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レインの店に黒髪黒眼のとんでもないイケメンがいるという話があっという間に合に広がり、ノアは村中の女の子から人気になってしまった。 それがなんとなく面白くなくて、ノア目当ての客がくると店の方に意識が向いてしまうレーナはやれやれとレインに呆れられ、ついには「そんなに気になるならレーナも店に出なさい」と言われる始末である。
そして、レーナが店頭に立つ機会が増えたのだった。
そんなある日。いつも通り店の準備をして、さあそろそろ開店の時間だという時に、レーナは声をかけられた。
「レーナ!」
馴染みのある声に振り向くと、そこにいたのは親友のローラとリリスだった。今日は平日なので、いつもなら店の手伝いをしている二人だったが、どうやら噂のノアを一目見るためにわざわざやって来たのだそうだ。
「ねえレーナ、愛しの彼に会わせてよ!」
食い気味に言うのは恋バナが好きなリリスだった。そんなリリスを「まあまあ、待ちなさいよ」とやんわり宥めたのはローラだ。
二人とも興味津々といった体で、レインの店に視線をやる。
「はいはい、もうお店を開くからどうぞ」
「ありがとう、レーナ!」
二人は声を揃えてレーナに礼を言う。
そして、ドアを開けると目の前にいたのは噂通りの黒髪黒眼の美丈夫だった。
「レーナ、遅い……失礼しました、いらっしゃいませ」
営業スマイルを浮かべたノアは、それはもうどこからどう見ても好青年だった。うわあ、と内心げんなりするレーナだが、ノアの素性を知らないローラとリリスはぽっと赤くなる。ローラは「お久しぶりです」と言い、リリスは「はじめまして」とそれぞれ声をかけた。
「ノア、この二人がローラとリリスだよ。私の大切な友達なの」
「ああ、ローラさんとは以前布団を購入させていただいた時にはお世話になりましたね。あちらは非常に寝心地がよくて、大変満足しておりますよ」
「そうですか、それは何よりです」
リリスはさすがにレーナの下着を買いにきたエピソードのことは言わなかったが、なんとなく察せるように「レーナ、可愛かったでしょう?」と言った。
察しのいいノアはそれだけで何を指しているのか分かったようで、「ええ、とても可愛らしかったですよ」と作り笑いではなく心からの笑みを浮かべた。
これにはローラとリリス、レーナもときめいてしまい、三人揃って声にならない小さい悲鳴を上げた。
「お二人は当店に用があるというわけではなさそうですね。むしろ、私に会いにきたのでしょう?」
傍から見れば口説き文句のように映っていることだろう。
しかし、ノアの言いたいことはまさに言葉通りで、親友レーナの恋人の品定めにきたと言外に言っているのだ。
それに気づいたローラとリリスはアイコンタクトを取り、小さく頷いた。
「ノアさん、うちのレーナとお付き合いしているようだけど、ちゃんとレーナのことを見ているんでしょうね?」
ローラの芝居がかった言い草にレーナは苦笑した。ローラは大人しそうな見た目をしているが、言いたいことはスッパリと言う気持ちのいい性格をしているので、気まぐれでレーナに手を出しているのなら許さないというオーラを出していた。
「ノアさん、レーナはあなたを本気で好きなんですよ、それをちゃんと分かっていますか?」
下着を買いに行った時、レーナの様子を見ていたリリスはローラ以上にレーナの心情を汲み取っていた。
レーナ自身ノアに対して好意は持っているが、それが果たして恋なのかどうか分かり兼ねている。聡い娘ならその感情こそが恋なのだと気づけるのだが、この歳で初恋も未経験という内面は少女のままのレーナは気づかなかった。
「お二人とも、本当にレーナを大切に思ってくれているのですね。私は出会った時から本気でレーナを愛していますよ」
ノアはレーナに向ける優しい笑みを、ローラとリリスにも見せた。普段ならレーナ以外にそのようなことをしたらムカムカするだろうが、ローラとリリスにはそのような感情は起きなかった。
むしろ、二人を安心させるためにそうさせているのだと気づいたレーナは、ノアの思いやりに嬉しくなり、彼の放った言葉のを意味を反芻して赤面した。
「……心配は無用だったようですね、安心しました」
「レーナが悪い男につかまったわけじゃなくてよかったです」
ローラは安堵の顔を浮かべ、リリスはふんわりと微笑んだ。二人とも友達思いの優しい子で、ずっとレーナのことを気にかけてくれていたのだろう。
それが分かった今、二人と友達でいられることがどれだけ幸せなのだろうと、レーナは気恥ずかしくもなりながら、ローラとリリスに感謝の言葉を述べた。
「ローラ、リリス、いつもありがとう。私はノアに大切にされてるから、大丈夫だよ」
「そのようね、安心したわ」
「うんうん、よかった」
レーナの微笑みを受けて、ローラとリリスも納得したように笑みを返した。
仲のいい三人娘をノアは慈しみを持った優しい眼差しで見つめていた。
「二人とも、満足した?」
「そうね、私もリリスもレーナが大切にされていることが分かって安心したわ」
「私も。ローラは一度会ってるからどんな人なのか知ってたようだけど、私は知らなかったから今日来ることができてよかったわ」
