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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
限界社畜青×疲れたアイドル桃のお話です
翌日は午前中に営業で外回りに出た。
後輩を引き連れての商談を無事に終え、帰社する前に昼食を摂っていくか、なんて話になる。
「先輩、何食べたいですか?」
スマホで後輩が近隣の店を調べ始めて、「そやなぁ」と曖昧に相槌を打つ。
その瞬間、視界の片隅を見慣れたピンク色がよぎった気がした。
あの色は相当目を引く。
出会った時と同じキャップで髪の大半を隠してはいるけれど、それでも隙間から覗く色の存在感と、あいつ自身が纏うオーラのようなものが俺の目を惹きつけた。
…間違いない、ないこだ。
視界の隅を追うと、キャップ以外は俺のクローゼットから取り出した服を着ているのが分かる。
今朝家を出る時に「どれ着てもいいよ」と言っておいたから、その中から選んだんだろう。
いつもは冴えないモノトーンばかりの俺の私服も、着る人間が変わるとこうも違うものか。
ただ気になったのは、ないこが誰かと一緒にいたこと。
相手はスーツの男で、そこだけなら何ら不思議なことはない。
ただその男は、ないこの手首を掴んで半ば無理矢理引っ張っているように見えた。
そのまま路地裏へと消えていく様子はただごとじゃない。
「ごめん、やっぱり昼は別々にしてくれる? 休憩時間終わるくらいには会社戻るわ」
目の前の後輩にそう声をかけて、俺はそのまま路地裏の方へと駆け出した。
「逃げてたって仕方ないだろう!?」
その路地裏は本当に人気がなく、少し奥へ入り込むとゴミと黴臭さが鼻をついた。
そんな場所から、怒鳴るような声が響く。
…ないこが一緒にいたスーツの男の声のようだ。
「頼むから戻ってきてくれ! お前がいないとダメなんだよ…!」
懇願するような声に、ないこは口を噤んだままだ 。
…なんだ、これ。
別れ間際のカップルの痴話げんかか何かか…?
ないこは俺に背を向けるようにして立っていて、その表情を窺い知ることはできない。
「……」
「ないこ!」
答えないないこに、しびれを切らしたように男が手を伸ばそうとした。
腕を掴もうとしたのか、肩を揺らそうとしたのかは分からない。
だけどそれが届くよりも先に、地面を蹴った俺はその間に入って男の手をぐっと掴んだ。
「い…っ」
「……まろ!?」
痛みに顔を歪めて声を漏らした男の前で、ないこが驚いたようにこちらを振り返った。
仰ぐように俺を見上げた目が大きく見開かれる。
「どう見たって嫌がっとるやろ。あんた何なん?」
ぐぐ、と男の手首を掴んだ手に更に力をこめる。
唸るような声を零す男はそれでもまだ引く気配もなく、一歩も退かない。
そして「お前が何なんだよ!」と声を荒げた。
「まろ!」
ないこが、俺の腕にそっと手を置く。それからたしなめるような声で告げた。
「ごめん、大丈夫。この人はマネージャーさんだから」
「……『マネージャー』……?」
「…ごめん、迷惑かけて」
ぽつりと呟いたないこの言葉に、俺はゆるりと手の力を抜いた。
解放された男が、慌てて自分の手を引き戻す。
「帰ったら説明する。……本当にごめん」
違う、謝らせたかったわけじゃない。
ないこの言葉を聞きながら、俺はそんなことを思った。
「なぁ、マネージャーって何やと思う?」
帰社して自分の席に戻った後、俺は自問自答するかのようなテンションで隣の後輩にそう尋ねた。
急に話を振られた後輩は午後の仕事を始めようとしていたところで、手にしたばかりのファイルの束を机に揃えて置く。
「マネージャー…? ってあれですよね、山本さんとか…管理職の人」
「…うちの会社の話ちゃうねん」
「違うんですか? じゃあ運動部とかで選手のサポートしてくれる人?」
「……そんな感じじゃないんよなぁ」
それは俺も考えた。
だけどどう見てもまずないこがスポーツマンらしくない。
「じゃああれじゃないですか」
一度言葉を切って、後輩は続ける。
