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(どうしよう、どうしよう……私、受け取ってからどうしたんだろう? 何で覚えてないの? ほんとになくしちゃった? どうしよう、わかんない)
「気ぃ緩んでないですかー? 男たぶらかせてる暇あんなら仕事しろや仕事さぁ」
頭の中でグルグル考えるだけでは、何も解決しない。けれど、解決するにはどう動けばいいのかが全くわからない。
「……っ、す、すみませ……」
「え? 泣けば助けてくれんの? 八木さん?坪井? つーか部長にも絡んでんだろ、あんた。引くわマジで」
鼻で笑われて、八木や坪井の名前を出されてしまって……。いよいよ熱くなった瞳の奥から涙が溢れ出てしまった。
顔を上げることができない、声を――
「川口さん、ストップ。そこまでにしてもらえますか」
……声を、出そうにも唇が震えて、何も言葉を返すことができずにいた、そんな真衣香の背後から声が聞こえた。
(な、なんで……)
思い出すことも、考えることもなく……誰の声なのかわかるのだから悔しい。
悔しいのに、ホッとしてる自分がもっともっと悔しい。
(どうして、坪井くんが……)
「はあ? なんだよ、坪井。お前、いつも俺の仕事なんて眼中にもないくせに彼女のことは助けに来たってか?」
「お疲れ様です、川口さん。今戻りました。や、彼女じゃないんですけどね」
振り返ると、確認するまでもなく彼の姿があった。
ニコッと笑みを浮かべた坪井が、ゆっくりと真衣香の隣まで歩いてきて立ち止まる。
ひんやり冷たい外気をまといながら、ネクタイを緩めて、口元にだけ笑みを作って。小首を傾げながらゆっくりと言葉を続けた。
「えーっと、まず、訂正しません? 誰が男たぶらかせてるって? てか仮に、事実でも関係ないでしょ、今」
穏やかな声からは連想できない、張り詰めた空気を感じる。
二の腕のあたりを力強く掴んできた坪井の手が、その背中に真衣香を隠した。
「エントランスのとこまで響いてましたよ、怒鳴り声。そんな脅かして何になるっていうんですか」
広い背中が、真衣香の視界を覆う。
それだけで、張り詰めていた心に、呼吸をする隙間ができたみたいだ。
息苦しさも、消えてゆく。
「はあ? そりゃ怒鳴るだろ、お前だって知ってるよな!? 明日企画書と一緒に工場からのサンプル間に合わせないと話にならないって!」
「ああ、部長に春の販促イベントに繋げろとか言われてたやつですよね。そりゃ知ってますけど」
怒りで顔を赤くしながら、川口は力強く真衣香を指差した。
「この女!その荷物無くしやがったんだよ、あり得ないだろ!? 会社に何しに来てんだよ、お前の女だか何だかしらねぇけど、マジで使えねぇって!」
坪井の影に隠れるようにして、川口からは見えにくくなった真衣香。
逃がすまいと川口は距離を詰め、怒りをぶつけ続けるのだが。
それに怯える真衣香の肩を、ポンポンっとなだめるようにして坪井が触れた。
「大丈夫だよ、この人焦るといつもこうだから」と穏やかに耳打ちしながら。
しかし一転。
「この女とか使えないとか、まあ、好き勝手言いますね」
川口を見据えて、坪井が放った声。
あきらかに、苛立ちを感じさせた。
真衣香は恐怖が支配する心の中で、思わずハッと思い返す。
(つ、坪井くん、怒ってる……?)
トリガーはわからないが、坪井はスイッチが入ると存外ややこしい性質の怒り方をする。
内心焦った真衣香だったが、次に聞こえたきた声は思いのほか落ち着いたものだった。
「ははは。まあ、誰の女でもなんでも、とりあえず落ち着いて下さいって。開発がギリギリ工場に発注かけた分ですよね? ちょっとそれ見せてもらってもいいですか?」
川口とは真逆。坪井は冷静に、彼が手にしているFAX用紙を求めた。
手渡され、それをじっと見つめる。