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『魔法少女☆ルン』――作者である浜田さんの顔を思い浮かべていた。
この美しく並べられたコレクションを見たら、きっと喜ぶに違いない。
しかも、あれはゲームセンター限定のフィギュアのはず。
ネットオークションで、かなりの高値で取引されているのを知っている。
さすが一野瀬部長。
仕事のみならず、ゲームまで一流だとは。
なんでもできてしまうタイプっているのね。
「新織、これは……」
一野瀬部長はつまずいた私を庇って一緒に床に倒れこんでしまった。
私の体に触れてしまったからだろうか。
紳士的な一野瀬部長が動揺していた。
「すみません。転んでしまって……。重かったですよね」
「いや、俺もうまく受け止められなくてすまなかった」
申し訳なさそうに一野瀬部長が体を起こした。
こちらこそ、体重が重くてすみませんと心の中で謝罪した。
夜食で増やした体重よ。
好き嫌いなし、たくさんたべられる胃袋は、私の誇りだ。
けれど、今はこの体が憎い。
「怪我はないか?」
「はい」
そっと一野瀬部長の腕に触れた。
――ふむ。いい筋肉だ。細すぎず鍛えすぎず、たるんでもいない。ジャストな肉体!
これは正直言ってラッキーだった!
一野瀬部長は、私が思ったとおりの体をしている。
なるほどね、これはアリね。
浜田さんと違って、私のネタ帳は頭の中にある。
『転びそうになったのをキャッチしきれず、二人で抱き合う』
すばやくメモった。
ラッキーチャンスとでも言おうか。
神様、ありがとうございます。
私にこんなラッキーチャンスを与えてくださって!
甘い夜の続きがこれで書けそうな気がしてきた。
ミニ鈴子たちが肉屋の親父姿で現れた。
『筋肉は基本中の基本!』
『鈴子よ、こんなチャンスはなかなかないぞ! しっかり味わえ!』
『肉質はどうですか? 脂身はどうですか!?』
報告、報告!
脂身はほとんど感じられません!
ペタペタと一野瀬部長の体に触ったけど、ジムに行っているのか、しっかり鍛えられている。
鍛えられているとはいえ、あの細マッチョな|遠又《とおまた》課長の体とは違う。
素晴らしいバランスと自己管理。
『想像通りの肉』
『この肉質だと初回は葉山君が受けがベストでしょうね』
『ですなぁ~、ストーリーが進んできたら、逆もありでしょう』
そうだね。ミニ鈴子たち。
それは間違ってない。
間違ってないよっ!
一野瀬部長はすでにシャワーかお風呂に入った後で、メンズ用シャンプーの爽やかな香りもヨシ!
うんうん。
ここメモっておこ。
『ふわりと漂うお前の香り。俺はお前の香りに染まりたい。いや、香りだけじゃない。すべてだ――by新藤鈴々』
「新織……。俺のことが嫌いにならないのか?」
「嫌いになんてなれません!」
「本当に新織は優しいな」
え? 優しい?
一野瀬部長は微笑み、私の頬に触れた。
ミニ鈴子たちが『ぎゃああああ!』と断末魔の叫びをあげた。
ミニ鈴子ぉ~!?
姿を消したミニ鈴子。
私の分身ともいえるミニ鈴子。
こんな少女マンガ的な展開は初めてだから、頭の中が真っ白になってしまった。
至近距離で見る一野瀬部長の顔は最高だった。
これが攻め的な容姿!
獣のような目とキス――キスされてしまうっ!?
「ま、ま、待ってください。一野瀬部長っ……まだ心の準備がっ!」
「貴仁だろ? 鈴子?」
えっ、嘘。
そんな関係になってしまうの?
私たちっ!?
「お前はどんな俺でも受け入れてくれるんだな」
「え……? どんなって……?」
「俺をオタクと思わないのか?」
「そんなオタクだなんて。アニメBlu-rayくらいでオタクとは呼びませんよ」
思わず、オタクレベルが低すぎてぷっと吹き出してしまった。
「ん?」
「あれ?」
私と一野瀬部長はしばし、お互いの顔を見つめ合った。
そして、のそのそと起き上がる。
なぜか、私は正座をした。
「ここではっきり言っておく。俺はアニメオタクではない」
「はい」
「ゲームオタクだ」
「は、はあ」
そんな堂々と言われましても。
ま、まあ、ジャンル違いは確かに嫌かもね。
「あれは晴葵のものだ。勝手に置いて行った」
「あー……特に葉山君の世代に人気がありますもんね。営業部の奥川君もハマっているみたいですし」
「そうだな」
一野瀬部長はテレビ横の棚の扉をばんっと開け放った。
ずらっと並ぶゲームハード機の数々。
「うわっ! なつかしっ! 一時期しか出回らなったゲーム機まである。このゲーム機でギャルゲーの名作が何本も発売されましたよねー」
「ギャルゲーはあんまりプレイしないが、知識はある」
「ふむ。そうですか。私はもっぱらPCのほうを嗜んでいましたね(BLゲームだし)」
「PCは海外ゲームも楽しめていいよな」
「ダウンロードしてプレイしてるんですか?」
「まあな」
そこまで語って、お互いハッと我に返った。
なにを嬉々として語っているのだろう。
「それで、新織の趣味は?」
「えっ!?」
BLだなんて言えない。
だって、一野瀬部長と葉山君がモデルなんだよ?
バレたらどうする?
軽蔑のまなざしを私に向けるに違いない。
肉屋の服装をし、鶏肉を手にしたミニ鈴子が現れた。
『そんなチキンでどうする(鶏肉だけに)』
『自分をさらけ出せ!』
『それで嫌われたら、諦めて一生BL作家|新藤《しんどう》|鈴々《りり》として生きるんだ』
『腐女子としての生を全うせよ!』
そんな……!
こんなハイスぺ男を前にして腐を守って一生独身?
いや、それもいいけど――ってよくない。
「本当の私を知ったら、一野瀬部長は私のことを嫌いになります」
「大丈夫だ。俺はどんな新織でも受け入れる。新織は俺を受け入れてくれただろう?」
ぎゅっと私の手を握りしめた。
見つめ合う私たち。
そう、そうよね。
わたしだって、一野瀬部長を信じないと――
「私っ! 腐女子なんです!」
新織鈴子、一世一代の勇気を振り絞ってカミングアウトしたのだった。