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鷹槻れん

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鷹槻れん

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#強引
#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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『第三十一話 春が来る』
──
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
千夏はしばらく、ぼんやりと天井を見つめていた。
白い壁。
カーテンの隙間から差し込む朝の光。
そして、静かな部屋。
ここがどこなのか。
一瞬だけ分からなくなって──
「あ……」
思い出した。
大阪。
受験前日、千夏は一人でホテルに泊まった。
初めての一人外泊だった。
母もいない。
結衣もいない。
もちろん、悠真もいない。
誰かと一緒にいることが当たり前だった千夏にとって、最初は少しだけ不思議な感覚だった。
けれど。
「……意外と、悪くないかも」
小さく呟いて、千夏はベッドの上で伸びをした。
昨夜は早めに眠った。
受験を決めてから、これまで以上に勉強した。
とはいっても、何もかもをやろうとしたわけではない。
過去問を中心に、必要なところだけを集中してやった。
それまでの千夏なら、参考書を開けば開くほど、
「まだ足りない」
「これもやらなきゃ」
「もし出たらどうしよう」
と、不安ばかりが膨らんでいた。
けれど今回は違った。
大阪の大学を受けると決めた日から、やることを絞った。
過去問を解く。
間違えたところを確認する。
もう一度解く。
それを繰り返した。
昨夜は緊張で眠れないかも、と気になったが、ベッドに入った途端にスーッと眠った。
だから、今朝は不思議なくらい頭がすっきりしている。
体も軽い。
熱もない。
喉も痛くない。
千夏は枕元の時計を見た。
──午前六時。
まだ時間には余裕がある。
「よし」
ベッドから降りる。
そして、ふと鏡を見る。
寝癖のついた髪。
少し眠そうな顔。
けれど、その表情には以前のような不安はなかった。
「……あとは、やるだけ」
そう言って、千夏は洗面所へ向かった。
──
顔を洗う。
歯を磨く。
着替える。
持ってきた荷物を確認する。
受験票。
筆記用具。
時計。
スマートフォン。
忘れ物はない。
千夏は最後に、ホテルの窓から見える朝日に向かって深呼吸した。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく呟いた。
そしてホテルの部屋を出た。
エレベーターを降りる。
朝のロビーは、チェックインした昨夜よりも少しだけ明るく感じた。
まだ人気のないフロントへ向かう。
「おはようございます」
「おはようございます。チェックアウトですか?」
受付にいた女の子が顔を上げた。
明るい金髪。
千夏より少し年上くらいだろうか。
大きな目と八重歯が可愛い。
女の子は千夏の顔を見て、それから頭の上を見た。
「……なあ」
「はい?」
「東京って、けったいな髪形流行っとるんやな?」
「……え?」
千夏は首を傾げた。
女の子が千夏の頭を指差す。
「それ」
「……?」
千夏は手を頭に伸ばした。
指先に触れたのは──
タオル地の触り心地。
「…………」
今朝、洗顔するときに使ったヘアターバン。
千夏は固まった。
「…………あ」
女の子が笑いをこらえている。
「洗顔したまんまやろ?」
「……!」
千夏は慌ててターバンを外した。
「す、すみません!」
「いやいや、謝らんでもええって」
女の子は声を上げて笑った。
「朝からええもん見せてもろたわ」
「……もう」
千夏は恥ずかしそうにターバンを鞄へ押し込んだ。
女の子は笑いながら、千夏の手元を見る。
「受験なん?」
「はい」
「そっか」
女の子の表情が少しだけ優しくなった。
「頑張りや」
「ありがとうございます」
「うちも春から東京やねん」
「え?」
千夏が顔を上げる。
「東京に進学ですか?」
「まあ、そんなとこや」
女の子は少しだけ得意そうな顔をした。
「まあ、そんな大したもんちゃうけど。東京行って、ちょっと頑張ってみようかなって」
「……すごいですね」
「そっちもやろ」
「え?」
「一人で大阪まで来て、受験するんやろ?」
「……はい」
「だったら、お互い頑張ろや」
千夏は少し驚いた。
名前も知らない。
今日初めて会った人。
それなのに。
なぜか、その言葉が嬉しかった。
「はい」
千夏は笑った。
「ほな、気ぃつけてな」
「ありがとうございます」
フロントを離れ、千夏は出口へ向かった。
自動ドアが開く。
大阪の朝の空気が入ってきた。
千夏は一度だけ振り返った。
金髪の女の子が手を振っている。
