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どうしてこんな所で会ってしまったのだろう。無視してその場を離れるという選択肢だってあったのに、私はのろのろと振り返り、征也に向き直ってしまった。
彼は私以上に気まずい顔をしている。
「奇遇だね。えぇと、元気だった?」
「う、うん、元気。征也君は?」
「俺も、まぁ、元気だった」
「そっか……」
ぎこちない会話だった。
征也への想いは自分でも不思議なくらいすっかり落ち着いている。今となっては一つの思い出となっていて、彼を前にして心が揺さぶられることはなかったが、何を話せばいいのか分からなかった。どうせなら素通りしてくれれば良かったのにと、振り向いた自分のことは棚に上げて、戸惑いと苦々しさで複雑な気持ちになっていた。
そんな私に征也は訊ねる。
「美祈ちゃんはどうしてここに?」
「コスモス畑を見に来たの」
「一人で?」
征也は重ねて問いながら、辺りを見回す。
「えぇと、彼氏と」
「彼氏?」
訊き返しながら征也は目を大きく見開いた。
私に彼氏ができたことはそんなに驚くような話かしらと、苦笑しそうになった。しかし表情を崩さずに私は彼に訊き返す。
「そういう征也君は?今日、仕事はお休みなの?」
私の問いかけに征也ははっとしたような顔をした。しかしすぐに、穏やかな笑みを口元に浮かべる。
「休みをもらって、実家に行く途中なんだ。ちょっと野暮用でね」
「ふぅん、そうなんだ」
相槌を打った時、塚本が私のいる方へ戻ってくるのが見えた。
二人を会わせない方がいいような気がして、私は塚本の方へ急いで向かおうとした。慌ただしく征也に声をかける。
「ごめんね。私はこれで」
しかし遅かった。
征也の脇を通り抜けるようにして歩いてきた塚本は、私の傍に寄り添うように立つ。
「待たせてごめんね」
「う、うぅん、全然大丈夫よ」
塚本は私に微笑みかけてから、真顔になって征也に視線を移す。
「遠野さんの知り合い?」
その声音の中に彼の緊張を感じ取り、答える私の口調もまた固くなる。
「あ、兄のお友達なの」
そこにすかさず征也が口を挟む。
「はじめまして。佐伯と言います。美祈ちゃんとは、彼女が中学生の時からの知り合いなんです。それで美祈ちゃん、その人が彼氏さん?紹介してほしいな」
私に向ける征也の笑顔は柔らかく穏やかだったが、その目は塚本の人となりを見定めようとするかのように細められていた。彼にとって、私が妹分として保護すべき対象であることは今も変わっていないようだ。
「こちらは塚本さん。中学の時の同級生なの」
「へぇ、美祈ちゃんの元同級生?」
「うん。この春頃に偶然再会して、それで……」
征也の口元には相変わらず笑みが刻まれてはいたが、その目は今もやっぱり笑っていない。
私の隣にいる塚本はどうだろうと見ると、彼は静かに微笑んでいる。しかし、どこかぴりぴりとした空気をまとっていた。
二人の様子にはらはらした私は、早くこの場から離れた方が良さそうだと考えて、征也に曖昧な笑みを向ける。
「私たち、もう行くね」
塚本を促してその場を去ろうとしたところを、征也に呼び止められた。
「美祈ちゃん」
足を止めて振り返った私に、征也は優しく笑いかける。
「美祈ちゃんの元気な顔を見られてほっとした。じゃあね」
「う、うん。じゃあ……」
またねと続けそうになったのを飲み込んで、私は征也を見送った。
彼の後ろ姿が人の波の向こうに紛れて見えなくなってから、私は大きくため息をついた。今の私は、征也を前にしても何ら動揺することはないと思っていた。しかし、心の準備がない状態での遭遇だったからか、自分で思うよりも実は緊張していたらしい。
やれやれと思っているところに、塚本が低い声で私に訊ねる。
「今の人って、もしかして例の失恋した人?」
「えぇ。まさかこんな所で会うなんて、びっくりしちゃった。でも、どうして分かったの?今まで私、彼の名前とかは言ってなかったような気がするんだけど」
「遠野さんの顔を見て、あれっと思ったんだ。遠野さんが中学生の時からの知り合いだって、あの人、言っていたしね」
「そうなんだ。洞察力っていうやつかしら。すごいね」
「すごくないよ。好きな人のことに関しては、勘が働くってだけのことさ」
ストレートに「好きな人」と表現されて、照れてしまう。
「そ、そういうものなのかしら……」
「それで?」
「それで、って?」
不意に話の流れが変わり、私は戸惑った。何を訊ねたいのだろうと、その意図を探るように彼の顔を見つめた。
彼は私から目を逸らしてぼそりと言う。
「やっぱりあの人がいい、とか思ったりはしなかった?」
「それはないわ。もう終わったことだもの。それなのに、どうしてそう思うの?」
塚本の表情がふっと曇った。
「あの人の遠野さんを見る目が気になったから。それで少しだけ不安になったんだよ。それから、嫉妬も少しね」
「嫉妬?」
塚本は照れた顔を見せる。
「あの人と遠野さん、互いに名前で呼び合ってただろ?」
「だってそれは、昔から知ってる間柄だから」
「分かってるよ。だけど、俺たちは恋人同士なのに、未だに苗字呼びだよね。そう思ったら悔しくなってしまってさ。俺も『美祈ちゃん』って呼んでいいよね。もちろん俺のことも、『塚本さん』だなんて他人行儀な呼び方じゃなく、『迅』って呼んでほしい」
彼は軽く身をかがめて、私の顔をのぞきこんだ。
私の返事を待つその目に、どきどきする。
「わ、分かったわ。今度からは下の名前で呼び合うということで……」
「今度からじゃなくて、今からだよ。というわけで、よろしくね。美祈ちゃん」
私の名前を呼ぶ塚本の声は、甘い響きを含んでいた。
くすぐったいような気分で私は頷き、おずおずと小声で彼の名前を口にする。
「わ、分かった。えぇと、迅君」
途端に、塚本――迅の顔が嬉しそうにぱあっと綻んだ。
「なんだかぐっと距離が縮んだような気がするな」
迅は機嫌のいい顔で言いながら私を促し、施設の出入り口に足を向けた。
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