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放課後の帰り道、俺――**いふ(陰キャ・腐男子)**は、隣を歩く陽キャの光源、ほとけくんに半ば引きずられる形で帰路についていた。
「ねえ、いふくん。歩くの遅いよ?」
「お前の歩くんが早すぎんねん……! 陽キャってなんでこう元気やねん……!」
「元気なのはいいことでしょ。ほら、もっとこっち」
言って、俺のリュックの肩あたりをちょいっと引っ張る。
その、ほんの軽いスキンシップが――
(あかん……! 腐男子脳が死ぬ……!!)
またもや俺の妄想を刺激してくる。
(こんなん、BLの1ページ目やん……!
帰り道で距離縮まる陽キャ×陰キャやん……!!
あかん、ほんまに一緒に歩くたびに変な妄想増える……!!)
心の中で土下座しながら腐脳を落ち着かせていると、ほとけくんがふと横を見て笑った。
「いふくんって、歩く時も表情コロコロ変わるんだね。分かりやすくて好き」
「好きって言うな!! 軽々しく言うな陽キャ!!」
「え? 軽くないけど」
「……は?」
聞き返すと、ほとけくんはほんのり頬を染めていた。
「僕、いふくんのことけっこうガチなんだけど」
「が……が、がち!?
ど、どういう意味やねん“ガチ”って!! 陽キャのガチは信用ならへん!!」
「信用して。僕、嘘つかないから」
その言葉が、冗談ではない響きをもって胸に刺さる。
(やめてくれ……! そんな真面目な顔で言われたら……!
妄想じゃすまんくなるやろ……!!)
「……なんで俺なん?」
思わず、漏れ出た言葉。
陽キャのほとけくんが、よりによって陰キャの俺に興味を持つ理由なんて、ないはずや。
俺は体育もできんし、コミュ障やし、腐男子で……。
「それはね」
ほとけくんは歩みを止め、俺の前に立った。
夕日の逆光で顔がよく見えない。けど――その声ははっきりしていた。
「いふくんの反応、仕草、目線……全部、可愛くて。放っとけないんだよ」
「やめろぉぉぉ!!
なんでそんな真っ直ぐ言うねん!! 陽キャってそんなもんなん!?
俺の心臓のHPゼロやぞ!!」
叫ぶ俺を見て、ほとけくんは優しく笑った。
「ねえ、いふくん。僕、家こっちなんだけど、いふくんちってどっち?」
「は? ……あっちやけど」
「じゃあ今日は送ってく」
「はあああ!? なんでや!」
「いふくんが好きだから」
「簡単に好きって言うなああああ!!」
「簡単じゃないってば」
全然引かへん……!
むしろ、俺が拒否すればするほど、ほとけくんは距離を詰めてくる。
……陽キャ、怖っ!!
けど――どっかで、ちょっとだけ嬉しいと思ってしまった自分に驚く。
(あかん……ほんまに、あかんやつや……
こんな気持ち、妄想の中だけで十分やのに……)
そんな動揺を抱えたまま、俺は自宅近くまで歩いた。
そして、家の前に来た時。
「ここ? いふくんの家」
「……そや」
「へえ……なんか、いふくんっぽい家だね」
「どんな意味やねん」
「可愛いって意味」
「……ッッッ!!」
もう帰れ!!
いや帰らんでええけど!!
いや帰れ!!(混乱)
「じゃあさ、今日いふくんの好きなもの、ひとつ教えてよ」
「……急になんやねん」
「僕、もっと知りたいから」
正面から、迷いのない目で言ってくる。
逃げ場が、ない。
「な、なんでもええんか……?」
「うん」
「…………漫画、や」
「うん」
「………………男同士の恋愛漫画や」
「へえ。BL?」
「そうや……腐男子やねん、俺……
気持ち悪いとか言うなら今のうちに言えや……」
ほとけくんは目を丸くした。
そして、ほんの一秒の沈黙のあと。
「――いいじゃん、それ」
笑った。
「へ?」
「だって、いふくんが好きなら、それでいいんだよ。僕の価値観で否定する理由ないし」
「……は……?」
「好きなものがあるのって、めっちゃ素敵だよ」
優しい。
優しすぎる。
胸がぎゅっとなって、苦しい。
「てかさ」
ほとけくんは、少し照れた笑顔で続けた。
「いふくんがBL好きなら……僕といふくんが並んで歩く姿も、ちょっとは萌える?」
「!?!?!?!?!?!?!?」
「ほら、今すげぇ反応した」
「う、うるさい!!」
顔から火が出るほど熱い。
というか。
「お前……わざと言わせたんか……?」
「うん」
「あかんやつやん!!
