実を言えば、入門と同時に再会していたにもかかわらず、圭一とは今まで殆ど口をきいていない。
住み込み弟子の部屋は男女で分かれていたし、入門した当時すでに多くの弟子の中で頭角をあらわしていた圭一は、上級生に混じって稽古をしていたためでもある。
しかし何よりの理由は、初日に見た圭一の目と右腕に、何やら恐ろしいものを感じていたからだ。
私に母がいなくなったと告げた後、圭一は泣き腫らした目で再び外に飛び出していき、何日も帰ってこなかった。そうしてる間に、私は一人、継父、継母に引き取られていったのだから、圭一がその間、どこでどのように過ごしていたかはわかりもしない。
だから、この道場の門を叩き、久しぶりに生きている兄を見つけたときには、嬉しさと同時に、ほっとするような暖かさで胸がはち切れそうになった。
しかしその姿をもう一度よく見たとき、その喜びに溢れた心は瞬く間に、氷のように冷たく、重い塊と形を変えてしまったのだ。
そのとき私は圭一の目の奥に、暗く、そしてどこまでも深い淀みを見た。そして揺れ動くようなそれは、人懐っこそうな笑顔に似合わず、人間の憎悪を一点に凝縮したような異様な雰囲気を放っていた。
さらに見事なまでに鍛え上げられた右腕は、今や鉄鋼でできた機械のように、無慈悲に剣を振り下ろすためだけにあるようで、もはや遠いあの日、夕暮れ時に歩き疲れて畦道に座り込んだ私の手を一生懸命に引いてくれていた兄のそれではなかった。
その変わり様に、私は今日まで、兄に歩み寄るのをためらっていたのだ。
礼をして圭一の方ほうに向き直ると、私は、その瞳の奥をじっと見据える。
入門初日とは比べ物にならないほど深い、そして渦巻くような淀みをたたえた圭一の瞳は、私の全身を、恐怖と戦慄で包み込んだ。
私は目をそらさなかった。私はすでに十分強い。師匠さえも認めた才能もある。圭一と向き合うのに、不足はないだろう。
しかしこの日、私が入門した日に日感じた嫌な予感は的中することになる。
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ついに兄さんとの対峙が始まりますか!頑張って早百合さん!応援します!兄さんは今の早百合さんのこと、どう云う風な見方をしているのだろう…そこからでもこの勝負と未来が分かる気がしてきた…‼︎ あ!楽しみにしてます!無理しないでくださいね!