第一章
__.__.……。
蝉が鳴いている。蝉のせいでもっと暑くなってくる………。
「はっ」思わず声が漏れる。やばい、今日は学校の夏期講習だったんだ……。
時計は午前8時を指している。夏期講習は8時半からだ。まずいな……。
朝ごはんを軽く済ませ、制服に着替え、独りで登校する。周りに人がいる。全員俺のことを抜いていく。誰も俺の背中なんか見やしないし、誰も俺のことを見てくれない。当たり前か、と、自分に言い聞かせながら学校へ向かっていく。
「えまって、うけるんだけど」
「それな?」
「そういえばさ__」
「まじ?やばくね」
「てか__がさ」
「あいつがちおもろい。殺したいくらいに」
男子生徒、女子生徒の話し声が聞こえてくる。もしかしたら俺のことを話されてるんじゃないかって思ってしまう。俺はどれだけ弱い人間なんだ……。
俺は影の薄い人間。誰も俺に話しかけてくれやしない。理由はわからないけど、この高校2年間誰とも話さなかったから、流石に人間不信にはなるかな。こんなのを”人間不信”と、決めつけていいのかはわからないけど。
俺が悪いんだよな。俺がクラスの人気者のような性格じゃないから……。根暗なんだよな、俺って。友達も少ねーし、勉強も出来ねーし、運動だって出来ない。所謂、陰キャ、ってものだろう。
かといって、読書が好きなわけではない。ゲームは好きだが、かといって得意かって聞かれたらそうじゃないし。
…………あれ、そう思えば俺って
───取り柄のない屑なんだな。
学校に着いた。夏休みだから誰にも会わずに済む、気楽な夏休みだと思っていたのに、今朝このことに気づいて、一気に気持ちが落胆した。
いっその事気づきたくなかった。
学校なんて、忘れてしまいたかった。
下駄箱で靴と上靴を入れ替える。多分、この辺りでみんな友達と合流したりするはず。
が、俺にはそんな現実は待ち受けていない。
別にいいよ。友達なんかいなくても。人気者じゃなくても。
俺は、神様にこんな人生を捧げたのだから。
真っ直ぐ進めば、クーラーの効いた俺たちの教室。後ろに進めば、俺の唯一の救いの家。
……逃げるな。俺。このまま家に帰ったら、また家族を悲しませる。もう心配掛けさせたくないんだ。
俺はゆっくりと重い足を動かす。ゆっくりゆっくり、1歩ずつ、ゆっくり。
足が動かない。まるで雪に埋もれているようだ。
助けてくれ。こんな俺を、雪の中から抜けさせてくれ。
それでも足は動かない。やめてよ、動いて、俺の足…!
何とか教室に入れた。時刻は8時26分だ。準備に3分くらい必要だから、ギリギリセーフだな
よく言われる、”5分前着席”や、”10分前集合”などは俺には出来ない。しようとしても、足が動かないのだ。
なんでだよ、たすけてよ……。
「よーし。全員揃ったな、それじゃあ始めるぞ」
先生の言葉の”全員揃った”には、俺は含まれているのか。
余計な心配するなってよく言われるが、俺には本当に怖いんだ。今にも涙が出てきそうなくらい。
「先生、佐藤さんが居ません!」
1人のクラスメイトが発言する。
佐藤光夏。このクラスの中心的立ち位置だ。
顔が良くてよく男子に告白されているらしい。なんて、漫画みたいな話が現実でも起きるなんておもしれーな
佐藤さん。たった1人の生徒が遅刻または欠席しているだけで、みんな佐藤さんの話題があがる。
「えー、休みかなあ」
「佐藤さん、来て欲しかったよね〜」
「光夏が居ないと学校つまんない!」
「佐藤わんちゃん寝坊じゃね?笑」
「元気だといいな〜」
止まらない声。俺だったら絶対誰も俺が居ないことに気づかないだろうし、なんなら俺の苗字の”み”さえ発言されないだろう。
「お、ほんとだな、気づかなくて済まない。えっと、佐藤光夏、佐藤光夏……。」
先生が欠席チェックをしている時、1人の女子生徒の声がした。
「せ、先生〜!!遅刻しました!!」
荒く息遣いをしている女子生徒、佐藤光夏だ。
もー光夏ってば。そんな声が次々とあがる。はあ、今日、来なければ良かった。
親を悲しませたくなかったのか?さっきの言葉はどうした。矛盾しているぞ、と自分に言いかける。
あー、この空間から消え去りたい。
「おお、佐藤来たのか。それじゃあ、空いている席に座れー」
空いている席、明らかに俺の周りじゃねえか。
俺は壁際の後ろの方の席に座った。そうすると、隣と後ろの人たちを削ることができるし、端っこだから周りの視界にあまり入らないからだ。
だからといって、クラスの人気者が俺の近くに来ちゃあ、こっちに視線が寄ってくるに違いない。って、俺、自意識過剰か?
「はーい!」と、元気よく佐藤さんが言う。どっか行けよ……。
なんて思っていたのもつかの間。ねえ、と、佐藤の声がしたのだ。
「美佐穂くん……だっけ?ねえ、隣、座ってもいいかな」
ほらやっぱり俺の名前覚えてないじゃん。合ってるけどさ、態々確認してくるって……。
そりゃそうか、陽キャなんかが俺の事なんか認知している訳ねーもんな
「うん」と、軽く言葉を返す。あまりはしゃいだり、笑ったりすると周りに引かれるに違いないから。
不幸中の幸い、特に特別なことは起きることなく一日を過ごすことが出来た。