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誰もいない知らない駅に気が付けば私は、居た。雨がしとしとと振る中傘もささずに居た。ぼぉっとしながら雨止みをしないとと思ったのか脚が自然と動いていた。そして気付けば、聞いた事のない駅までの切符を握っていた。まぁ取り敢えず駅に入って中を見ようと足を進めた。駅の中は、駅員がいてもいいのだかだだっ広くがらんとしていて私以外に誰もいない。踏切がある所まで来たのだか何も無かった。ただその踏切の足元を見てみれば蛾が二匹居た。交尾をしているのだろうか。そんな事を考えながら通り過ぎた。踏切を通り過ぎようとした瞬間に踏切が降りた。カンカンと言いながら踏切棒が降りた。列車が来る音が聞こえてきた。その音が聞こえた瞬間もひとつ向こうに同じ踏切が現れた。進んでみればまた同じ状況だった。雨が降る中、蛾はそんな雨など構いもしないとでも言うように交尾をしていた。自分も構いもせず通り過ぎた。又、踏切がカンカンと言って降りた。列車が来る音がまた聞こえてきた。聞こえた瞬間また向こうに踏切が現れた。私は、躊躇いも迷いもせず進んだ。同じ状況が幾度も幾度も繰り返された。いい加減飽きてきた頃、現れた踏切を渡ろうとしようとしたら少し変化があった。蛾は、一匹だけになっていた。しかもピクリとも動かない。死んでしまったのだろうかと思った。相方は、もう何処かへ行ってしまったらしい。そんな事を考えながら通り過ぎた。列車が現れた。私は、それに乗った。何処かへ行きたいと考えてはいなかったが脚が動いた。列車内は、薄暗く列車が走る音だけが唯一の聞こえた音だ。駅員も居なければ、乗客も居ない。伽藍としていた。目についた席に腰掛け、窓を見た。列車に乗った時に気付けば身についていた癖だ。窓を見ていると暗闇が広がっていた。墨汁の中を走っているようだった。暫くの間は、其の景色が続いたが隧道を抜けたようにいきなり少し明るくなった。私は、目が眩んだ。暫くの間目を瞑っていたが少しづつ目を開けた。窓を見れば、満天の星空が広がっていた。星は青白く輝き、月が白くぼんやりと静かに星の中に一人ポツネンとしていた。そんな空の中を走る列車の足元に広がっていたのは、どこまでも続いているような凪の水面鏡。水面鏡は、空を映しもう一つの満天の星空を描いた。そんな御伽噺や小説にあるかもしれない空をずっと魅入っていた。そんな時ふと自分の座っている席の斜め左前の席に目をやるといつの間にか客が居た。その客は、こちらに背を向けていたから顔は、見えない。が、とても背が高い男だと言うのは分かった。私は暫くの間、その客を見ていた。すると列車が停車していないのに新たに客が入って来た。古ぼけた釜帽子を被ってボロボロな外套を羽織った男が私が座っている席の向かい側の席に静かにストンと座った。よく見てみるとその客の手元に一冊の本を持っていた。そして本をスっと開き、読み始めた。私もストンと席に座り、邪魔にならないように静かに窓を見た。まだ青白く輝く星月夜が続いていた。水面鏡を眺めていると所々彼岸花が水面から頭を出していて月に照らされて鈍く光っていた。普通なら水田近くに咲くはずなのに変だなと思いながら眺めていた。彼岸花だけではなく、蓮や睡蓮、見たことがある花、未知の花が水面から顔を出し花弁を散らし鈍く光っていた。そんな幻想奇怪な景色が続いた。そんな事をしていると向かい側の席に座った客が
「貴方は何処迄行くんですか。」と尋ねてきた。
私は「何処へ行くのでしょう。」と返した。
男は「此の列車は、本当に何処迄も行けますよ。切符を見れば行き場所が分かりますよ。」と言った。
「貴方は何処迄行くのですか。」と尋ねた。
男は、「私は、もう少ししたら降ります。」と言った。
私は、「そうですか。一体何処に駅があるのですか。」と尋ねると
「降りたい駅の切符を買わないと駅は、見えないし降りれないのですよ。列車が止まっていても降りたい駅の切符を持っていなければ、止まっていると思わないのですよ。不思議でしょう。」と教えてくれた。
確かに列車は、止まっていないのに客が入ってきた。本当に不思議だ。
「何処に住んでいるんですか。」と聞いた。
男は、「何処にでもあって何処にも無いんです。」と答えた。「何故。」と問うと
「私は、旅をして自分の劇場を造っているんです。だから私の住居は、何処にでもあって何処にも無いんですよ。」と教えてくれた。自分の劇場を造るとは、どう言う事だろうと思い聞いた。
「みんなにとって人生と何ら変わりませんよ。人生は、様々な事が代わる代わる訪れるではありませんか。時によっては、悲劇になり、或いは、喜劇になる。だから私は、自分の人生を自分の劇場と呼んでいるのです。」と答えた。
すると、男は窓を見てハッとした顔をして立ち上がり「そろそろお別れの時間の様ですね。貴方の劇場が喜劇になる事を。では、さよなら。」と言って扉の方へ行った。
