離婚しても元奥さんとの関係は良好、その言葉が胸の奥にチクッと刺さったけれど。
_____それって、セックスしないでもいいから保てる関係だったりして
などと余計なことまで考えてしまう自分が、なんだかおかしい。
「じゃ、次はこちらをお願いしますね。岡崎さんの仕上がりは、クライアントから評判いいので期待してます」
「ありがとうございます。じゃ、これで」
もう少し話していたかったけれど、母の様子も気になるから帰ることにした。
「はい。あ、この前成美さんと話してたラーメン店、また機会があったら行きましょう」
ラーメン店、ランチの時に話題に出たお店のことだ。
そんな他愛もないことを、おぼえていてくれたことがうれしかった。
「はい、詳しい場所を成美に聞いておきますね」
途中でスーパーに寄って、食材を買う。
「お母さん、これ好きだったよなぁ」
和菓子屋さんで、葛餅を見つけた。
◇◇◇◇◇
「お茶淹れるね、ほうじ茶でいい?」
「ありがとう。葛餅なんて久しぶりだわ」
まるで子どものように喜ぶ母の姿を見て、ホッとした。
家を出てきたことに、差し迫った理由があるというわけでもないのかもしれない。
圭太は、遊び疲れて昼寝をしていた。
「……で?なにがあったの?」
「何、というか……ずっとなのよ、ずっと前から……」
はぁ、と深いため息。
「もしかしてさ、浮気とか?」
「杏奈、知ってたの?」
「知ってたというか、なんとなくね。相手は?いつから?お父さんはどうするつもり?」
父は、今では化石化しているような、亭主関白の一面がある。
母に対しては、『女は家を守ればいい』『家事は全てお前がやれ』というタイプ。
母はおとなしく父の後についているような、昔ながらの良妻賢母というところか。
「いつからかわからない。でも長い時間騙されていたと思う。相手は同級生みたいね、バツイチの」
家に届くスマホの料金請求が、違う会社からのものだったことがあり、理由を訊いたら“仕事用”だと言われたらしい。
「どうやら相手に持たせてるみたいなの」
「なんでお父さんが?」
「これ、見て」
A4サイズの書類ファイルには、少しぼやけた写真が何枚かあった。
そのどれもが喫茶店で穏やかにお茶をしていたり、スーパーで買い物をする写真で、まるで夫婦のようなシーンばかりだ。
この写真は、探偵を使って調べた結果らしい。
「なにこれ、どういうこと?」
報告書には、“肉体関係は認められない”“親しい友達のようだ”とあった。
「浮気とか、不貞ではないってことらしいけどね。それが反対に私には許せないの」
母はこの調査書を父に見せて、いったいどんな関係なのかと問い詰めたらしい。
「そしたらね、離婚して一人で子どもを育てていて、ほっとけなかった、ですって。10年以上前からよ。それくらい前に参加した同窓会で再会して、それからずっと。でもやましいことはしてないって言い張るの。それが頭に来てね、離婚届置いて出てきちゃった」
そこまで話した母は、ごくごくとほうじ茶を一気飲みしている。
「えっ!もう離婚届書いたの?」
「もちろん、いろんな条件を書いた書面も一緒にね。離婚した友達に色々教えてもらっていたから」
財産分与のことも一般的な範囲で書いたらしい、もちろん年金も半分受け取ると。
「もう、どうしようもないの?」
「考えてもみて、杏奈。家では私や杏奈に対してもなんだか偉そうにしてたでしょ?なのにその女のところでは、優しく経済的支援もしてたのよ。わかる?パンツは私に洗わせて、優しいところだけを別の女に見せていたの。これからはね、その女にパンツも洗ってもらってなんならこれから先、介護もしてもらえばいいのよ」
バン!とテーブルに探偵からの書類ファイルを叩きつけた。
「私のことを、家政婦くらいにしか思ってなかったってことでしょ?気持ちはずっと別の女にあったんだとわかったら、虫唾が走るくらい嫌だと思った。もう顔も見たくない」
「でも、不貞はないって……」
「だからよ、いっそのこと体の関係があった方がセイセイするのに、そんなことがなくても続いてたってことは本気で好きってことで、気持ちは完全にこちらを向いてなかったってことよ。ずっとずっと騙されていたの」
母は泣きながら怒っていた。
きっと、父のことをずっと信じていたから、裏切りを知ったことでプツンと糸が切れてしまったのだろう。
_____体より気持ちの問題か……
両親の離婚問題が、あまりにも突然すぎて実感がないけれど、母が言いたいことはわかる気がする。
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