陽キャって何考えてんねん!!
腐男子をからかうために人生生きとるんかお前らは!!」
「からかってないよ? 本気」
「……本気って……なんの本気やねん……」
ほとけくんは、俺の手のすぐ近くで、自分の指先を軽く合わせた。
触れてない。
でも、触れたらすぐ崩れてしまいそうな距離。
「ねえ、いふくん」
「……なんや」
「僕……いふくんのこと、本当に好きなんだと思う」
胸が、跳ねた。
「……冗談やろ」
「冗談に聞こえる?」
「聞こえへん……から怖いねん……」
「怖い?」
「だって……俺みたいなん……
告られた経験とかないし……
陽キャに優しくされたら……すぐ誤解するし……」
目の奥が熱くなる。
ほんまは――怖いんや。
妄想の世界でしか見たことない言葉を、現実で言われるのが。
優しさは毒や。
俺みたいな陰キャほど、簡単に中毒になる。
「……いふくん」
ほとけくんの声が近い。
気がつけば、すぐ横に立っていた。
「誤解させるつもりで言ってるんだよ」
「な、なんやねんそれ……!」
「誤解じゃなくて、ちゃんと本気なんだって伝えたいから」
「……」
ほとけくんは、俺の肩にそっと手を置いた。
びくっと身体が跳ねる。
触れられている場所から、じんわり熱が広がっていく。
「いふくん。好き」
「ッッ……やめ……」
「やめないよ」
「やめろって言うてるやろ……」
震える声で言っても、ほとけくんは微笑んだままだ。
「本気で好きって言ってるのに、やめろって言われても無理だよ」
そして。
俺の手を、握った。
不意に触れたその瞬間。
全身が熱で包まれる。
(あかん……! 手ぇ繋ぐとか……無理や……!
これもう……妄想越えてる……!!
陽キャ、妄想越えてくんなや……!!)
「ねえ、いふくん」
「……っ、なんや」
「僕と付き合って」
つき……
あ、付き合って……?
「………………は?」
「僕、いふくんの全部を否定しないよ。
腐男子なのも、陰キャなのも、漫画好きなのも、反応が可愛いのも」
「可愛いは余計や……!」
「全部ひっくるめて好き」
目が潤んでいた。
陽キャは泣かないと思ってた。けど違った。
「だから……いふくんが良かったら、僕の隣にいてほしい」
「…………っ」
胸が痛くて、苦しくて、でも――温かかった。
こんなん言われて断るとか……
(無理やろ……)
陽キャやのに、こいつ……
本気で俺なんか選んで……
こんなん、ズルいやん……。
「……知らん……好きにせえ……」
「え?」
「好きにせえって言うたんや!
……勝手にしろ……アホ……!」
ほとけくんの顔が、一瞬で花が咲くように明るくなった。
「ありがとう、いふくん!」
「抱きつくな!!」
「嬉しすぎて!!」
「やめろぉぉぉ!!」
でも――その腕の温かさを、俺は拒めなかった。
腕の中で、心臓がうるさく跳ねる。
(……これ、妄想じゃないんやな……)
現実のほうがずっと甘くて、ずっと苦しくて、
ずっと……幸せやんけ。
俺の人生に、こんな日が来るとは思わんかった。
「いふくん、これからよろしくね」
「……知らん……」
「はいはい、照れない照れない」
「照れてへん!!」
「照れてるよね?」
「ああもう陽キャうっとうしい!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る俺の手を、
ほとけくんは、ぎゅっと握り直した。
「手、離さないからね」
「……勝手にせえ」
だけどその“勝手にせえ”は――
もう拒絶ではなく、受け入れの言葉だった。
こうして、陽キャと陰キャ。
まったく違うふたりが、ちゃんと向き合って、ちゃんと恋人になった。
俺の妄想の世界よりずっと、ずっと近い距離で。
これは、
――妄想じゃなくて、本物になった恋の物語。
コメント
2件
コメント失礼します。続きが楽しみです✨今日も尊い!!