テラーノベル
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残秋を感じさせる冷たい風が、体に刺さるようになってきた季節。
必死でタイピングしている私のデスクから見える窓からは、枯れた落ち葉が地面を這いずって飛ばされている。
秋が終わるのは構わない。が、会社の女性社員たちは、来るビックイベントまでに彼氏を見つけようと色めきだっているのが、伝わってくる。
今、必死で定時に帰ろうと書類を終わらせている私の横で、合コンの話を取り付けているのだから。
「えええ! 今日の相手ってこの前、アドレス交換したあの人たち? 確か外科医だったよね」
ひそひそ話していた声が、一段階高くなる。二つ隣の席からなのに、耳がキンキンしてくる。
打ち合わせが二件。資料請求が四件。見積もりが三件。
メールの返信が二件。ファックスの返信待ち一件。デザインの打ち合わせが三件。
「そうなの。この前、営業でうちに来た時に名刺を置いていったでしょ。その時に電話しちゃった」
「やった。今日、奮発して買ったワンピースで出勤しちゃったんだよね。楽しみ」
「終わり!」
同僚二人が飛び上がるほど大きな声でついそういってしまうと、パソコンをシャットダウンさせながら二人を見る。
「もしかしたらファックスが来るかもしれないから、来たら私のデスクの上に置いておいて」
「う、うん。もう帰るの?」
「紗矢もよかったら、合コン……行かないよね」
ロッカーに向かいながら、二人に私は微笑む。
「ごめんね。今日は社長と代表取締役会長と食事会なの」
「それってつまり」
「そう。家族で食事」
同僚の二人は『大変だね』と苦笑いして私を労わってくれたが、ごめんね。
食事会というのも少し語弊がある。
「せっかく紗矢は綺麗なのにこのままじゃ、本当に結婚できないよ」
心配してくれたのは、同僚でもあり大学からの気の置けない友達でもある、藤森小春。
私が人目を惹く容姿をしているから、合コンのエサに使おうとしていた清々しいほどの肉食系女子だ。
その清々しさと遠慮しないで言い合える性格のおかげで、私もなんでも話せてしまう。
見た目は小動物みたいに小さくて可愛いのに、高級な肉しか食べない肉食系の彼女は、合コン相手もいちいち一流企業とかスポーツ選手とか派手だ。
そんな場所に私も行けば、本性がボロボロと出てしまって恥をかくだけ。
しかも今月は趣味で本当にお金がないので、タワーホテルの高級バーでの合コンの会費さえ払える自信がない。
「ありがとう。いつか親と兄の目を潜り抜けて見せるわ」
じゃあ、と定時5分を過ぎてしまい急いで着替えて駅へ向かう。憐れんでくれる二人の視線が刺さる中、見えなくなったら全力で走ろうと決めていた。
カラカラと飛んできた枯葉を踏むと、冬の訪れる音が聞こえてきた。
*
電車で二駅先にある、高級マンション『アーリントンタワー』の18階にある兄の部屋へと向かう。
経営者が外国のホテル王らしく、裕福層を満足させるために建てたような、超高級な施設完備、家にほぼ帰れない兄が何不自由しなくてもいいぐらい、食事もクリーニングもハウスクリーニングも電話一本でやってくれる夢のようなマンション。
私は趣味に没頭してお財布の中身が寂しくなると、兄の家にお邪魔する。
兄が社長で、父が代表取締役会長を務める、うちの南城医療機器総合メーカーは、医院の建物から内装、家具などのインテリアの空間デザイン、そして医療機器や医療器具の紹介や仲介、中古医療器具の買取販売などを扱い、医療コンシェルジュと呼ばれるような大企業。
父が楽天家で後先考えずに事業を拡大させ続けてきたせいで、社長である兄がほぼ尻ぬぐい。
私は最初は兄の秘書をしていたのだけど、新しく中古医療器具の売買に手を出したせいで、事務が深刻な人手不足になり手が回らなくなり現在はそちらが落ち着くまで手伝っている事務員だ。信用がない未知の場所に、社長の身内が入ることで、少しは安心感が出るらしい。
「あれ、お兄ちゃん、帰ってるじゃん」
玄関を開けると、踵がすり減っていない真新しい革靴がきちんと端に脱いである。
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