この山は、桜が咲けば観桜する者達が沢山集まる、それ以外は、とても物静かな小山。言ってしまえば春になり桜が咲けば賑やかになる小山だ。そんな山の桜が咲き誇った昼頃、或立派な桜の木の足元に私は、ぼんやりとし乍ら、小さくなって座っていた。ちょうど桜の根の間にすっぽりと収まってしまいそうな位に小さくなって座っている。そんな私の周りには、様々な人がごった返している。花見酒を楽しむ大人達、変てこな口喧嘩をしている酔いどれ共、桜の天井を見ながらうたた寝をしている者、桜並木をアハアハと笑いながら駆け回る子供、其の様子を見て楽しんでいる親達、自分はそんな風にはしゃいで喜んだりしないと言う様な年頃の子、花より団子な人や花より書物の人、桜を背景に人を撮る写真家等がてんやわんやとしていて、賑やかだ。それでも私は、ぼんやりとしている。人が溢れんばかりにいる所は、あまり好きじゃないし、人と関わる事もあまり好きじゃない。ただ桜が好きなのは、みんなと同じ…否私は、何となく桜が好きなのかもしれない。理由が分からないのに桜に惹かれるものがあるのは、何故だろうとそんな事を考えた。がずっとそんな事を考えても仕方が無いのでまずは、此処を離れてみよう。ずっとこの桜の足元にいても良いのだが此処よりも良い場所があるのならば、探して見つけておいた方が新しく考えも広がるかもしれない。自分だけが知っている場所が有ると言うのは、何となく居心地が良いように思えるからだ。そして私は、其の場所を離れて新しく場所を探してみることにした。賑やかな人波を避け乍ら人気が無さそうな所へ行って其れ等の場所で気に入った所を身勝手ながらも自分一人だけの世界に思える様にはしておこうと思いながら歩いて見て行った。
だが、人。人。人。人。人。何処へ行っても人が居る。何処にでも人が集まって談笑をし、桜を肴に酒を飲む、観桜をする、そんな人が所狭しと言える程居る。とても息苦しい。何だか生きた心地がしない。視界がぼやける。頭が痛くてはっきりとしない。もう何時間も同じ所を回っている気がしてならない。この息苦しくなる様な人景色は、ずっと何処までも続いてしまうのかと思うともう嫌になる。そう思いながら重い足を半場引きずりながら進めて行く。そういえば、まだ行っていない所があったのを思い出した。この山の裏側だけは、春になっても、逃げて行く。夏になっても逃げて行く。秋になっても冬になっても人が入って行かない。どんな人でも裏側に入ったら何故か皆血相変えて逃げて行くと言う噂があった事を思い出した。だが、そんな噂が流れてからもう何年も経っている今でも人々は、山の裏側には、入って行かない。もう忘れられた土地になってしまっているのだろう。と言う事は、人の手が入っていない、人が居ないと言う事!私には、少し都合がいい。早速裏側に行ってみよう。風と鳥の詠が聴こえる桜の部屋に早く行きたい…。
小山の裏側に来て入ってみたが噂の様に「逃げたい」なんて思わなかった。先程まで居たところの桜に負けないくらい、姉妹と呼べるような立派な桜が咲き誇っていた。その周りには、雑草が伸び、花も沢山咲いている。本当に綺麗だ。自然の儘に自由にある。何だか心が落ち着いた。視界が良くなった。息も詰まらなくなった。生きているような気がした。あの姉妹桜の様な桜の木の手前に有る歪な石舞台のようになっている大岩に腰掛けた。苔に覆われた所は、柔らかく土が湿った良い匂いがした。手前の桜を恍惚と眺めた。花の雲から零れ刺す柔らかい陽射しがとても心地良く、過ごし易い。また明日も此処に来よう。そして一日が終わるまでこの桜の傍に居よう。
今日は、朝からここへ来た。朝の桜は、春の朝の風に吹かれて少しだけ寒そうだ。でも、しゃんとして立っていた。そんな木の前の大岩の手前まで来てながめてみた。やっぱりこの桜は、綺麗だ。人の手が入っていないと言うのもあって枝が伸び放題、有るが儘の姿で伸びている。自然の儘に成長している姿が一番綺麗だと思った。その桜の木を囲うかのように沢山の桜並木が立ち並んでいる。囲い咲いている桜達は、隣の桜に負けまいと背比べする様に咲いている。囲い咲く桜並木の間をすり抜けて観てみると桜以外の花々、本来春には顔を出さない狂い咲いていた。その下をよく見てみるとこの山の主だったのかもしれない猪の骨の隙間から花が頭を出して咲いていて、頭上に蝶が飛び回っている光景は、綺麗だ。