私もさよならと言って別れを告げた。男は、笑顔でぺこりと頭を下げ、去って行った。もう少し話がしたかったなと思ったがまた何時の日か会えるだろうと信じて…。また、窓を見た。あの種々様々の花は無くなり、止んでいた雨は、再び降っていた。水面鏡に雨の波紋が幾重も重なり合っていた。ずっとこの風景が続いていたらいいのにと思った。ふと私の座ってる席の斜め左前の席の客を思い出した。今見てみるとその席から少しも動いていなかった。
窓から目を離してその客を見ていると立ち上がった。少し驚いた。そして此方にやって来て私の前に座ってきた。思っていた通りに背が高い男だった。そして顔が見えた。肌が白く少し吊り目の凛とした顔をしていた。少し見とれているとその客が顔を上げた。「先刻からずっと様子を伺っていただろう。御嬢さん。」と話してきた。
私は「……仰る通りです。失礼でしたか?」と返した。
すると男は「はははっ。良いですよ。お気になさらず。列車の道は、まだ続きます。良ければ少し話しませんか。御嬢さん。」と愉快そうに笑って言った。
私は「はい。何か話しましょうか。でも、どうしましょう。話題が思いつきません。」と答えた。
すると男は「大丈夫ですよ。話題ならば僕が出しますよ。そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。僕は、八雲と言います。御嬢さんの名前は?」と言った。
私は、少し戸惑ったがそれを見て八雲は、「無理に名乗らなくても良いですよ。では、僕は御嬢さんと呼ばせて頂きます。」と言った。
私は、「分かりました。では、私は八雲さんと呼ばせて頂きます。」と返して二人で話し始めた。
八雲と名乗る男は、話す事が上手な人で彼の話は、面白く飽きる事が無くずっと聞いていられた。そして彼は、作家では無いけれど自作の物語を造っては様々な新聞社に原稿を出しているがつまらないと言われて全て落ちているらしいが彼の話は、私にとっては、皆とても面白い話だ。そんな彼が話した私の一番印象に残っているのは、『人形』と言う題名の話だ。彼がそれを話したのは、私が
「人形は、何故か魅力のある人を魅了する様な力がある気がします。」と言ったので彼が「君とは何だか気が合いますね。人形の話なら僕も書いた覚えがありますよ。お話しましょうか?」
と彼が言ったので「聞きたいです!」と私は、威勢よく答えた。すると彼は「はははっ!では悦んでお話致しましょう!」と応えてくれた。
その話は、或人形師が普通なら使わない物で人形を作り其の人形に取り憑かれた様に夢中になって少しずつ精神が崩れていくと言う話だった。幼い時から人形が好きな語り手の友人。その友人の人形と共に短い生涯の間で取り憑かれ人の軸が少しずつ狂って行く友人の生き様が人としては歪でも私からしたら大切な物と共に歪になっていくその友人の生涯は、綺麗だと思った。その話が終わった後にも自作の話や私が知らなかった面白い話をしてくれた。それを話した後窓を見た八雲さんは、立ち上がって
「そろそろ僕は、降りないといけないみたいだ。残念。もう少し話したかったんですが。仕方がありませんな。では、御嬢さんまた、何処かで!」と言って手を振った。
自分も「また何処かで会いましょう。」と言って手を振った。
そして八雲さんは、列車から降りて行った。またも列車は、静かになったのだが私は、愉しい空気が残っていた。暫くまた窓を眺めようとしたがふと思い出した。私の持っている何処かに有る駅の切符だ。この切符の事をすっかり忘れてしまっていた。改めて見ると『幽境』と書いていた。
――幽境。俗世から離れた静かな場所の事だ。そんな場所が此処にあるのか分からない…否最初に会った人が言っていた。「此の列車は、本当に何処迄も行けますよ。」と言っていた。若しかしたらあるのかもしれない。とか思っている最中、視界の端に窓を見た。雨は、霧雨になっていて空が静かに晴れている。天気雨が降っていた。其の景色がとても美しいものだったのでまた窓からの景色を眺めた。嗚呼…風は、本当に悪戯好きだなと微笑ましくも勝手にそう思っている。
静かな星空が様々な色に瞬いている。その中に一つ今にも落ちてきそうな手の中に入って来そうな大きな星があった。何故か見惚れてしまった。思わず手を伸ばしたが当然手に落ちてきやしない。そんな事をしていると何処からか風の声と共に笛と鈴の音に合わせて、唄声が聞こえた。何故か懐かしさを感じるようで覚えてない。その声が流れて来る所へ足を進めて行った。本当に此処は、夏の夜の様に涼しく過ごし易く、何処迄行っても果ての果てが見えない。限り無く続いてる。此の儘此処に留まる事が許されればよかったのに草原を歩いてる時に突然足元が雪のように散り失せて私は、其の下にある奈落へと落ちて行った。怖くは、無かった。こうなる事が分かっていたかのようだった。目が覚めた。本当に何処にでもあって何処にも無かったあの駅は、存在していた。あの夢は、幻想的で綺麗だと思った。