稽古を初めてしばらくは、本当に力がつくのか、またいつ成果が出るのか分からない、底なし沼のような日々だった。
しかしその甲斐あってか、私は徐々に腕を上げていった。試合でもだんだんと勝てることが増えていき、稽古を初めて2年目のある日、私は師匠に呼び出され、高校生や大人の練習に加えられた。そこには兄、圭一の姿もあった。
そこにいた人たちは、今までの相手とは比べ物にならないほど強かった。しかし私の努力が勝ったか、さらに1年程すると、道場内で3本の指に入るほどには、腕をあげていた。
半年に一度開催される他流試合では、「暗殺者」「くノ一」などと呼ばれ、他流の師範から声をかけられることもあった。
ある日飛鳥馬先生に呼ばれ、
「早百合。こんなにもめざましい成長を遂げた弟子は初めてだ。おまえはせっかく授かった才能を大切にし、立場の弱い人たちのために使え。」
と言われた。それは私にとって、師匠に才能を認められた、最高の瞬間だった。
自分で言うのはおかしいかもしれないが、確かに、入門直後はひょろひょろだった私が、わずか3年ほどで道場内で一、ニを争うほどの実力になるなんて、正直、才能なくしては無理な話だと思う。それが今、師匠によって他者の目からも証明されたようで、私は嬉しくて飛び上がりそうだった。
何もできないままあっけなく敗北し、涙をのんだ日々。今まで散々先輩に気を遣って、腰を低くしてきた日々。もうそんな日々とはおさらばだ。だって、どんだけ努力や経験を積もうと、結局は生まれ持った才能を超えられるものはないのだから。
私は生まれてはじめて自分を誇らしく思った。
次第に私は朝の炊事や清掃に顔を出さなくなり、先輩達にも対等に接するようになった。なぜって、勝負の世界は実力が全て。これさえあれば、怖いものはないのだ。
そして、才能は、すべての努力を凌駕する。
すれ違うときの後輩の目が、さらに私の自尊心をくすぐる。とても心地よい日々だった。
しかしあるとき、飛鳥馬先生は、練習試合の相手に圭一を指名した。思えば、圭一とは未だ、一度も戦ったことがなかった。
どうして飛鳥馬先生は、このタイミングで、私の相手に圭一を指定したのだろう。
私は襷の紐をきつく締めると、対戦相手、圭一に頭を下げ、礼をする。すると圭一は、表情を全く変えずに、形だけの礼を返した。
試合前後の礼で、必ず相手より深く頭を下げるのは、年齢が上がり、強くなった今も、私が昔から気をつけていることだ。
顔を上げ、弟子全員が見守る中、私と圭一とは、道場の真ん中で、静かに向かい合う。
いくら片腕の兄とはいえ、私は気を抜かない。私は、相手の目を射すくめるように、しっかりと見つめた。対して圭一は、片方の口角をほんの少しだけ上げ、冷たい笑顔をみせる。
これから初めて剣を合わせる二人の間に、ぴりっ、と、冷たく張り詰めた空気が走った。
コメント
3件
わ、わぁぁぁ!これは凄い対決になりそうてますね!兄さんと早百合さんのこの感じ…第三者の私でも分かる!これは白熱しそうですね‼︎✨ そして兄さんとの初対峙での早百合さんの感性の良さが伝わるもの、わたくし感服致しました。!