「芸能人とかについてる人」
「………」
やっぱりそこになるか。
一度は思いついて「まさか」と思って捨てた考えだ。
だけど後輩の答えを聞いて、確信に似た思いを抱く。
それならないこのあのルックスも、纏うオーラのようなものも、全てが納得いくし説明がつく。
トイレに行くフリをしてフロアを出て、給湯室でスマホを取り出す。
もし本当に芸能人の類なら、俺に教えている名前は偽名の可能性が高い。
だから検索しても無駄だ。
そう分かっているのに、何もせずにはいられず検索画面の窓に「ないこ」の文字を打ち込んだ。
そうそうある名前じゃない。
すぐに検索結果が俺の想像に合致する。
結果画面トップに現れたのはあのピンク色の髪の青年。
ドクンと胸が一度鳴るのと同時に、あいつが俺に教えた名前が嘘のものでなく本当の活動名だったことになぜか安堵した自分がいた。
ないこは、顔出しもしている歌い手だった。
アイドルのような扱いで相当人気らしい。
流行りの流れには乗らず、グループに所属せずに一人で活動している。
表立った情報には、特に目を引くようなものはなかった。
…これじゃ埒が明かない。
そうだ、こういうときは「表」で情報を得ようとしても無駄だ。
そう思って某大型掲示板のようなスレッドを検索する。
こういう場所で発言している奴らは、どこで情報を得て特定するんだか本当に不思議だ。
そこにはないこが数日前から失踪しているのではないかと記されていた。
原因は……
「自分のファン…?」
眉を寄せて、俺はスマホの画面に縋りつくようにして追った。
勢いよくどんどんとスクロールしていく。
そこに記されていたのは、行き過ぎたファンの行動の数々だった。
だけどそのどれもが俺からしたら噂話にしか過ぎない。
そこで名前の挙がっていたファンの名前を検索し、SNSアカウントを探し出す。
「…っ」
一人の女子高生のアカウント。
最初は純粋にないこを応援していたことが分かる。
ただ段々と発言がエスカレートしていっていることに気づいた。
恐らく数年前…ないこがデビューした頃は、ファン一人一人との距離がもっと近かったんだろう。
この子はどうも「古参」の域らしい。
最初はないこを応援していることだけで満足で、ライブや握手会にも参加していた。
だけどいつからだろう。
グッズの数で周りを敵視するようになり、自分こそが一番ないこを愛していると豪語する。
…こういう文化に明るくない俺だけど、「リアコ勢」という言葉くらいはさすがに知っている。
ないこが有名になってファンの数が増えるにつれて、彼女は病んでいった。
「私のことだけ見てくれてたのにどうして他の子も見るようになったの」 「ライブでは私に向けてだけ特別笑ってくれたのに」「他の子に優しくしないで」 「私だけ見てて」 「あんなブスな弱オタしねばいいのに」 「ないくんを愛してるのは私だけ」
どんどん暗くどす黒くなっていく、狂気。
その矛先は段々とないこ自身にも向いていく。
「何で握手会で私を落としたの」「こんなに詰んだのに」「グッズだってこんなに買ってるのに」「破産寸前にまでさせておいて…責任取ってよ!」
…そして2日前には、「家特定しちゃった」の文字。
……あの日だ。俺が駅でないこに出会って、あいつが「帰れない」と言っていた日。
画面をタップし、大型掲示板に戻る。
そこでは他の連中がその女子高生の行動を晒しながらも、ないこに対する中傷みたいなものも並べ立てている。
「思わせぶりな態度を取るからこうなるんだ」「握手会で『認知してる』みたいなこと言うからじゃん自業自得」「ファンを金づるとしか思ってないクズ」
……さすがに目を背けたくなった。
まるで自分のことのように胸が軋む。
給湯器の前でうなだれるように肘をついた俺は、スマホを握る手にぎゅっと力を込めた。
コメント
2件
今回もとっても良かったです!! 桃くん、やっぱり芸能人だったんや、、 これから桃くんの話が入ってどうゆう感じになるのか考えせさせられます、、 これからもがんばってください! でも無理はしないように頑張ってください!! フォロー失礼します、