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──崖の上。
緑、青、紫と、グラデーションになった森が広がっている──遠くに見える山々は、緑と青の境界を曖昧にしながら、雲に頭を隠している──どこまで続いているか分からない空の海を、止まることなく泳ぐ魚たち──。
リヨクは、ツキを肩車に乗せ、大自然を一望していた。
ツキに目があるのか分からないが、できるだけ高い位置から見せてあげたかったのだ。
「よいしょっ」──「スゥーーーー……ハァーーーー」
リヨクはツキを下ろすと、気持ちの良い澄んだ空気を、肺がパンパンになるまで吸い込み、すべて吐き出した。
──「よし」
ポケットから、葉で編んだ緑色のマスクを取り出し、「モモを探しに行こう」と言い、付けた。
「ツキ!」
ツキは、初めて見る上からの景色に、まだ見惚れている。
どうやらちゃんと見えているみたいだ。
「……綺麗だね──もういい?」
ポピュア村へ向かいたいリヨクは、景色に心を奪われているツキを待って、やがて優しく促した。
──ポピュア村の前まで来たリヨク。
「ツキ、やっぱりやめよっか……多分いないよ」
ポピュアのルエロとリタが歩いてくるのを見て、リヨクは引き返すことにした。
(なんでいるんだよ、学舎行けよっ)
緑の街に向かった。
──消える中毒(店名)
「いらっしゃいませ!」
若い女性店員は、ハキハキとした口調で挨拶した。
「あ、あの……」
森に長く居すぎたせいか、ぼくは緊張していた。
「えっと……これ、一つ……」
「花氷のオレンジ(味)ですね。サイズは、オア、ウィユ、ウィヨとございますが、どれになさいますか?」
「えーっと、じゃあウィユ」
「エーメルオレンジ、ウィユですね、1ランツになります」
リヨクは、緑の国の通貨《ランツ》を取り出した。
500円玉程の大きさのタネを片手で持ち、もう片方の手の人差し指をタネに当てる──そして、人差し指を徐々にタネから離していく──タネの中からタネが、人差し指にくっついて出てきた。
土で出来たカウンターの天板部分の隅に、ゴルフピンのような植物が生えている。
これは《イェーキヤーコ》と言って、ランツがいくつ重なっているか、密度を測るもの。
取り出した1ランツを、《イェーキヤーコ》の上に置く。
すると、カウンターの天板部分に張り巡らされている、《イェーキヤーコ》の根からピッっと、小さな芽が1つ生えてきた。
ランツは、引っ張り出す時に太陽エネルギーの残熱のようなものが残るらしく、その残熱が《イェーキヤーコ》の養分となり、芽が生えるという仕組みだ。
ランツを取り出した数だけ芽が生えてくるため、店員はその芽の数をみて計算する。
「ありがとうございます、では今からおつくりしますので、少々お待ちください」
店員はそう言って、店の奥に消えた。
あれ? ……遅くない? 前来た時はもっと早かったような……なんの音も聞こえてこないし……もしかして先生に連絡してる? ……シユラたちが……ここに来る⁉︎
徐々に疑心に駆られたリヨクは、アイスを待つことに耐えきれず、ツキの手を取り、急いで店から立ち去った。
──迷いの森。
「みんな、帰ってきちゃった」
動物たちはもういなかったが、リヨクは上を向き、雨に打たれながらつぶやいた。
森を離れたのはちょっとの間だったが、ぼくは、かなり疲労感を感じていた。
ガクッと下を向き、マスクを外す。
──「やっぱりリヨクだった」
声がして、ゆっくりと顔を上げる──ぼくを覗くように見つめるグオがいた。
「え……グオ?」
「やぁ」
「それ……」
「ごめん……溶けちゃった」
グオの手には、溶けた花氷が握られていた。
「え、もしかして…さっきぼくが買ったやつ?」
「そう。……街で見かけて、リヨクかな? っておもって、話しかけようとしたんだけど、リヨク、急に走り出すから……追ってきたんだ。──まだちょっとあるけど…食べる?」
リヨクは、グオから、溶けまくった花氷を受け取った。
「ありがとう…おいしいよ……ツキ」
リヨクは、ペロッと一舐めした後、ツキに近づけた。
「全部食べていいよ」
ツキは、花氷に手を置く。
すると、オレンジ色だった花氷から、みるみる色がなくなっていく──花氷は、ただの氷になった。
──「ねぇ、その子は?」
グオは頭を傾げ、不思議そうに聞いた。
「ツキだよ、ここからずっと奥に進んだ所にある、青色の森で出会ったんだ」
「へぇ〜、見たことないよ、こんな生き物……白い…木?」
顔を突き出し、じっとツキを見ながらグオは言った。
「うん、たぶん木。元々茶色だったんだけど、色々あって白くなったんだ」
「木って…もしかしたら、ペラムの使いかも知れないよ?」
グオは、眉をひそめながら言った。
「ペラムって?」
「罪人ペラムだよ。メヒワ先生、授業中に話したことなかった? …ポムヒュースを生やした人」
「あー、木を生やせる人のことか。その人、罪人だったんだ」
「うん、指名手配されてるくらい悪い人なんだよ」
「へぇ、けどツキとは関係ないよ、ぼく、ずっと一緒にいたんだし」
「そうかなぁ……ぼくさ、今から師匠と修行するんだけど、来ない? 一度、師匠に見せてみようよ、安全かどうかわかるかも」
「師匠? ……いいよ別に、ツキは絶対に安全だよ」
「うん……けど一応、念の為にさ…大丈夫、師匠は怖い人じゃないよ」
「んー……」
「それに、師匠の家には色んな種類のお菓子やジュースがあるし、見てもらった後、お菓子パーティーしようよ」
「どうする? ……ツキ」
ツキは手を上げた。
「……わかった。ちょっとだけなら」
──グオの師匠がいる場所に向かう道中。
「ぼく、リヨクが消えたって聞いて、あっちこっち探し回ったんだよ?」
「ごめん……」
「いままでずっとこの森にいたの?」
「うん」
「まさか森にいるとは思わなかったよ」
「だよね……誰にも会いたくなかったんだ」
「リゼから聞いたよ……ごめんよ、ぼくがいたら……」
「忙しかったんでしょ? リゼから聞いた」
「もっと早くに聞いてれば、ぼくがシユラをやっつけて」
「いや、いいんだ、別に助けてもらいたかった訳じゃないし」
リヨクは食い気味に言った。
「アイツの事なんて、気にすることないよ」
「シユラだけが理由じゃない。弱い自分とか……クロスケを殺してしまった自分が嫌になったんだ……」
「クロスケくん殺して、怖くなって、逃げたんだね」
「え?」
急にグオの態度が冷たく変わったことに、リヨクは驚きと共に混乱を感じた。
「ちがう?」
グオはキョトンとした顔で聞く。
「……そうかも」
リヨクは、なんで急にそんなこと言うの? という顔で言った。
「逃げてなにか変わった?」
グオは、傷を更に広げてくる。
「うん。……いや、なにも変わってない」
グオの問いによって、久しく封印していた憂鬱が解放され、闇のようにリヨクを飲み込んだ。
森での平穏な生活の中でほんの少し薄れていた、忘れたい記憶が、再び鮮明になっていく──。
──「……リヨク」
「?」
ぼーっとするリヨクは、眉だけ上げて返事した。
「一週間だけぼくと一緒に修行しない?」
「……修行って、なにするの?」
「色んな植物術を、師匠から教えてもらうんだ」
「んー」
「心配させて悪かったって思ってるなら、ぼくに付き合ってよ」
「……わかった。一週間だけ」