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停車したままのピックアップトラックで、ヴェルナードが感じたのは、痛み始めた左足の古傷と、崩壊していく理性だった。とにかく悔しかったのだ。
軍人を辞めて軍属になったのも、元はと言えば日本人の所為なのだというのに、その当事者たちは何食わぬ顔をしている。
そして、今では排他的な人種へと変わってしまった。
ヴェルナードの胸に、熱いものが込み上げていた。
基地で働く顔見知りの警備員が、車内を覗き込んでいても気が付かなかった。
「おい、どうしたヴェルナード? 具合でも悪いのか?」
ヴェルナードは作り笑いを浮かべて言った。
「いや、ちょっと色々あってな」
「そっか、女か?」
「ま、そんなとこだな」
その時だった。
正面ゲートへ、奇声をあげながら歩いて来る男の姿が目に飛び込んだ。
サムライの衣装に身を包み、刀を振りかざしながらゆっくりと横断歩道を歩いている。
警備員は慌てて男の方へと駆け寄った。
基地からは、護衛隊も銃を構えながら現れた。
英語と日本語が飛び交う光景が、ヴェルナードには無様に見えた、
もはやトモダチではないのだ。
以前とは違う、新たな感情にヴェルナードは納得した。
「ストップ!そこで止まれ!!」
「バンザイ!!アメリカはこっから出てけ!ジャパンをなめるな!みんなを返せ!!」
「動くな止まれ!ストップ!両手を上げろ!」
男は車道の中央で立ち止まり、薄ら笑いを浮かべながら刀を振り回している。
ヴェルナードは車のエンジンを始動させ、力任せにアクセルを踏み込んで叫んだ。
「オマエらは…いつもいつも…他人事なんだよ!」
ヴェルナードの視線の先に、男の最期の表情が見えた。
ダッシュボード上に固定したスマホは、横須賀基地へと向かう渡辺の後ろ姿をしっかりと捉えていた。
運転席の宇徳は、助手席に座る萌にわざと聞いた。
そうすれば顔が近づくからだ。
「今さらなんだけどさ、アングルこれで大丈夫かな?」
萌は運転席に身を乗り出して、ダッシュボード上のスマホに顔を近づけた。
宇徳は、運転席のシートを少しだけ倒しながら、萌の香水の匂いに鼓動が早まるのを感じていた。
不自然なくらいにシートを倒すと、萌が振り向きざまに笑って言った。
「ヘーキじゃん。バッチリ撮れてるし」
宇徳に覆い被さる萌の目と、騒がしい車外の声が聞こえる中、狭い空間に鼓動の音だけが聞こえる。
宇徳は耐えられなくなって、
「こんな時に言うのも、なんだけどさ!」
「なになに?」
外から聞こえる英語の叫び声や渡辺の奇声など、どうでもよくなっていた。
萌の唇は濡れていた。
「好きだよ。キスしたい!」
宇徳は、萌の肩に手をかけた。
外から聞こえる車のエンジン音。
コクリと頷く萌。
バンザイと叫び続ける渡辺の奇声。
不器用にキスを交わすふたり。
はにかむ萌の濡れた唇。
「もうっ、いきなりなんだから…」
アスファルトを擦るタイヤの音。
怒号と悲鳴が重なり合う。
車に伝わる衝撃。
宇徳と萌に降り注ぐガラス片。
ふたりは、悲鳴をあげて身を伏せた。
倒したシートが幸いした。
フロントガラスを突き破った渡辺の上半身が、力無く車内に垂れ下がる。
助手席に頭から突っ込んだ渡辺は、大量の血を口や耳から垂れ流して絶命した。
チャンネルの再生数はこの日、最高記録をたたき出した。