」
相沢。
「法律的には複雑そう」
森野。
「複雑にしないでください」
「今」
森野。
「私の血は?」
ミリア。
鞄。
小さな。
ケース。
出す。
テーブル。
置く。
「ここ」
全員。
見る。
森野。
「持ってきたの!?」
「返しに」
森野。
「家に持ってこないでください!」
ミリア。
「ではどうすれば?」
「病院!」
「なるほど」
「千七百年生きてるのにそこ分からない!?」
ミリア。
「最近の医療制度には詳しくなくて」
相沢。
「江戸時代なら?」
「本人に返します」
森野。
「返されても困ります!」
アルト。
初めて。
少し。
笑う。
森野。
「笑った?」
「笑ってない」
「耳」
「動いてない」
「ずるい!」
翌日。
高橋。
ケース。
回収。
本人確認。
検査。
森野の血液。
ほぼ。
間違いない。
未開封。
大きな汚染。
なし。
ただし。
研究利用は。
しない。
証拠として。
保管。
警察へ。
引き渡し。
森野。
ようやく。
少し。
安心。
会社。
翌々日。
森野。
出社。
田中。
「森野さん」
「はい」
「最近」
「はい」
「顔が疲れてます」
「家族が増えすぎました」
「え?」
「兄が出て」
「はい」
「姉が出て」
「はい」
「千七百歳が来ました」
田中。
「最後だけ意味分からない」
「私もです」
部長。
「仕事できる?」
「仕事したいです」
「じゃあこれ」
資料。
森野。
見る。
「来期予算?」
「そう」
森野。
ほっと。
する。
予算。
売上。
経費。
普通。
仕事。
嬉しい。
田中。
「森野さん」
「はい」
「今日ランチ?」
「行きます」
「相沢さんも?」
森野。
「会社では別です」
相沢。
隣。
「昨日家でそう決めました」
田中。
「同棲ルール?」
森野。
「二十四番目です」
田中。
「増えてる」
昼。
社員食堂。
森野。
田中。
月島。
三人。
月島。
「千七百歳」
「はい」
「会ってみたい」
森野。
「おすすめしません」
「なぜ?」
「年齢感覚が壊れます」
田中。
「森野さん百四十三歳ですよね」
「はい」
「もう壊れてます」
森野。
「最近」
「自分が若者だと」
「本気で思い始めました」
月島。
「私は二百三歳なので」
「私より若い」
田中。
「やめて」
午後。
森野。
デスク。
メール。
一件。
差出人。
ミリア。
件名。
『お願い』
森野。
開く。
『あなたに会わせてほしい人がいます』
森野。
ため息。
返信。
『誰ですか』
数分。
返信。
『私の夫です』
森野。
止まる。
『人間です』
森野。
さらに。
止まる。
次。
『現在、百九十六歳です』
森野。
立ち上がる。
「相沢さん!」
部署。
全員。
見る。
相沢。
「何?」
森野。
「人間!」
田中。
「相沢さんは人間です」
「そうじゃなくて!」
画面。
見せる。
相沢。
読む。
「百九十六歳?」
森野。
「人間で!」
相沢。
「本当なら」
「はい」
「修一さんより」
「七十一歳上」
森野。
すぐ。
ミリアへ。
電話。
「どういうことですか!」
『そのままです』
「何で百九十六歳?」
『分かりません』
「あなたが何かした?」
沈黙。
森野。
「ミリアさん?」
『それを』
「……」
『確かめてほしいんです』
森野。
「誰に?」
『高橋先生に』
「本人は?」
『同意しています』
森野。
「どこにいるんですか?」
ミリア。
答える。
『鎌倉です』
森野。
「近い!」
『海が好きなので』
「名前は?」
少し。
間。
『朝倉冬一郎』
森野。
メモ。
「百九十六歳」
『はい』
「本当に人間?」
『本人はそう言っています』
森野。
「本人は?」
『ただ』
ミリア。
声。
少し。
変わる。
『一つだけ』
「何です?」
『彼は』
『百年前から』
『まったく老けていません』
森野。
黙る。
ミリア。
続ける。
『そして私は』
『彼に』
『一度も』
『自分の血を与えていません』
森野。
窓の外を見る。
もし。
それが。
本当なら。
エルフの血。
だけではない。
別の何かが。
人間の時間を。
変えている。
可能性がある。
そして。
森野は。
嫌でも。
考えてしまった。
自分と。
相沢が。
毎日。
一緒に暮らしていることを。
コメント
1件
ああ、第59話読み終えました。ミリアさん、いきなり「千七百四十二歳です」ってインターホンで名乗るスタイル、好きです(笑)。年齢確認できるものあります?って返す相沢さんに「そこ!?」ってツッコむ森野のリズム、すごく自然で笑いました。 それでいて「国が消え、家族が死に、子供も十一人全員先に死んだ」っていうミリアさんの言葉は重くて、長寿=幸福じゃないっていうテーマがじわっと効いてくる。そして最後の「一度も血を与えていないのに夫が百九十六歳、百年老けていない」——これ、相沢さんとの行方にも直結する伏線っぽくて、すごく気持ちがざわつきました。鎌倉編、楽しみです。