猪の他にもよく見てみれば様々な生き物の骨になった骸が転がっていて花にまみれている。其の上を蝶や蛾が飛び回っている。真逆この光景を見て人々は、逃げて行くのだろうかと思った。この景色は、なかなか見れるものでは無いし骨は、色とりどりの花々の隙間から陶器と言える程に白い表面を見せている。立体的な帆布の上に花を描いているように見えた。その骨の花庭の周りの桜の木の足元にふと目を向けると骨が見えた。そこまで足を運んで見ると頭らしい所が地面から飛び出していた。素手で何とか掘ってみると人骨の頭が顔を覗かせた。土で汚れてしまって少し黒くなっているが本当は、丈夫で立派で白い骨だろうと思った。土ばかりを少しづつ、少しづつ春に似合わぬ汗をかき乍ら、掘ってみると人一体の骨が眠っていた。この桜は、人を養分にしてこんなにも立派な花を咲かせているのは、神秘的だ。この桜の足元に忘れられた沢山の仏が埋まっているならば、其の仏達は、花咲か爺さん…否、花咲仏様だ。こんなにも見事な桜を何年も咲かせて魅せてくれて感謝だ。この山にある桜の数は、数知れずと言える程に沢山有る。その一本一本の木の根に仏が取り付いていると想像するだけでも面白い。益々ここが気に入った。桜に話しかければ、その桜の木に付いている仏の声が聞こえて来やしないかと楽しくなる。色んな事をし乍ら、毎日毎日ここに来て一本一本の桜に話し掛けてみよう。早速試しに目の前にある桜に話し掛けてみた。だが、返事は、返って来ない。返事が返って来ないのは、寂しいがこの世に未練が無いのだろうと思って次の桜に声を掛けてみた。が、やはり返事は返って来ない。その次、その次と桜を尋ねたが返って来ない。それもまた一興と言うものだろうなと思った。今日は、桜に尋ねるのは、止めて桜の下でゆるりと心と身体を休めよう。やっぱり此処は、落ち着く。人が犇めく町中よりもよっぽど生きやすい。人と接していると何処かがモヤモヤするし、重くなる、何かが奪われるような感覚がする、背筋がゾッとする。猫と話す方がよっぽど心が癒される。ずっとここに居たい…でもここにずっと居る訳には、いかない。……でもどうしてだろう……。嗚呼…歯痒い……。
気が付くともう夜になっていた。少し肌寒い風が私の頬を掠め、長く結った髪の毛を揺らした。私の下にある大岩は、私の触れていた所だけ生暖かくその周りは、酷く冷たかった。私の体も酷く冷えていた。此の儘ここに居たらずっと桜と共に居れるななんて思い乍ら目の前の桜を見た。桜は、静かに枝を揺らしている。桜の天井を見てみると其の上にある月光に照らされている桜の花があった。花弁から零れ落ちている月光が草原の上で動いている。そしてまた上を見て見た。月と共に小さな星もきらきらと光っていた。そうしていると少し肌寒い風が吹いた。その風に流れて声が聞こえた。四方八方から聞こえて来た。見渡すと桜の木から声が聞こえた。よく聴くと、歌を歌っている桜もあれば、読経する声も聴こえる。気が付けば脚が勝手に何処とも知らない所に向かってその桜の木々の間を通り抜けて歩いていた。
数時間歩いたろうか。或桜の前まで来た。その桜は、とても大きく立派で近づいて見るとボロボロにはなっていたが注連縄がしてあった。他の桜に囲まれているようになっていて桜が光って居るように思えた。月が桜の上にあるように見えるから桜が光って見えるのか桜自体が光っているのかが分からなかった。もっと近づいて見てみると水が流れる音が聞こえてきた。こんなところに水が流れるような所なんてないはずとか思ったが探してみる事にした。水の音がする所を探して回ってみると桜の木から流れていた。「何故気から水が?」と思っている事が其の儘口に出てしまった。ぽかんとしていると何か話している声が聞こえた。 キョロキョロと辺りを見渡しても誰も居ない。よく耳を澄まして聞いてみると水が流れているすぐ近くから老人の様な声が聞こえてきた。よく聞いてもあまり聞き取りづらい。暫くは、その老人の声に耳を傾けていたがやっぱり何を言っているのかがよく分からなかった。ずっと聞いていると「――――――。―――――――――――――。――――――――――、――――――。」と聞こえた。何故か心を打つものがあった。いきなり目の前が暗くなった。そして目が覚めた。
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