「残念です、私はそんなに信頼がありませんか?」
悲しそうな顔をして三人に視線を寄越す。ノアにしては珍しく落ち込んでいるようで、それが分かってしまうくらいには付き合いが深くなったのだとなんだかしみじみ思うレーナは、またしても自分が彼に好意を持っているからだと気づかない。
「そういう意味じゃないんです。レーナのいいところをちゃんと知ってくれている人だと信じたかったんです」
ローラの友達思いの言葉にレーナは目頭が熱くなる。こんな風に言ってくれるのは、『ポンコツ魔女レーナ』と呼ばないローラとリリスだけだったから。
「レーナは確かに抜けているところはありますが、素直で優しい女性ですよ。私はそんなところが大好きなんです」
嘘をつくのが得意なノアは、レーナのことを言う時だけは本当のことを言ってくれるのがまた嬉しくて、ついにレーナは泣いてしまった。
「ほら、泣かないの! ノアさんが心配しちゃうでしょう?」
「そうよ、レーナ。あなたのことをちゃんと愛してくれているんだから、自信持って!」
ローラはハンカチを差し出してくれたので、レーナはありがたく借りることにした。さすが布を取り扱っている店の娘だけあって、白く無地のハンカチながらも刺繍が施されているそれは、とても可愛らしかった。
「これ、ローラのお店にまだ在庫ある?」
「あら、レーナ、そのハンカチ気に入ってくれたのね? だったら、今度お店に買いにきて! もちろんノアさんと一緒にね」
ウインクをしながら店の宣伝をするローラは相変わらずだった。そんなローラを見てリリスは「出た、ローラの商売根性」と苦笑しながら「可愛いから私も欲しいかも」なんて言って、三人娘はくすくすと笑いながらノアを交えて談笑した。
それから十数分後、店が混んできたのでローラとリリスは「また来るね」と言って店を出て後にした。
ノア目当ての客はノア本人に任せることにして、レーナは店に用がある人の接客をするのだった。
昼休憩となり、いつもの三人で食卓を囲い、午前中にあった出来事をレーナはレインに話した。
「……ということがあったの。ローラとリリスってば心配性だよね」
照れくさそうにしながら言うレーナだが、その顔はふにゃふにゃとしていた。それを見ているだけで嬉しそうなのが十分伝わり、レインも穏やかな笑みを見せた。
「あの子達は昔からレーナにべったりだったからねえ。ノアに取られて寂しいんだろうよ」
まさかそのような言葉が返ってくるとは思っていなかったレーナは驚いた。そういうものなのだろうか。
「そうなのかな?」
「そうさ。あんた達三人娘は昔から特に仲がよかったしねえ。ぽっと出のロアに取られたかと思えば、きちんとレーナのことを理解してそばにいるって分かったら、安心したのと同時に寂しくもなるものさ」
レインの言葉には重みがあった。それだけでなく、ノアのことをよく見ているのが特に驚いたのだ。ノアはレーナのことを『お馬鹿』と言うが、そこに嘲りはなく、愛や親しみを込めて言っているのがレーナもきちんと分かっている。レインの言う通り、ノアはきちんとレーナの中身を理解して、そばにいることを望んでいるのだ。
よく見ているなと思う反面、家族として迎え入れるという言葉はノアのひととなりを受け入れているということであり、それがなんだか心が温まるほど嬉しいレーナはレインに感謝した。
「ありがとう、おばあちゃん」
「なんてことはないよ」
「……レインはよく見ているのね」
ノアもレーナと同じことを思ったのか、内心を言い当てられてうっすらと頬が赤くなっているのが分かる。ノアは自己肯定感が高いくせに、真正面から褒められるとこういう風に照れることがある。そんなところが可愛いなとレーナは思っているのだ。
夜になり、いつもなら夜のレッスンと称してえっちなことをするのが毎日の習慣になっていたのだが、今日のノアはキスをするだけでそれ以上はしなかった。
レーナとしては、キスだけで終わって助かっている。なぜなら、今日から月のものが始まってしまったからだ。
「レーナ、無理しなくていいのよ。月のものが始まったのでしょう?」
「え!? どうして分かったの!?」
見事に言い当てられて恥ずかしいという気持ちもあるが、それよりもなぜ月のものになったことをノアが把握しているのか気になったのだ。
「淫魔を舐めないでちょうだい。アタシ達、鼻が効くのよ。レーナからは甘い血のにおいがするの」
「そ、そうなんだ……」
「淫魔の中には、月のものの女性に手を出す最低なやつもいるけど、アタシは違うから安心して。レーナの身体が一番ですもの」
「ありがとう、ノア。嬉しい……」
「あら、男として当然よ」
ノアに変態的な趣味がなくて本当によかったと胸を撫で下ろすレーナは、悪魔のくせにそういう優しいところが好ましく思っている。
キスをするだけで心が満たされるレーナは未だに恋というものがよく分かっていない。
けれど、ノア以外の人とこういうことができるかと聞かれたら、答えは否だ。それはもう答えが出ているようなものなのに、レーナは最後の抵抗として認めたくなかった。認めてしまえば、きっとノアの全部が欲しくなってしまうだろうから。