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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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限界社畜青×疲れたアイドル桃のお話です(最終話)
青視点→桃視点
「ごめんね、まろ」
家に帰ると、ないこは自分の服に着替えていた。
俺に借りたものは全て綺麗に整理され、帰り支度を整えて待っていたことが分かる。
「なんか色々心配かけちゃってさ。…帰るね。今度また改めてお礼に来るよ」
放っておけばそのまま出て行ってしまいそうなないこの腕を、俺は思わず掴んでいた。
リビングで立ったまま対峙した俺たちは、互いに一瞬言いたい言葉と共に息を飲みこんでしまう。
「……家、特定されて帰られへんのやろ」
言うと、ないこは意外そうに眉を持ち上げた。
だけどすぐに「…そっか、そりゃ調べるよね」と言ってその眉を下げる。
裏で詮索した俺を責めるような響きはなく、ただ当たり前のようにそう口にした。
「事務所に何とかしてもらうよ。引っ越しも手配してもらうし、決まるまではどこかホテルでも見つけてもらうから」
「でも…!」
「俺さ、特定されたから家に帰るのが怖いわけじゃないんだよ」
ないこが続けた言葉に、俺は「え?」と小さな声を漏らした。
そんな呆気にとられたような俺の間抜けな顔を、ないこは苦笑いを浮かべて見つめ返す。
「ただもう、しんどくなっちゃったんだよね」
自嘲するような笑み。
そんな色を唇に乗せ、ないこは首を竦めてみせた。
「歌い手始めて、最初の頃なんて大して目立たなくてさ。そんな俺をそれでも見つけてくれた子たちがいて…その応援してくれる子のために頑張りたいと思ってがむしゃらにやってきた」
伏せ目がちに顔を俯け、ないこは俺から目を逸らす。
「でもさ、頑張れば頑張るほどお互いに齟齬が生まれていくんだよ。応援してくれる子のために頑張ってたはずなのに、ファンが増えれば増えるほど、その子からしたら自分だけじゃなくて他の子も見るようになった、って思っちゃうんだろうね」
「そんなん…仕方ないんちゃうん。有名になるってそういうことやん」
「うん、そうだね。…でもそういうの割り切れるオタクばっかりじゃないんだよね」
分かってあげたい気持ちはあるのにどうしてあげることもできないジレンマ。
だからこそ、行き過ぎたファンや元々ないこのことを快く思わない人間にはないこがクズのように映るんだろう。
金と心だけ搾取して、病んで疲れたファンをポイ捨てするようなアイドルに見えるに違いない。
「まぁ…しょうがないよね。実際クズみたいなもんだと思うよ。だって現実的には付き合ってあげることも個別に愛を返してあげることもできないんだから」
「それは違う…!」
思わず叩きつけるような声を上げた。
その剣幕に、ないこが驚いて弾かれたように顔を上げる。
怒りに似た感情で肩を上げながら、荒れた呼吸で俺は続けた。
「ないこが今言うたやん、『そういうの割り切れるオタクばっかりじゃない』って。お前は病んでいくファンのことを切り捨てずに、ちゃんとそうなる気持ちも理解しとるやん。そりゃあ全部が全部受け入れてやれるわけじゃないけど、それでも最大限理解してやろうとしとるやん」
「……」
「しんどいに決まっとるよ。相手のことも責めずに理解しようとして、そうやって今まで頑張って来たんやもんな。……じゃあさ」
一度言葉を切って、俺はないこの方へ一歩詰め寄った。
距離が詰まった分だけ、ないこが身を硬く強張らせるのが分かる。
「ないこが少しでもしんどくなくなる方法、一緒に考えよう」
もう一歩。…更にもう一歩。
ゆっくりと近づきながらの言葉に、ないこの瞳が揺れた。
「なぁ教えてよ。ないこはどうしたらちょっとでも癒される?」
ふっと表情を緩めて笑みを浮かべる。
そうして左手を差し伸べると、ないこはその俺の手を一瞥した。
視界が涙で揺らぐのを耐えようとしているのか、眉間にぐぐと力をこめているのが分かる。
「……何でもいいの?」
「いいよ」
静かに答えた俺の左手を、ないこは取ろうとはしなかった。
代わりに自分の両手をこちらに向けて大きく広げてみせる。
「ぎゅーしてほしい」
今度は俺が目を瞠る番だった。
大きく深い瞬きを繰り返して見つめ返したけれど、ないこはもちろんふざけてなどいない。
真剣な表情でこちらを見据えている。
「……」
手を伸ばして、ないこのその広げた手を引っ張った。
そのままその細い体を自分の腕の中にすぽりと収める。
後頭部を引き寄せるようにしてハグすると、あいつはやがて俺の背中に両腕を回してきた。
癒してやりたい、なんてそんなおこがましい気持ちからの優しいハグじゃなかった。
ただ愛しい気持ちが抑えきれないかのように、自分の感情を押し付けるためだけに強く強く抱きしめた。
俺がデビューしたばかりの時、当然なかなか売れることもなく辛酸を舐めた時期はあった。