千夏も小さく手を振り返した。
そして、前を向く。
今日、自分がやることは一つだけ。
試験を受ける。
それだけだ。
──
「ま、進学言うても……芸人の養成所やけどな」
フロントの女の子は、ぽつりと呟いた。
──
試験会場。
教室には、同じように受験生が並んでいた。
机の上には筆記用具。
受験票。
時計。
周囲からは、紙をめくる音や小さな咳払いが聞こえてくる。
試験開始を待つ。
千夏は深く息を吸った。
緊張している。
……と思っていた。
けれど、不思議だった。
怖くない。
もちろん、失敗する可能性はある。
合格できる保証もない。
それでも。
ここまでやった。
だから──
「……やるだけだよね」
試験官が入ってくる。
問題冊子が配られる。
開始の合図。
千夏は問題を開いた。
一問目。
見覚えのある形式だった。
ペンを握る。
書き始める。
二問目。
三問目。
分からない問題は飛ばす。
解ける問題を確実に。
そして、最後まで諦めない。
時間が流れていく。
気がつけば、最後の科目の終了の合図が聞こえた。
千夏はペンを置いた。
「……終わった」
教室の外へ出る。
春の風が吹いていた。
空を見上げる。
一人で大阪まで来た。
そして今、試験を終えた。
「……できた」
小さく笑った。
結果は、まだ分からない。
でも、今の自分にできることは、もう何もない。
だから千夏は、前を向いて歩き出した。
「たこ焼き食べていこうかな」
──
高校の卒業式は受験前の三月上旬に済んでいた。
受験が控えていたから、あまりセンチメンタルになる余裕もなかったが、大泣きしている結衣たちを見て少しもらい泣きした。
卒業式の後、クラスのみんなで打ち上げの話が出ていたが、
「亜土さんが来ないなら、受験が終わるまで待つ!」
「いやいや、みんな遠慮しないでやってよ」
「ダメ!」
「なんで!?」
「クラス全員一致です!」
「そんなことある!?」
「いいから今は受験に集中しろ。うざい」
担任の先生も「卒業後も何かあれば、すぐに連絡ください」と言っていたので、大阪の受験が終わったと電話で報告をしたら「頑張りましたね」と言ってくれた。
結衣も自分の大学の入学式まで暇なのか、しょっちゅうメッセージがきていた。
『頑張ったね!合格発表、一緒に見てもいい?』
『いいよ。うちくる?』
『いく!』
悠真にも簡単にメッセージを送った。
『大阪受験、無事に終わりました』
『大阪はどうだった?』
『たこ焼き、おいしかったです』
──
そして、三月も半ばを過ぎた。
合格発表の日。
千夏は自室でスマートフォンの画面を見つめていた。
隣では結衣が落ち着かない様子で歩き回っている。
「千夏……大丈夫?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
「……私のほうが緊張してるんだけど」
「なんで結衣さんが?」
「だって……」
結衣は口を閉じた。
千夏も何も言わない。
画面を開く。
合格発表のページ。
受験番号を入力する。
指が止まる。
一瞬だけ、怖くなった。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
──メッセージ。
送ってきたのは悠真だった。
『どうだった?』
短い一言。
千夏は、その文字をじっと見つめた。
そして。
「……見るね」
結衣が息を呑む。
千夏は画面をタップした。
合格者一覧が表示される。
受験番号を探す。
一つ。
また一つ。
指を動かす。
──そして
「あ……」
千夏の指が止まった。
「…………」
声が出ない。
結衣が千夏の顔を見る。
「千夏?」
千夏は画面から、ゆっくりと顔を上げた。
目には涙。
でも、泣いてはいなかった。
笑っていた。
そして。
スマートフォンを握ったまま、片手を上げる。
指を二本。
Vサイン。
結衣の顔が、一気に崩れた。
「千夏ぅ!」
次の瞬間。
結衣が千夏に抱きついた。
「よかったぁ……!」
「ちょ、結衣さん……!」
「本当によかったぁ……!」
千夏も笑った。
何度も。
何度も。
そして、スマートフォンの画面を見る。
そこにはまだ、悠真からのメッセージが残っていた。
『どうだった?』
千夏は少し考えてから、文字を打つ。
『合格です!』
送信。
そしてスマートフォンを胸元に抱えた。
「……お兄様」
小さく呟いた。
外は、もう桜の蕾が膨らみ始めていた。
──続く
コメント
4件
合格!! よかったです😭一時はどうなるかと思いました。千夏さんほんとに良かった……!
フロント嬢の、その後を知りたい方は拙作「花咲くイナリズシ!」をお読みください😁 次回、第一部最終回です。
うわぁ……千夏ちゃん、合格したんだね!! 一人で大阪行って、ホテルで朝からヘアターバンつけたままフロント行っちゃうとことか、千夏ちゃんらしくてめっちゃ微笑ましかった😂 最後のVサイン&結衣さんとの抱きつきシーンはグッときたわ……悠真くんへの「お兄様」も静かに熱い。 春、確かに来たなって思える回だった!次も楽しみにしてます🔥