頑張っているつもりでも、こういう業界で上に行けるのはほんの一握りの人間だけだと知っている。
何度くじけそうになったか分からない。
でもそのたびに、まだ売れてもいない俺を推してくれるファンの子たちの顔が浮かんで、辞めるなんて選択肢は自分にはなかった。
ただ、それでもしんどくなることはある。
仕事に行くのも嫌で、かといって家に帰ることもできず街をぶらぶらしたことがあった。
やがて疲れて駅のホームのベンチに座り込んでいた時、声をかけられたのを覚えている。
「大丈夫ですか?」
具合が悪そうだとでも思ったんだろう。
こちらを心配そうに覗き込んできたのは青い髪と瞳の男だった。
年は恐らく自分とさほど変わらない。
ただ違うのは、ぴしっとスーツに身を包んだ、真っ当なサラリーマンだったことだ。
大丈夫だと答えたのに、それでも心配するように覗きこんでくるお人好し。
気づくと駆け出しの歌い手アイドルだということは伏せて、仕事でちょっとだけしんどくなったと身の上話をしてしまっていた。
ベンチの隣の席に腰かけて、その男は黙って俺の話を聞いていた。
具体的なことは何も話せないから、きっとおもしろくもない話だったに違いないのに。
聞き終えた男は、こんな言葉を投げてきた。
「じゃあ一緒に考えよう。『ちょっとでもしんどくなくなる方法』」
え、と目を見開いた俺に、相手はそのまま続ける。
「んーだってその今『頑張ってること』を、辞めるつもりはないし辞められんてことやろ? それやったらお兄さんが今の状態からちょっとでも癒される方向に持っていくしかなくない?」
そんなことを言う人間は初めてだった。
ファンは自己主張ばかりだし、事務所は「もっとがんばれ」としか言わない。
それが当たり前だと思っていたし、息苦しさを感じても我慢するしか術はないと思っていた。
なのに、初めて会ったこの男がこんなことを言うなんて。
「……癒し…か。じゃあ、今すぐカフェラテ飲みたい」
適当にそんなことを答えたのは、あまりにも予想外の人間に会ったせいだ。
返すべき言葉が分からず、自分でもそれほど特別欲しているわけではないはずの物を口にする。
「分かった、買ってくるから待っとって」
「……すぐそこの自販機はカフェオレしかなかったよ」
「……違うん? ラテとオレ」
「全然違うよ」
本当は自販機で売っている程度のものがそこまで厳密に商品名を決めているとも思えないけれど。
それでも何でもよかった。
この人との会話を引き延ばすことができるのなら。
「あ、改札階のコーヒーショップならあったかも。ちょっと待っとって。見てくる!」
言って、青い髪の男はこちらの言葉を待たないまま立ち上がった。
そのまま颯爽とホームを走って階段を駆け上がっていく。
「……変な人」
本当にその後カフェラテを見つけてドヤ顔で押し付けてきたから、笑ってしまった。
それと同時に胸が切なく悲鳴を上げた。
自覚したその痛みのせいで、「しまった、癒される方法を聞かれた時に『ハグして』くらい答えればよかった」なんて漠然と思った。
あの時は売り出したばかりの頃で、俺の髪はまだ茶色かった。
今ほど垢ぬけてもいなかったし、雰囲気も全然違っただろう。
きっとまろは当時のことを覚えていないに違いない。
今回再会できたのは、本当に偶然だった。
だけど一目で分かった。
あの時俺を救ってくれた人。
そして名前を聞いておけばよかったと、ずっと何年も後悔していた人。
「……ん、ないこ……」
ベッドの中で身じろぎしたせいで、隣で眠るまろが寝ぼけたような声で小さく俺を呼んだ。
あれからまろは、頻繁に俺をハグしようとする。
こちらの疲れを癒そうとするかのように…だけどたまに、あまりにも強く抱きしめてくるときは、その腕の中に俺を閉じ込めておこうとしているんじゃないかと錯覚しそうになるときもある。
「…すきだよ、まろ」
ファンサでもサービス精神でもない嘘偽りない言葉。
それを口にして、俺は今日もまろの腕の中で眠るんだ。
コメント
7件
青さんの優しさにほっこりしました...😖😖🎶 以前も会っていたなんて、一体どうすればこんなに話が細かく広がるのでしょうか...、!!✨ アイドルパロはキラキラしたようなものが多いイメージですけど温かくて心が和むような気さえして読んでて幸せすぎます!💕顔にやにやです...😣 毎度のように青桃の沼にハマらせてもらってます、投稿ありがとうございます!!
最終話ありがとうございます!! 私も連載してるんですけど‥ほとんど途中まで書いて終わりってのが多いので最後まで書けるのは尊敬です! 最近コメントできないのはすいません😭けど、ちゃんと見てますから(( これからも更新頑張ってください!
最終話までお疲れ様でした✨ 1話から見ていましたが、全部とっても良い作品ばかりで、みていて楽しくなりました!! 本当にありがとうございます😃 結局全部の作品が良すぎて全て♡1万にしてしましました!!(( 迷惑だったらすみません、 これからも陰ながら見させてもらいます! ps.いつもはーとを押してくれてありがとうございます!